3:夜這い疑惑
アッシュフォードの独身の騎士たちは、屋敷の敷地外にある騎士団の隊舎で生活している。
だが、同じ騎士と言っても流石に女性をむさ苦しい男たちの中に置いておくわけにもいかないので、リズベットら数名の独身の女性騎士は屋敷内にある使用人棟に住んでいる。
つまり当然、ランとリズベットの部屋は同じ建物の中にあるわけで。
まだ日も昇らない午前4時。
ニックの仕事を手伝うため、ニーナと一緒に早起きしたランは、リズベットの部屋から出てきた私服のテオドールと遭遇した。
テオドールはまるで浮気現場を見られたクズ男みたいに、顔を真っ青にして何かを言おうと口をパクパクさせている。
しかし、上手い言い訳が見つからないのだろう。声が出ていない。
ランはそんな彼に向かってチッと舌を鳴らした。
正直に言おう。早起きは昔から苦手だ。
だから今のランは機嫌が悪い。
「夜這いですか?執事長ともあろうお方が、堂々と……」
「ち、ちが……」
「最っっ低」
ランは南部にいた頃、キッチンでよく見かけた動きの気持ち悪い黒い害虫を見るような目をテオドールに向けた。
すると、後ろからコツンと頭を小突かれる。
ランが頭頂部を押さえて振り返ると、ニーナが呆れたように笑っていた。
彼女のそのふくよかな体型と、クセの強い髪を前髪まで全て後ろで纏めている姿は実家の母に重なる。
「こーら、ラン。上司に向かって生ゴミを見るような視線を送らないの」
「生ゴミではありません。害虫です」
「尚のこと悪いわ」
「痛っ!」
もう一度小突かれた。今度は容赦がない。
「別にあなたが考えているようなことじゃないから。多分。知らないけど」
屋敷内で巻き起こる複雑な三角関係を何となく察しているニーナは頭を抑えるランの手ごと、豪快に撫で回す。
年齢的にも彼女の身長はもう伸びないだろう。
精一杯背伸びをして強がる姿が少し哀れに思えたニーナは、テオドールの方を見やり、そこそこに冷めた視線を送った。
南から遥々こんな僻地までやってきて、まず惚れたのがよりによってこんな男とは。ランも気の毒だ。
「テオ様も、見られた以上はちゃんと話しておくべきかと思いますが?」
「そ、それは……」
「まあ、誤解されたままで良いのなら私はそれでも構いませんよ」
「……ニーナはわかってくれると思っていました」
「結局、私は何も聞かされておりませんもの。一応、雰囲気で何となくの事情を察しているつもりでおりましたが、最近はただ単にテオ様がフラフラフラフラしておられるだけではないのかと勘繰っております」
「別に。フラフラしてませんよ」
「そうですか。ではランは連れて行きますね。失礼いたします」
ニーナはにっこりと微笑み、ランの手を引いてテオドールの横を通り過ぎる。
テオドールは少し迷った末に、通り過ぎるランの手を掴んだ。
「……ラン。少し、話せませんか?」
「嫌です。お仕事がありますので」
「時間は取らせません」
「ラン、ニックには私から言っておくわ」
「……わかりました」
ランはニーナの手を離し、彼女を見送った。
そしてニーナの姿が見えなくなったところでランはテオドールの手を思い切り振り払い、彼の手が触れた部分をお仕着せのエプロンでゴシゴシと拭いた。心底不快そうに。
これには流石のテオドールも少しムッとした。
「……そこまで嫌がらなくとも良いでしょうに」
「何なんですか?手短にお願いします」
「いや、その……」
「……場所、変えます?」
「そう、ですね」
言葉を詰まらせるテオドールに、リズベットの部屋の前では話しにくいことなのだろうと察したランは場所を移動することを提案した。
本当に、この男は世話が焼ける。
「ニックさんのとこ、行きます?」
「いや……」
「じゃあ、私の部屋来ます?」
「流石にそれはちょっと……」
「じゃあ、厨房横の休憩室?」
「………僕の部屋でもいいですか?」
「別にいいですけど」
ランの部屋はダメで自分の部屋なら良い理由はなんなのだろう。
ランは首を傾げながらも、執事長クラスの部屋がどんなものなのか少し気になるので、とりあえずテオドールの後をついていくことにした。




