娘は分かっている
Side エミリア
エレノアが明日で9歳となる。私たちの行動と、父王の異常さを理解し始めたのか、彼女は決して父王と二人で会うことはしなかった。聡明で美しかったレイラを見ているようで嬉しいが、怖くもあった。誇らしい気持ちと、いつか被害にあうのではないかという恐怖がせめぎ合っていた。
「ねえ、魔法の鏡さん。」
『なんだいエミリア。』
「私のしていることは正しいのかしら?」
魔法の鏡とは満月の夜だけ会話する。鏡との会話は私の心を落ち着かせてくれるのだ。
『大丈夫だよ、エミリア。君が頑張っているおかげで、市民の被害は無くなったじゃないか!!』
気休めの言葉だと心から思った。王にこれ以上の口止めは不可能だ!亡国の王族のように市民に殴り殺されたいのか!!とケルビー侯爵が王に直談判した。それ以降は攫うことはなくなり、娼婦として売られた子供の初物を選ぶようになった。それがいいとは言い切れないけれども。
『だけれども帝国の動きは芳しいとは言えないね。』
「やっぱりそうなのね……エレノアの誕生日をお祝いしてあげたいけれども、内輪だけで済ませるようね。」
はあ、と小さなため息を漏らした。明日は王族と侯爵家以上が招待された舞踏会が行われる。
「ケルビー侯爵は頑張って国をまわしてくれているわ。でも結果的にそれが王の自堕落な生活に繋がっている。いっそ、王の代わりに外交にお強い王弟殿下のエドワード様に王位を継がせた方がいいんじゃないかって意見も出ているしね。」
その言葉に魔法の鏡は黙り込んだ。先王の話し相手と言っていたから王位の事についてはタブーだったのね、と心の名で呟いた。
「あとね、凄く嫌な予感がするのよね。明日。」
『嫌な予感?』
「そう、レイラが死んだときみたいな。」
そう言いつつそろそろ寝ないとならないと、立ち上がった。魔法の鏡との会話は楽しくてつい時間を忘れてしまう。
「口が滑ったわ、ごめんなさい。今夜は早いですが、寝ますわ。おやすみなさい、魔法の鏡さん。」
『ああ、良き夢を、エミリア。』
城の中は大丈夫。そう高を括っていたのは間違いない。足音をたてながら自分の部屋に向かっていた。
「いやぁ!!」
叫び声。その声に聞き覚えがあった。思わず走り出せば、そこには王と、王に手を掴まれた少女。走り出して、その少女を奪い取った。酒を飲んでいたらしく酒臭い王はいとも簡単に引き離せた。
「誰か!!すぐに来なさい!!」
私の声に反応して走ってきたのはカーティス、ギャロン、ギルベルトの私の護衛騎士三人だった。
「王妃様。」
真っ先に声を掛けてきたのはカーティスだった。彼は今の状況を見て思わずため息を漏らした。
「なんだぁおまえ……エミリアか、よく見りゃお前も美人でいいじゃねぇか。」
王が言うような言葉とは思えない。この男は堕ちるところまで堕ちたらしい。腕の中に収めた少女を安心させるように強く抱きしめた。
「ギャロン、ギルベルト。王はお疲れのようです。部屋にお連れしなさい。」
「「はっ!!」」
「カーティス、私とケルビー侯爵令嬢をエレノアの部屋に送り届けたらすぐにケルビー侯爵を呼び出しなさい。」
「はっ!!」
指示通りに私の騎士たちは動き出した。
「大丈夫よ、リリアン。もう大丈夫。」
腕に抱いた少女を落ち着かせるために優しく声を掛けた。震えたままのケルビー侯爵令嬢、リリアン。彼女自身に歩かせるのは酷かもしれないと思い、その身体を抱き上げた。この子はまだ9歳、エレノアとは乳姉妹で美しいプラチナブロンドに青い瞳を持っている。抱きかかえるのを代わると言いたそうなカーティスだが、男性は怖いかもしれないと思い視線で断った。
エレノアの部屋の前でカーティスがノックをすれば、僅かに開けられた扉。その中にはケルビー侯爵夫人、マグリットが居た。
「王妃様?リリアン?何事ですか?」
驚いた顔のまま、ケルビー侯爵夫人は扉を開けた。カーティスに目配せをすれば、彼は頭を下げてから歩き出した。
「ケルビー侯爵が来るまでにエレノアを起こし」
「起きていますわ、お義母様。」
ベッドで寝ていたエレノアは起き上がり、ネグリジェのままこちらに来た。
「エレノア、申し訳ないけれどもすぐにドレスに着替えて。サラ、マリア居ますか?」
「「はい」」
メイド服ではなく、ラフな格好ではあるが、どうやら騒ぎを聞きつけた侍女二人は私の腕の中で震えているリリアンに視線を向けた。
「サラ、エレノアの着替えを。」
「はい」
「マリア、これから長話になるでしょうからお茶の準備を。」
「はい」
それぞれに指示を飛ばして、そしてリリアンをソファに降ろした。ドレスの胸元は無残にも破かれている。それを見たケルビー侯爵夫人は息を呑んだ。
「お、お母様、王妃様……。」
ぽろぽろと流れる涙。もう限界だ。私は動かないとならない。思わず、強く、リリアンを抱きしめた。そしてケルビー侯爵夫人も同じように強く抱きしめた。
「大丈夫よ、リリアン。」
「失礼します!!」
思ったよりも大きな音がした。それは扉からで、音を出した主はケルビー侯爵だった。
「娘が、王に襲われた、と。」
「ギリギリ未遂です。」
私の言葉にケルビー侯爵はホッとした表情に変わった。私が離れれば、迷いなくケルビー侯爵は娘を抱きしめた。安堵からなのか、リリアンは年甲斐もなく大声で泣いていた。そんな様子を眺めながら、隣にエレノアが並んできた。
「普通の父親ならば、あのように子供を慈しむのですね。」
エレノアの言葉に思わず息を呑んだ。その顔を見れば、レイラとよく似た笑みを浮かべた。
「大丈夫です、お義母様。もう、王の異常性は分かります。なるべく護衛騎士と一緒におりますので安心してください。」
そっと、それでも強くエレノアを抱きしめた。
「それに親からの愛情はお義母様からいただいておりますよ。」
エレノアの言葉に一番救われたのは私だとは知らないだろう。