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【完結】妹の代わりに血も涙もないと噂の男爵の元へ嫁ぎましたが、何やら旦那様の様子がおかしい  作者: 七瀬菜々
第三章 アッシュフォード男爵夫人

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39:もういい

「テオ。その手はどうした?」


 翌朝、二日酔いのラホズ侯爵達を無理やり追い出した後、溜まった執務を片付けていたイアンは不意にテオドールに声をかけた。

 彼の手には不恰好に巻かれた包帯が見える。

 テオドールは特に動揺することなく、夜食を食べようとしたら火傷したのだと答えた。

 その答えに納得がいかないのか、イアンは頬杖をつき、苛立ったようにトントンと机を人差し指で叩く。


「知ってるか?ブランチェット伯爵が消えたそうだ」

「そうですか」

「輸送中の馬車から忽然と姿を消したらしい。同乗していた夫人は、馬車が揺れたと同時に彼が消えたのだと証言している。だが馬車は外側から鍵がかけられており、出られない。考えられる可能性があるのは窓だが、まぁ無理だろうな」

「犯罪者の護送用の馬車の窓は鉄格子がつけられている上に、子どもが通れるかどうかくらいの大きさですからね」

「そう。だから教会の異端審問官は夫人が夫を喰ったのではないかと考えてるらしい」

「それはまた、馬鹿馬鹿しい話ですね」

「大方、どこかの国の女郎蜘蛛伝説でも連想したんだろ。ちょうど山奥を走っていた事だしな」

「ははっ、単純だなぁ」

 

 そんなわけないだろうに、とテオドールは笑った。

 その笑みが気に食わないイアンはバンッと机を叩いた。

 一瞬にして、室内の空気が張り詰める。


「テオ。お前、昨日はどこにいた?」

「部屋で寝ていましたが?」

「昨夜、あまりにリズがランに絡むから、何とかしようとアルヴィンがお前を呼びに行ったらしい。だがお前は部屋にいなかったそうだ」

「トイレに行っていたのかもしれませんね」

「アルヴィンはお前が寝ていることにして誤魔化してくれたぞ」

「誤魔化すも何も、団長には先に寝るって言っておいたはずですけど?」

「……テオ、俺は放っておけと言ったはずだ」

「さっきから何の話ですか?」

「テオドール!」


 なかなか認めない彼に、イアンはとうとう我慢できず叫んだ。

 テオドールは流石にビクリと肩をこわばらせた。


「……しらばっくれるな」


 鋭い視線がこちらに向けられる。声がいつもよりも低い。

 テオドールは大きく深呼吸をすると、両手をあげて笑顔を貼り付けた。


「すみません。つい、我慢ならなかったもので」


 まるで反省していなさそうな笑みに、イアンは項垂れて長く息を吐き出した。


「お前は何もわかってないよな」

「すみません」

「その笑みはやめろ。腹が立つ」

「はい」

「なあ、なんで俺が放っておけと言ったかわかるか?」

「奥様の血縁者だからでしょうか?」


 あのお優しい奥様のことだ。実の父が行方不明となれば傷つくに決まっている。だから放っておくように言ったのだとテオドールは思っていた。


 しかし、そう言うと、イアンはまた大きなため息をこぼした。


「違う。全然違う。アイシャはもう乗り越えてる。あの男がどうなろうと知ったことではないと言うはずだ」

「あらら。読み間違えましたか?では何故でしょう」

「本当にわからないか?アレはお前が背負う必要のない男だからだよ」

「はい?」

「お前は自分が冷徹なやつだと思っているようだが、俺たちにはそうは見えていない。人間1人を殺しておいて、平気でいられるほどお前は強くない」


 たったひと言。戯れのように吐いた言葉で、戦争の全てが自分のせいであるかのように思ってしまう男が強いわけがない。

 イアンはジッとテオドールを見つめた。テオドールはたまらず目線を逸らす。

 見透かされていたことに気づかなかったことが、とても恥ずかしい。


「……人を殺したのは、はじめてではありませんよ」

「私情で殺したのははじめてだろう」

 

 ただの私怨で殺すのと、戦場の兵力のうちの一つとして殺すのとではまた訳が違う。

 イアンは椅子の背もたれに体を預けると、ぐでっと天を仰いだ。


「本当に何ひとつ伝わってなくて俺は悲しいぞ、テオ」

「え、すみません?」

「もしかして、その様子じゃお前に監視をつけた意味も理解していないな?」

「裏切らせないためでしょ?そう言っていたじゃないですか」

「違う。そう言わないとお前が納得しないからだ。あの頃のお前は危うかった。だから俺はお前が自殺しないよう見張っておくために監視をつけた」


 こちらに寝返ったは良いものの、自責の念に駆られていた青年は、イアンの目には本当にいつ死んでもおかしくないくらいに危うく映った。

 光のない虚な真紅の瞳。その目は大事なものを全部奪われた奴の目だった。

 死なれては困る事情がこちらにあったことは確かだが、同時に積極的に死なせたいとも思わなかった。


「お前は何か勘違いしているようだが、謝るのを禁じたのも、単にお前のせいじゃないからだ」

「……え?」

「なあ、テオ。そうやって全部背負おうとするな。罪人ぶるな。罪滅ぼしみたいに、俺やアッシュフォードに尽くさなくていい」

「そんなつもりは……」

「いつもありがとう。助かってる。お前があまりにも優秀だから甘え過ぎた。ごめん」

「そんなこと……」

「テオ。もういいんだよ。もう戦争は終わったんだ。だからいい加減、自分を許してやれ。もしそれができないのなら、せめて誰かに頼れ。助けを求めろ」

「な、何なんですか、急に……」

「まあつまり……、要するに、だ」


 イアンは体を起こすと、予想外の言葉の数々にキョトンと目を丸くしたテオドールを見据えた。


「俺はお前を信じている。だから色々預けてる。お前も、俺を主人と慕ってくれるなら、もう少し俺に預けてくれても良いんじゃないか、ってこと」


 戦争の責任をひとりで背負おうとしなくていい。罪人として罪滅ぼしをするためだけに生きなくていい。

 もしそれでも背負いたいと言うのなら、せめて少しは一緒に背負わせて欲しい。

 イアンはそう言って笑った。歯を見せて豪快に。

 その笑みは少しだけ、顔も思い出せない父に似ていた気がした。


「旦那様」

「何だよ」

「泣いていい?」

「おう、存分に泣け」

「嘘だよ。泣かないよ」


 テオドールはそう言いつつ、書類で顔を隠した。





「あ、そうだテオ」


 しばらく部屋の隅で顔を隠してしゃがみ込んでいたテオドールに、イアンは何かを思い出したように声をかけた。

 テオドールは背を向けたまま、何ですかと返事をする。

 するとイアンは楽しそうに言った。


「ランに手を出すなら、ちゃんとリズのことをどうにかしろよ」


 と。

 テオドールは一瞬、固まってしまう。

 昨夜のことを見られていたのだろうか。

 いや、これは罠かもしれない。何も見られていないのにカマをかけてきているパターンもある。

 どうすべきか悩んだテオドールはあえて無言を貫いた。

 

 そうすると、イアンはさらにニヤニヤとして言ってきた。

 

「昨日、ニックが困ってたらしいぞ。小屋に近づけないって」


 見られていたらしい。最悪だ。

 とりあえず、どこからか、なんて聞くのは墓穴を掘りそうでしたくないのだけれど。


「……手を出したんじゃないし。出されたんだし」


 そこだけは反論しておきたい。




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