第八話 こんな主役はいつでも楽しい事を探している
「何? どう言う事? あんなに一生懸命頑張ってたのに!」
「あっ、いや、ちょっと先輩と揉めちゃってね」
千秋ちゃんが物凄い剣幕で詰め寄って来たので、今日起きた出来事を掻い摘んで説明した。
「馬鹿なの! そんな事で辞めるって……」
「あら、私は彼の気持ちも分からないでも無いわよ。組織の中では正しさが歪められる事も有るもの」
いつの間にか桃の香りと共に店長がやって来ていた。
「もう、アカリさんは彼の努力とか何も知らないでしょ。それが、大人気ない対応でパーになったのよ」
「はいはい。落ち着いてね。ピーチティーお待ちどおさま」
耐熱ガラスのティーポットには桃の実がゴロゴロと入って目を引いた。
「中の桃も美味しいんだから。でも、馬鹿なヤマトくんにはあげないわよ」
「もう。タイラちゃんが拗ねる事無いじゃない。確かにヤマトくんの気持ちも分かるけれど、やった事は大人気ないのも確かよね」
「そうですね」
冷静になって考えると、あそこで言い負かせようとしなくても良かったのではないかと思う。
「でも、もう一度同じ場面になっても同じ様にすると思います。僕、馬鹿なので」
「ふふふっ、面白いわね。もし、部活辞めて暇だったらうちで雇ってあげるわ。バイトを募集しているのよ。じゃあ、これ以上邪魔したらタイラちゃんに嫌われちゃうから退散させて頂くわね。ごゆっくり」
柔和な笑みを浮かべたまま店長はカウンターの方へ去って行った。
「それで、手伝ってくれるの? くれないの?」
「分かった。出来る範囲良ければ手伝うよ」
僕の返事を聞いて喜んだ千秋ちゃんは、なんやかんやでティーポットの果実を半分くらい分けてくれたのだった。
▽▼▽
その日の部活終わりに、野球部の1年生達は駅前のハンバーガーショップに集まっていた。
「だから、やっぱりサッカーなんてするべきじゃなかったんだよ」
口火を切ったのは1年生のまとめ役の国井大輔だった。
「だけど、ヤマトは理にかなった事を言っていたと思うぞ」
音羽一の意見に周りも肯定的だった。
「だが、もしこのまま本当にやめることになったら納得いかないぞ」
納谷勇は憤った。彼は矢的とは同じクラスでポジションも一緒だけに、友であり良きライバルでもあったのだから。
「サッカーがダメって言うのならば、俺らにも責任はあるよな」
吉村裕之がぼそっと言った事で、皆が沈黙してしまった。彼はとてもニュートラルに物事を見て発言するので、大概は正しい意見だというのが野球部1年生の総意なのだから。
そんな、何とも言えない緊張感を破ったのは、納谷の携帯の着信メロディーだった。それが、何とも間が抜けた音楽で皆は噴き出しそうなのを必死に堪えていた。
「ノウヤ! なんだよ、その着信音」
「いや、これはヤマトが勝手に設定しやがったんだよ」
音羽が苦情を言うと、納谷は自分に非がない事を訴える。
「っていう事は、ヤマトからか?」
国井の問いかけに、一同の視線は納谷の携帯画面に集まった。
『月曜の風紀倶楽部のトップ記事はゴリラ赤面咆哮事件?』
張りつめていた空気が霧散した事は言うまでもなかった。