第二話 こんな主役は地獄への道に足を踏み入れる
部室の鍵は開いていないので、その前で着替える事が僕らには日常となっていた。
「こら、ヤマト!」
「まあまあ。今日のはこのニコちゃんマークがポイントだぞ、はあと」
国井大輔に注意の目を向けられたが戯けて返したら、奴は本気で怒っている様だった。
「堂々とパンツ一丁になるなって、いつも言っているだろ!」
結果、怒鳴られてしまった。
「んっ」
納谷勇が顎で僕の後ろを指し示した。釣られて振り向くと1年生マネジャーの阿古田芙美子が立ち尽くしていた。
「あっ、あの、ごべんなさい」(あっ、あの、ごめんなさい)
絶妙な滑舌の悪さの彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。
「おう、ふみやんか。気にするな。何? クニイに用?」
「いや、お前は気にしろよ!」
マネジャーがこの時間に来ると言う事は、纏め役の国井に伝達事項が有るのだろうと思い聞いたら、何故か国井に突っ込まれたのだった。
「うん。クディぐんに伝える事だ有って」(うん。クニイくんに伝える事が有って)
「ここじゃ、馬鹿が居るから話辛いだろ。向こうへ行こう」
もう、皆んな彼女には慣れているので聞き取りも問題ない。
「はーい、行ってらー」
未だにパンツ一丁でひらひらと手を振ったら、思いっきり国井に睨まれたのだった。
「何だよクニイの奴。やたらプンプンして」
「そりゃ、なあ。ふみやんが居たからだろ」
確かに、女の子前でパンツ一丁は流石に不味かったかと思ったが、偶に教室で着替える時には国井が何か言って来る事はなかった筈だ。
「外だと駄目なのか」
「分かれよ」
結論に至った僕に納谷は呆れ顔で突っ込んで来た。
〜〜〜
グラセンも終わり、先輩方もちらほらとグラウンドに姿を見せ始めたのだが、顧問の七川先生が一向にやって来ない。
「あれ? もしかして」
「きっと、そうだ」
1年生達がざわつき始めた。
「ナナカワ先生は用事が有り来られないので、今日は自主練になった!」
14時少し前にやって来たキャプテンがグラウンドにいた部員達にそう告げた。2年生達はもう知っていた様で、各々アップを始めていたり、トレーニング室に向かったりしていた。
「なあ、みんなちょっと来てくれ」
僕は1年生を集める。
「今日はサッカーをしよう」
僕を含めて10名全員が揃った所で提案してみた。
「流石に不味いんじゃないか」
「でも冬場のトレーニングメニューにサッカーは入ってるぞ」
真面目代表の国井が難色を示すが、そんな事は織り込み済みだ。すっかり春めいて来ているが、冬季トレーニングの記憶も新しい今日この頃では引き合いに出せば丸め込める。
「確かに……」
渋々ではあるが彼は賛同してくれた。その間に体育倉庫からサッカーボールを誰かが持って来てくれていた様で、すぐに5対5のチームに分かれて防球ネットをゴールにしてサッカーを始めた。
〜〜〜
数分後にトレーニング室から出てきた先輩が物凄い形相でこちらを睨んでいた。そんな事には全く気付かずに、僕らは純粋にサッカーを楽しんでいたのだった。