1:アルヴィンの願い
アッシュフォードの街外れにある丘の上には戦死者の墓地がある。
広大な敷地有するその墓地は領主である当代のアッシュフォード男爵イアン・ダドリーが管理しており、いつも綺麗に保たれていた。
アッシュフォード家所有の騎士団『ランス』の団長、アルヴィン・ガードナーは、墓地の入り口で花売りの女性から白百合の花束を買い、丘の上を目指した。
「ふぅ……。今日は暑いな」
照りつける日差しの中、わざわざ暑苦しい騎士団の正装でやって来たアルヴィンは、袖で額の汗を拭う。
別に正装をする必要なんて一ミリもないのだけれど、これは彼なりのこだわりだ。死んでいった同胞たちにはいつでも敬意を示していたいらしい。
「相変わらず広いなぁ」
石畳の舗装された通路を抜けると、丘の上には一面の芝と綺麗に並べられた墓石があった。
そして丘の天辺には巨大な十字架のモニュメント。それはイアンが領主になってすぐに、唯一予算など考えずに建てたものだ。
アルヴィンは手で庇を作り、モニュメントを見上げて苦笑した。
「どう考えてもデカすぎるだろ」
亡くなった同胞に敬意を表したい、という思いから建てられたものだが、墓石ひとつのサイズ感を考えるとやはり大きすぎるように思う。
アルヴィンは十字架に向かって敬礼すると、芝の上を歩いた。
そして十字架から向かって右側、整列する墓石の手前から三列目の、端から二番目。
そこに眠る友の前に胡座をかいて座ると、持っていた白百合を彼に捧げた。
「久しぶりだな。最近忙しくてなかなか来られなくて悪かった。元気にしてたか?」
そう問いかけて笑うも、もちろん返事はない。
だがアルヴィンは気にせず続けた。
「今日はお前に色々と報告があってな。酒を持ってきたんだ。だから少し付き合えよ」
酒が苦手だった彼は、きっと困ったように笑っていることだろう。
アルヴィンは手荷物から酒瓶を取り出し、コップに注いで彼の前に置く。
そして自分は豪快に瓶のままそれを呷り、プハーッと心底美味そうな声を漏らした。
休日に、昼間から飲む酒は美味い。
「これは一番大事な報告なんだがな、なんと我らが隊長が結婚したんだ。お相手は例の女神さま。信じられるか?びっくりだよなぁ」
奇跡というものは本当にあるのだと実感した。
我らが隊長の女神さまは、傍観しているだけの神様よりも神様らしく自分たちを救ってくれた。長かったアッシュフォードの冬を終わらせてくれた。
アルヴィンは天を仰ぎ、本当に良かったと呟いた。
……でも、どうせなら。
「どうせなら、あいつらのことも救ってはくれないだろうか」
イアンは自分の背負う荷物を半分、彼女に預けることができた。
そのせいか、最近はよく眠れているようだ。
けれど、それならあいつは?
あいつの荷物は、一体誰が預かってやるのだろう。
「…………ハッ。満足か?」
壮大なこの空のどこかから、今も見ているのだろうか。
見下ろして、いつものあのしたり顔で、『ほらね、ザマアミロです』とでも呟いているのだろうか。
「お前の望み通りだ。リズベットは相変わらず、今もお前のことを引きずってる。まあ、本人にその意識はないんだろうがな。でもずっと、あいつにお前のことを重ねたままだよ。自分を預けられる主人を見つけても、真に幸せにはなれていない」
アルヴィンは悲痛に顔を歪めた。そんな彼を嘲笑うかのように風は吹き荒み、白百合の花を掻っ攫っていく。
だがアルヴィンは飛ばされていく白百合の花を追いかけなかった。
リズベットとは違い、追いかけたところでどうにもならないことを知っているからだ。
死者とは過去だ。いくら想っても、同じ時間は過ごせない。同じ速度で歩いていくことはできない。
あの日のまま止まってしまった彼の時間の中に、リズベットは今もまだ取り残されている。
そしてそんな彼女を彼の代わりに守っているのは、彼によく似たあの男だ。
アルヴィンは声を震わせた。
「なあ、多分もう限界なんだよ。だからさ、そろそろ解放してやってくれないか?………テオ」




