第四話 こんな主役とちっさい少女
緒方先輩ともめた事で、僕もフラストレーションが溜まっていた。
今、一人で部室に入ると何か仕返しをしでかしてしまいそうだったので、部室の前でいそいそと着替えていたのだった。
「あれ? ヤマトくんが部活を早上がりなんて珍しいね」
「うん? あっ、チアキちゃんか。そっちこそまだ部活の時間じゃないの?」
クラスメートの平良千秋が声を掛けてきた。バスケ部の彼女はまだ部活の時間だというのに制服姿だった。
「何? サボり? いつもちっさいのに頑張ってたじゃん。限界を感じちゃったの?」
「ちっさい、言うな! ちっさくてもバスケは出来るんだから。そうじゃなくて、ちょっとドジっちゃってね。この有り様」
彼女が掲げた左手は湿布が貼ってあったが、赤黒く腫れ上がり痛々しかった。
「うわぁ……こんな所で油売ってないで、早く病院行きなよ」
「駅の方だから途中まで一緒に行ってあげる」
彼女がして欲しい事を言う時はいつもこうなので僕も慣れている。
「はいはい。私めで宜しければ、喜んで」
「もう! すぐに茶化すんだから」
言葉の強さとは裏腹に、彼女は安堵の表情を浮かべていた。
「早く病院に行かせようとする気持ちは汲むけど、それはどうなのよ」
「えっ、何が?」
少しでも早くと一気に練習着を脱ぎ捨てパンツ一丁になった僕から目を背けた千秋ちゃんが抗議の声を上げた。
「何がじゃないわよ、その格好!」
「えぇ! 教室でも着替える時はいつもこうじゃん」
僕は至っていつも通りにしていただけだった。
「めっ、目の前でされた事なんてないわよ! もう!」
「トランクスなんて短パンとそう変わらないでしょ?」
完全に後ろを向いてしまった彼女に、僕の自論をぶつけてみた。
「変わるわよ! じゃあ、逆に考えてみて。私が『水着みたいな物だから平気でしょ』って言って、今ここで下着姿になったらどう思う?」
僕の意見がお気に召さなかったようで、彼女は質問で返して来た。
150cmでちょっとむちっとした彼女の下着姿を想像してみる。
「ほーぅ……どうして、中々」
「なんかエロい顔でキモいよ。とにかく、少しはこっちの気持ちも分かったかな?」
ちらりと振り返った彼女は眉間に皺を寄せていた。酷い言われ様だが、彼女の気持ちが分かった事も確かだ。これからは、人前で着替える時は……んっ!
「って事は、チアキちゃんも僕のパンツ姿を見てエロい顔をするの?」
「バカ! さっさと着なさい!」
鞄の上に畳んであった制服を僕に押し付けて来た彼女は耳まで真っ赤にしていたのだった。
〜〜〜
一悶着を終え、駅前までの道すがら他愛の無い話で盛り上がっていたが、一つのビルの前で千秋ちゃんは立ち止まった。
「じゃあ、病院ここだから」
「しっかり診てもらってきなよ」
見上げると3階の窓に向島整形外科と書かれていた。
「……んん。あのね、駅前交番の前のビルに『アリスカフェ』ってお店が有るの。そこで少し待っていてくれないかなぁ?」
彼女に下から縋る様な瞳で見つめられてしまうと断り難い。只でさえ急に部活を早退させられて予定が空いているのだから。
「分かったよ。じゃあ、そこで待ってる」
「本当? 終わったらすぐ行くから、絶対待っててよね」
彼女は目を輝かせながら念押しをしてきた。
「ちゃんと居るから。ゆっくりで良いからね」
「うん、ありがと!」
本当に走って来そうな勢いだったので、宥めるつもりで言った。しかし閉まるエレベーターの扉越しに見えた彼女は嬉しそうに無事な方の手を振っていたのだった。