初夜とはこんなに衝撃を受けるものですか?
Side エミリア
エミリア・マリア・サンチェス。
その名前に変わって、そして王妃のティアラを頭上に乗せられる。本来なら新しいものを作るらしいが、レイラの物をそのまま貰うことにした。結婚式のドレスも、ヴェールも、レイラの物をできる限り使った。
『私はレイラの代わりだ。』
と、大々的に国民にアピールしてしたつもりが、予想外の反響が出ていた。まず、新聞。
『王妃レイラの娘は私が守ります。』
ええ、これ言った。記者に「前王妃と王の姫をどう思いますか?」と問われて、「エレノアは私の親友、レイラが命がけで残した宝です。その宝は国の至宝として育てるべきでしょう。」と、絶対百点満点の答え出した気がするんだけど、何故か私が守る、になっている。いや、守るけどね?
『質素倹約の王妃』
これは私が結婚式でほとんどをレイラの物を使用したからだ。新聞によってはレイラと私の写真比べて違うのは靴だけ、と書いている新聞もある。あ、でも合っているよ、靴以外は全てがリメイク。靴だけは入らなかったからね。
そんな民衆の反応はパレードの時に非常に分かりやすかった。ついでにエレノアのお披露目もしてしまえ!!とまだ一歳半になったばかりのエレノアを抱きかかえながら馬車でパレードを行った。エレノアに手を振るのよ、と教えれば、花の如き笑顔で民衆に手を振るのだ。流石レイラの子供。民衆は一気にエレノア姫の虜となったのだ。王の名前よりも、私やエレノアの名前が呼ばれるという事態だった。
そして、夜。
別に結婚に理想があったわけではない。これでも侯爵家の娘。長女は公爵家、次女は辺境伯家に嫁いだし、政略結婚とは何かを理解している。そして、今日、初めて『男』を受け入れなければならないのだと思った。
見綺麗にされた身体には香油が塗られて、髪は綺麗に梳かされる。
脱がされやすい服のまま、部屋で待ち続けた。
そして、夜は明けた。
どうすればいいのか、分からないまま部屋を出た。困惑しているのは私だけではない。扉の前を守っていた騎士二人も、困惑した顔をしていた。
「王は?」
その言葉に迷ったように騎士は視線を反対の隅にある王の部屋に向けた。震える脚でゆっくりとその部屋の扉の前に立った。扉を開けるべきかと手を扉に当てた時だった。
『レイラの親友と聞いていたが年増女じゃないか。』
『国王様、でも、キャンベル侯爵家の娘でしょう?だったら据え置く王妃には調度いいでしょ。』
きゃははは、と愉快そうな笑い声が聞こえる。僅かに開いている隙間をはしたないと思いつつも覗いた。
『それにしても生娘はこのぐらいでないとな。』
『いた……いよ。たすけ、て。』
聞こえてきた第三の声。覗いた先には王と、金髪の幼そうな娘。そして王が組み敷いているのは、まだ年端も行かぬ少女。涙でぐちゃぐちゃになりながら、そのシーツには赤が点々と落ちている。
『そう言えばよかったの?今日は初夜でしょ?』
金髪の女は笑いながらそう言った。それに対し王は口づけを落としながら笑った。
『あんな年増女抱く気にもならない。お前が成人したら『子供を産めない不良品』として離縁するから問題ない。』
思わず息を呑んだ。瞬間、自分の口を両手で塞いだ。今の私は真っ青なのだろう。振り返れば、騎士たちも気分が悪そうにしていた。震える脚で何とか王妃の住まいに戻って来た。見送ってくれた騎士2人に、レイラの頃から後宮に仕える侍女2人、そしてエレノアの乳母が1人。
「つまり、王の趣味は子供で、尚且つ初物狂い、なのね。」
真っ青な顔のまま、その事実を確認すれば、侍女の1人、子爵令嬢のサラが迷いつつも話し出した。
「はい。王の寝室にいらっしゃる令嬢も恐らく半年ほどで相手にされなくなるかと思います。……恐らくですが、レイラ様を王妃に選ばれたのも。」
彼女が言いたいことも分かった。レイラはどちらかというと、幼い顔立ちをしていた。そしてレイラがエレノアを出産したのは17歳。初夜を迎えたのが16歳とすると。
「王室の儀礼としては出産させるのは18歳以上になってからということになっていたと思うのだけれども……。」
「はい、王はソレを破り、レイラ様に連日無体を……妊娠後も……。」
言葉を濁されたが、沸々と湧き上がるのは殺意だろう。レイラは殺されたようなものだ、王に。
「失礼ながら申し上げてもよろしいでしょうか?」
そう発したのは騎士の男だった。カーティス・ベモート。ベモート公爵家の次男で、近衛騎士団に所属している。
「発言を許可します。」
「ありがとうございます、王妃様。王の趣味は黒髪に色白の娘です。」
その言葉に先ほどの吐き気を催すような光景を思い出した。組み敷かれていた少女も黒髪で色白だった。そしてレイラの容貌もまた、黒髪に色白。背筋がぞわりと震えた。
「そして、はっきり言えば、子供を……。」
「つまり、貴方が言いたいのはエレノアね。」
「はい。」
すぐに彼の言葉が頭で繋がった。その言葉に、エレノアの乳母は青い顔で眠っているエレノアを抱きしめた。
「すぐにエレノアの護衛騎士を選びましょう。ローテーションできるように三人。貴方たち二人にはエレノアの護衛騎士になって欲しいのだけれども、どうかしら?」
私の言葉に二人の騎士は視線を合わせて、そして同時に頷いた。騎士二人は忠誠の礼を取った。それは魔法の一種で、契約に近く、破棄されたときの代償は大きいものだ。
「ベモート公爵家、カーティス・ベモート。エミリア王妃様とエレノア姫殿下に忠誠を誓います。」
ベモート公爵家と言えば、国の剣と呼ばれる家柄で、近衛騎士にはベモート公爵家の派閥の騎士が多く所属している。その彼が味方に付くのは有難い。
「ハンツ伯爵家、ギャロン・ハンツ。エミリア王妃様とエレノア姫殿下に忠誠を誓います。」
ハンツ伯爵家はカーティス公爵家家門の一つで、ギャロン・ハンツは先の闘技大会で剣技部門の優勝者だった実力者だ。確か、ハンツ伯爵家の三男だ。二人の騎士に連なるように二人の侍女が腰を折った。この二人は姉妹で、姉のサラが私の二歳年下となる。
「アーウィン子爵家、サラ・アーウィン。エミリア王妃様とエレノア姫殿下に忠誠を誓います。」
「同じくアーウィン子爵家、マリア・アーウィン。エミリア王妃様とエレノア姫殿下に忠誠を誓います。」
最後に、エレノアを抱いていた乳母が、エレノアを寝かせてから腰を折る。
「ケルビー侯爵家、マグリット。エミリア王妃様とエレノア姫殿下に忠誠を誓います。」
彼女はケルビー侯爵夫人。ケルビー侯爵と言えば、私に結婚するように指示した宰相閣下の夫人でもある。
「私、エミリア・マリア・サンチェスの名に置いて五人の忠誠を受けます。エレノアについては成人した彼女の許可を得ることとする。」
この言葉によって契約は完了した。
「王妃様。」
静まり返った部屋で声を上げたのは、ケルビー侯爵夫人。彼女に向き直り、そして発言の許可をするように笑った。
「私の夫にこの話をしてもよろしいでしょうか?」
「ケルビー侯爵に?」
「……夫は常に、今の王の尻拭いに奔走しております。若い娘に危害を加えているのです。それが国庫を圧迫している部分もありまして。」
「……わかりました。あと騎士はあと一人欲しいところですが。」
「で、でしたら!!」
叫ぶように声を上げたのはマリアだった。この中では明らかに最年少。下手をしたら王に目を付けられる14歳だ。
「誰かいるの?」
「あの、私たちの、」
緊張のし過ぎか、マリアは呂律が回っていないようだった。それを微笑ましく見ていれば、姉であるサラが代弁することを選んだ。
「私たちに兄が居ります。近衛騎士の一員ですのでご一考くだされば……。」
「あー、ギルベルト殿ですか?王妃様、名案です。ギルベルト殿は弓の名手です。引き込むには良いかと。」
柔らかい口調で言葉を発したのはギャロンだった。そしてそのギャロンが認めるギルベルトは有能だろうと思った。
「分かりました。サラ、マリア、お兄さまに話を通して、もし本人が承諾したら連れてきなさい。」
「「はい」」
結果的に言えば、ケルビー侯爵もギルベルト・アーウィンもどちらも味方となった。
この七人を得たことは私も、エレノアも一番の幸運であったのは間違いない。