第五話 こんな主役は『初めて』にドギマギする
僕は指定された『アリスカフェ』と言うお店に向かった。
『カランコロン』
扉を開けるとカウベルが小気味の良い音を立てた。
「いらっしゃい! お一人様? 初めましての子よね? カウンターにする?」
「後からもう一人来るので、テーブル席でも良いですか」
『店長』と書かれた名札を付けた30代位の女性が、セミロングの髪を後ろに纏めたポニーテールを揺らしながら対応してくれた。
「あら、デート? じゃあ、窓際の……いえ学生さんだから目立たない方が……あっちの奥の席へどうぞ!」
灰汁の強いその人に圧倒されてしまい何も言い返せずにその指示に従っていた。
苦手なタイプだと確かにその時はそう思ったのだった。
僕が席に座り一息付いた頃合いに、店長は水とおしぼりを持って来た。
「待ち人がすぐに来ないのなら、先に何か頼む?」
「そうですね。……アイスティーをお願いします」
僕の注文を聞いた店長はクスッと笑った。
「えっ、アイスティー有りませんか」
「ふふっ、そうじゃないのよ。ごめんなさいね。うちは紅茶専門店だから、アイスティーは沢山種類が有るの」
店長によって僕の目の前に広げられたメニュー表には、ダージリン、セイロン、アッサムなど茶葉の名が並んでいた。何がどうなのかさっぱり分からない僕は、裏面も見ようとメニューを裏返した。
「林檎、桃、マスカット、オレンジ、……デザートですか?」
「デザートって。あはは、お兄さん面白い人ね」
大人の女性がケラケラと笑う姿に、ドギマギしてしまった。
「年上の人にお兄さんって呼ばれたくないです」
照れ隠しにきつい口調で言ってしまった。
「あらあら、ごめんなさいね。それじゃあ、お名前は?」
「えっ! ……ヤマトです」
いきなり名前えを聞かれたので戸惑ったが、店長の催促の視線に耐え切れずに苗字を口にした。
「ありがと。いーい、ヤマトくん。こっちはフレーバーティーよ。でも、一見さんにはちょっと早いかな。まずは茶葉自体の味を楽しんで貰いたいからね」
盛大に勘違いして恥ずかしさで一杯だったが、店長は真剣な表情で説明しながらメニューを表に戻していた。
「あっ、じゃあダージリン? でお願いします」
咄嗟にメニュー表の一番上に有った物を読み上げたが、店長は渋い表情だった。
「どうしてもダージリンがいい?」
「えっ、一番上に有ったし、聞いた事が有るから良いかなって思って」
不安になった僕は思っていた事をそのまま口にした。
「そう、こだわりは無いのね。なら、こっちのディンブラにしておきなさい。アイスティーにお勧めよ」
「じゃあ、お任せします」
笑顔の奥に得も言われぬ強制力を感じたので、素直に従っておくことにした。
苦手なタイプと思った筈の店長は、ちょっとグイグイ来るところはあるけれども嫌な感じはしなかった。元気でチャーミングな感じが少し千秋ちゃんと重なった。
千秋ちゃんはこの店長がお気に入りなんだろうなと考えつつ、のんびりと待っていたのだった。