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㐧2話 おつかれサマーナイト・シティ

挨拶(アイサツ)は決しておろそかにはできない。古事記にも書いてあるほどの基本である。挨拶に対して挨拶を返さねば、「アイサツもできぬ未熟者めが!」と、わりとえらい目に遭わされるは、なにも忍者の掟のみに限ったことではないと、賢明なる読者諸兄はすでにわかっているものと思われる。


己の所属、つまりは職業など立ち位置によって多少、挨拶は異なるもの。たとえば硬派ガクランツッパリや応援団員、或いは空手(カラテ)使いであるならば「押忍(おす)」が挨拶であろうし、リングに上がったボクサーならば拳を打ち合わせるが挨拶のかわりとなろう。


挨拶(アイサツ)は出会い頭のみにするものに非ず。別れの挨拶も存在する。これもまた所属や職業によって異なり──さむらいならば「さらば」、忍者ならば「これにて御免」、スペイン人や薩摩ざむらいならば「ちぇりお」と云ったものにあろう。


今挙げたはやや特殊な事例故に、些か馴染みのないものにもあろうが、それでも「さようなら」だの、「アディオス・アミーゴ!」だの、「バイバイキーン」などは、広く使われておるものと思われる。


さて、この多種多様な挨拶にあるが──これが昨今、おかしなことになっておるらしい。


そのうちのひとつ、「ご苦労様」について、なにやらおかしな論説が最近、大手を振ってまかり通りをみせていると云うではないか。


なんでも、「目上に対してご苦労様を使うのはけしからん、許されざるマナー違反である」などと。


なるほど、その件についてはこのわしも耳にしたことがないわけではない。──あれは2010年か'11年のことであったか。某オンラインクイズゲームに於けるキャラクターのセリフについてである。曰く、「他のキャラはお疲れ様なのにひとりだけご苦労様で上から目線だ」「ご苦労様は目上が目下に対して使うものだ」と、『最悪板』にて発狂しておる意見が見受けられたが、はじめてのことであった。


「こいつはなにを云っているんだ?」と、さながらクロアチアのお巡りさんのごとき反応をそのときは示すに至った次第であるが、まあ最悪板住民なので変なのもいるだろう、と、そこで終わるハズであった。


ところが終わらぬ──ばかりか、そのような最悪板住民のごときことを、いい齢をしたビヂネスマンたちが当然のように云うのであるから、たまらぬ。──もしご苦労様などと口にすれば、まこと最悪板住民と同じように発狂するものであるから、これはもうこの世がどうにかなってしまったのかと、己の正気を疑うような事態に陥ってしまったものである。



しかしながら、ここで結論から述べる。


「ご苦労様」は目上に対しても、使ってよいのである。



よく考えてみよう。──まず、礼儀にきびしい界隈はどうなっておるのかを。


礼儀にきびしい界隈とは何であろうか?──いるではないか。礼儀にきびしいはおろか異常に厳しい界隈を。


やくざ! ジャパニーズ・マフィア! この反社会的暴力集団の礼儀のきびしさはまさに日本で1、2を争うものと云ってよいであろう。なにしろ挨拶(アイサツ)がひとつ、「仁義(ジンギ)」をすこしほんのちょいと嚙んだだけで殺されても文句は云えぬ世界! 「仁義ひとつまともに切れぬとはッ!」と、たたき出されるような恐ろしい世界! コワイ!


このやくざ社会にて、刑務所で服役していた親分が出所したときの出迎えの挨拶とはいかなるものか?


「親分! 服役(オツトメ)ご苦労様でした!」


はい、「ご苦労様」が用いられている! 相手は親分! 目上中の目上! 子分からすると親分は絶対! 親分が黒と云えば白でも黒となるがやくざの掟!──この、目上中の目上ベストオブ目上に対して子分どもは普通に「ご苦労様」を用いており、それに対して親分は何らの咎めも鉄拳制裁もヤクザ・キックも行っておらぬではないか!


しかしこのようなことを云うと、反論してくる者がいる。曰く、「反社会的暴力集団組織のやくざは参考にならない」と。


ならば、社会的な集団で礼儀にきびしいところはどこであろう?──民間組織は勘定に入れぬ。地方によって風習が異なるが故に。故に公的機関が望ましい。さて、それはどこかと考えて行き着く先は──


日本軍であろう。軍隊は規律がきびしい。当然礼儀にもきびしい。妙なことをすると教官殿や上官殿にきびしくたたき込まれる世界! これならば文句はあるまい!


して、そこより導き出される結論は──



やはり、同じなのである。


日本軍に於いても──及びそれを受け継いだ自衛隊にても、「ご苦労様」は上官に対して用いられているのである。


たとえば戦時中の、陸軍省や海軍省の後援及び検閲が入っている戦意高揚映画にても上官に対して「ご苦労様」は用いられており、小説にても、『真空地帯』にても二等兵が「ごくろうさまです、ごくろうさまです」と、やはり上官殿に対して用いているが確認できる。真空地帯は戦後の作品ではあるが、作者たる野間宏は戦時中召集されており従軍経験もあるがため、充分に信頼できる根拠として用いてもよいであろう。


他にも軍歌『ほんとにほんとにご苦労ね』なども、妻が夫に対し普通にご苦労を用いているのであるから、もう根拠まみれであり、疑う余地はないであろう。


だいたい、目上が目下に用いるねぎらいの挨拶は「大儀であった」であろうが。もっと時代劇を見ろ、知識が足らぬ。足らぬ足らぬは工夫が足らぬ!



さてこのように、またしても根拠があやしいはおろかそもそもが大きな誤りであるが明らかとなった次第にあるが、しかしそれでも、「言葉は変わるものだ」じゃの、「不快に思う人がいるなら合わせるべきだ」などと世迷言を申す者がおるのだとか──


「黙れ! 貴様は御国のために戦った先人たちをないがしろにするのか! この非国民め! 謝れ! 英霊たちにあやまれ! 死んでおわびをせいっ!」


と、そのように申してやりたい気分はやまやまではあるが、さすがにそれはいろいろとまずかろう。鉄拳制裁もむずかしい。軍人精神注入棒でなぐりつけるなど、もっての他。



ならば──この誤った嘘いつわりマナーに従わねばならぬのか? 目下は目上の誤りを放置せよと云うのであろうか?



さらに時代を遡ってみよう。日本軍設立よりもっと前、目上中の目上たる殿様が、「うむ、大儀であった」と申していた時代──


「殿、下剋上でござる」


諸兄の心に、松永弾正がささやきはしないか?


「殿はあのような暗君の下についておるような御方にござらぬ」


心の三好長慶がささやきかけないか?


「君、君たらずば臣、臣たらず」


心の斎藤道三がささやく。


「この世は下剋上! 力こそがすべて!」


現代によみがえった明智光秀──


「敵は嘘マナーにあり! これより、下剋上!」


㐧六天魔王の、再来か。


「嘘マナーのすべてを、及びそれをばら撒く不届者のことごとくを──根から絶やせい」

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