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【完結】妹の代わりに血も涙もないと噂の男爵の元へ嫁ぎましたが、何やら旦那様の様子がおかしい  作者: 七瀬菜々
第三章 アッシュフォード男爵夫人

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38:そちらがどうかは知りませんけれど

「………ラ……ン……?」


 油断した。ラホズ侯爵ならきっと、全員を巻き込んで明日の朝まで飲み明かしているから姿を消してもバレないと踏んでいたのに、甘かった。

 もう少し警戒してから屋敷の中に入るべきだった。テオドールの額には汗が滲む。

 ランは返り血を浴びたテオドールを真顔で、上から下まで確認するように見た。


「あの……、これは、その……」


 珍しく言葉が出てこない。自分でもびっくりするくらい動揺している。 

 テオドールは必死に言葉を探した。けれどやっぱり、上手い言い訳が思いつかない。

 するとランは無言で彼に近づき、そしてポケットからハンカチを出すと彼の顔に手を伸ばした。


「嘘つき」

「……へ?」

「寝てないじゃないですか」

「あ、ああ。ごめん……」


 徐に、テオドールの顔についた血を拭うラン。テオドールは頭の処理が追いつかず、呆然としてされるがまま。


「あ、あの……?ラン……?」

「……はあ」


 ランは小さくため息を溢すと、血を拭う手を彼の腕へと滑らせ、その流れで手のひらを開かせた。


「……あー、そういうこと」


 今夜は月が明るい。

 柔らかな月明かりに照らされた彼の手のひらには、ハッキリと青い血が滲んでいた。


「……っ!?」


 テオドールはハッとして、ランの手を振り払うと一歩退がった。

 そしてギュッと手を握りしめると、どこか怯えたようにランの反応を待った。

 ランはしばらく考え、口を開いた。

 

「救急箱を取ってくるので、適当に隠れていてください」

「……え?」

「『え?』、じゃないですよ。見つかったら困るんでしょ?」

「あ、ああ。うん。ごめん、ありがとう……」


 ランはそう言うと、屋敷の使用人棟の方へと走って行った。

 彼女からは軽蔑も、恐怖も感じられなかった。

 予想していた反応とはあまりにも違っていたものだから、テオドールは呆気に取られてしまった。




 救急箱と着替えを持ってきたランは小屋の影にテオドールを座らせると、救急箱を開けて手際よく手当しはじめた。

 ランはテオドールの手に青く滲む血を平然と濡れたタオルで拭き取る。

 なぜ、何も言わないのだろう。無言のままの空間が気まずい。

 夜特有の冷たい空気も、張り詰めたような静けさも、全部が気まずい。

 だからテオドールは焦る心を見抜かれないよう、必死で笑みを作り、ランを見つめた。

 けれどランはそんな彼の笑みが気に食わないのか、消毒液を思い切り傷口に塗り込んだ。


「痛っ!?痛い痛い痛い!!」

「気持ち悪い笑みを向けてくるからです」

「気持ち悪いって何だよ!」

「そういう笑みですよっ!」


 ランは手当するのをやめて、テオドールの両頬を掴んで思い切り引き延ばしてやった。

 

「何ですか?何を言って欲しいんですか?責めて欲しいんですか?それとも優しくして欲しいんですか?」

「や、やめなひゃい!」

「残念ですけど、別にあなたの血が青かろうが赤かろうが、私にはどーっでもいいんです。申し訳ないですけど、何かリアクションが欲しいなら他を当たってくれます?」


 魔族に何かを奪われたわけじゃないランにとって、テオドールが人間だろうとそうじゃなかろうと、それは大した問題ではない。

 ランはフンッと鼻を鳴らして、手当ての続きを始めた。

 やっぱり手に染みる消毒液と、雑に巻かれた包帯。

 不器用すぎる処置に、テオドールは思わず吹き出してしまった。

 偉そうに手当をしてやるなどと言っておいて、それは可愛すぎるだろう。


「ははっ。何それ……」


 どうでもいい、なんて。

 散々気にして、悩んでいることをそんな風に言われるとは思いもしなかった。

 テオドールは少し泣きそうに笑い、向かい合うランの肩口にぽすっと頭を預けた。彼女の赤い髪からは子どもみたいな、優しい陽だまりの匂いがした。

 どこか安心する匂いだ。

 

「……重たいんですけど」

「ラン……」

「何ですか?」

「バレるわけにはいかないので、黙っていてもらえますか?」

「リズさんにですか?」

「うん」

「言いませんよ。めんどくさそうだし」

「うん。そう。めんどくさいから、黙ってて」


 魔族に大切な人を奪われた彼女には、何が何でもこの血の色を隠し通さねばならない。

 そう話すテオドールにランは呆れたように息を吐いた。吐いた息は白く辺りを漂う。


「……だから、応えてあげないんですか?」

「応えられないんです。僕じゃダメなんです」

「だったら!応えられないなら……、ああいう態度は、良くないと思います……」

「……」

「今日、泣いてましたよ。テオって、あなたを呼んで」


 ランはふと、酒を飲んで絡んできてたリズの姿を思い出した。

 応えられないのなら、キッパリと線を引いてやるべきだ。

 あんな風に、ちょっと寂しくなった時にその場にいないだけで名前を連呼して泣くくらい想われているのなら尚のこと。

間違っても期待を持たせるようなことをしてはいけないとランは言う。

 しかし、テオドールは違うんだと首を横に振った。


「……違いますよ。あれは、僕のことを呼んでいるわけじゃない」

「へ?」

「でも、僕はリズに対して責任があるから。だから僕は一生、彼女のそばで彼女の好意をあしらいながら生きていくんです」

「……どういう意味?」

「……」


 テオドールの言葉の意味が理解できないランは眉を顰めた。

 そんな彼女にテオドールはフッと乾いた笑みをこぼす。


「秘密です。教えてあげない」

「ああ、そうですかっ!別に興味ありませんけどね!」


 こちらが気になるような話し方をしておいて教えてくれないなんて、中々に意地が悪い。だからこの男はいけ好かないのだ。

 ランはもう知らないと、テオドールの肩を押して引き剥がそうとした。

 けれどテオドールは逆にランの背中に両手を回し、腕の中に閉じ込めた。

 この行動には流石のランも顔を赤らめる…………なんて、ことはなく、本当に、心底嫌そうに顔を歪めた。


「…………やめてもらえます?不愉快です」

「もう少し動揺したり、恥ずかしがったりするものじゃないの?こういう時って」

「痴漢に抱きしめられて赤面する馬鹿はいませんよ」

「痴漢って……。酷いなぁ」

「酷くて結構。いい加減離れてくれます?重いので」

「嫌だ」


 テオドールはさらにキツく、ランを抱きしめた。

 ここまで嬉しくない抱擁もない。


「あの、本当に……」

「ラン……」

「何ですか?」

「ラン……」

「はい、ランですけど?」

「僕のことは好きにならないでくださいね」

「……は?自意識過剰すぎでしょ」


 ランの髪に顔を埋めたまま、耳元で囁くテオドールをランは鼻で笑ってやった。

 本当にやめてほしい。

 そんな切実に、消え入りそうな声で。懇願するみたいに言われたら、望まれた通りの返事をしてやるしかなくなる。それ以外、何も言えなくなる。

 だからランは彼の希望通りに返してやった。決して好きにならない、と。


 けれど、少しだけ。やっぱり納得できない部分もあって。


 髪に頬ずりをして、壊れそうなほどにキツく抱きしめて、甘えるように名前を呼んでおいて、「好きになるな」は流石にちょっと狡い気がするのだ。

 だからランはいつかのように両手でテオドールの胸ぐらを掴むと、そのズルいことばかり言う口を塞いでやった。


「……んんっ!?」


 驚いたテオドールは大きく目を見開いた。

 すぐ目の前には彼女の胡桃色の瞳があった。

 勝ち誇ったかのように少し細められた瞳に、テオドールはびくりと肩を振るわせる。

 これは、多分ダメなやつだ。喰われる。テオドールはランを押し返した。


「ラン、やめっ……んんん!?」


 ランは彼が口を開いた隙に、素早く舌を入り込ませた。

 そして悪戯に口内を弄ぶ。


(何でこうなった!?)


 陽だまりの匂いと非力そうな小さな体に油断していた。子どもだと甘く見ていた。それは認めよう。

 だが思いの外、上手い。経験があるのだろうか。もしそうなら、少し気に食わない。

 結局、終始劣勢を強いられたテオドールが解放されたのは1分後のことだった。


 ランはまるで汚いものに触れたかのように袖で口元を拭うと救急箱を持って立ち上がり、こちらを睨むテオドールを見下ろした。

 そしてクスッと妖艶に笑う。


「私はあなたを好きにはなりません。……まあ、あなたがどうなるかは知りませんけど?」


 そう吐き捨ててランは踵を返した。

 置いて行かれたテオドールは悔しそうに彼女の背中を眺めているしかできなかった。体が熱いのは……、気のせいだと思いたい。


 子どもに興味はない。そう、子どもには興味がないけど、


「……子ども?」


あれが?本当に?


 




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