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㐧6話 僧打敲厠門

 咖喱(カレー)をたらふく喰ったら、糞をしたくなったぞ! なに? 下品な?──愚か者めが。飯を喰えば糞が出るものだ。以前にこの話はしたであろうが。喰ったら出す! 出したら喰う! これらは(つい)となる、云わば車輪の両軸なのだ。この理が崩れれば、それは片輪だ。──ええい妖怪片輪車め、『此処ハ勝母ノ里』なり! 消え失せいっ!


 つまらんことを云うとここで糞をたれるぞ!


 さて、糞をたれるは、トイレである。厠とも雪隠(セッチン)とも呼ぶが、まあ呼称の件はどうでもよい。わしは糞をたれるぞ!


 おっと、ここでまたマナーが出てくるか。入る前に打敲(ノック)をしろと云うのであるな。──中に人がおるか否かの確認もなしに、いきなり扉を開けるは無礼であるからな。


 とて、昨今は、内側より施錠できるものがほとんどにあり、また、施錠されているか否かが外側から、色にて区別できるものも多い。──そうした類のものは、わざわざ扉をたたく必要もないであろう。


 また、昨今は、室内が広く、便器から扉までの距離が何メートルにもなるものがある。そのような遠距離を、座ったままでたたき返すことは、常人には物理的に不可能であろう。座っているのがインドのヨガの達人でもない限りは。


 さて、この、扉をたたく回数は、2回だと云う者がいる。そこより転じて、トイレではない場所にて、扉を2回たたいて在室か否かを確かめるは、ものすごく失礼だと云う者らがいる。


 トンデモない、誤りである!


 それは真っ赤な大嘘であることをここに宣言す!


 その根拠を述べる。まず、本邦に於いて、そもそも打敲(ノック)の文化はもとからあるものではなかった。当然のことだ。基本的に扉というものは表の門にのみあって、屋内にては(フスマ)なのであるから。──打敲の文化は明治以降に入ってきたものである。


 ではその文化は、どこから入ってきたのか?──答えは、英国(イギリス)である。そのため、英国に於ける打敲の作法がそのまま、本邦に於いての作法と考えるべきであろう。


 では、2回たたくが無礼というが真っ赤な大嘘である根拠を述べる。これには、『ビスマルク号を撃沈せよ!』という映画が、もっともわかりやすく、また視聴しやすいであろうから、これを資料とす。


 フィクション作品である映画を何故、根拠の資料として用いるか? それは、この映画が、『英国海軍後援作品』であるからだ。当時の艦隊旗艦であった戦艦ヴァンガードから、未だ現役の座にあった航空母艦ビクトリアスまでが『出演』している。可能な限り当時を再現しようとした渾身の力作にある。


 なにしろ、劇中でナチ空軍の襲来、及びビスマルクの脅威を伝えるニュースキャスターは、当時それを報道した『本人』なのだから!


 この映画はドイツ戦艦ビスマルクを追う艦隊に焦点が当てられているが、しかし主人公たる将校のいる指令本部もまた舞台である。各地に散った偵察員、連絡員、諜報員、航空隊からもたらされた情報が、連絡将校らの手によって主人公らのもとへ運ばれてくる。


 このとき、部屋の扉をたたくは、いづれも『2回』なのである。主人公は、艦隊指令本部に於ける最高責任者。つまり最も偉い。そのような者の部屋を、配下たちは2回扉をたたく。主人公はそれを無礼だと咎めることは、断じてないのである!


 くり返す。これは英国海軍が後援し、また監修している映画だ。つまり打敲2回は、無礼でもなんでもないのだ。英国紳士がそう云っているのだ。


 扉をたたく回数といった、チンケで死ぬほどどうでもよいことにこだわる前に、もっと他の、トイレ内に於けるマナーを守ったらどうだ?


 トイレの中で、大声でしゃべるな!


 『トイレの中でしゃべるな』というは、仏教に於ける作法である。国民の九割九分九厘が、大なり小なり仏門の徒であるにもかかわらず、この教えはまるで、守られておらぬ!


 この背教者(レネゲイド)どもが! 滝の中で坐禅を組んで警策でブッたたかれてこい! おお、仏陀よ、許したまえ、この咎人どもを。


 これはなにも仏教に限ったことではない。回教に於いてもそうである。コーランにもそう書いてあるのだ。偉大にして寛大なるアラーの神よ、このクソボケどもを許したまえ。


 さて、長々と書いてきたが、しかし作法には例外というものがある。トイレの中でしゃべるなとは申せ、緊急事態に於いては例外にて、許される。当然のことだ。気分が悪くなって、そのまま死にそうになることもある。そうしたとき、大声で助けを呼ぶというのは当然のことなのだから。


 ふふふ、緊急事態発生だ。なんと、紙がないではないか! 糞をひり出すことに集中しすぎて、紙の有無を確認するをわすれていた!


 紙よ! 救いを!

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