君のためなら何だってしてみせよう
Side エドワード
サンチェス王国からオーウェン王国までは実に三日の道のりだった。馬で行けばもっと早いのだが、外遊と言うのはそう上手くいかない。と嘆くのは私ではなく、同じ馬車に乗るケルビー侯爵だった。
「出来ることなら私も国に残りたかったのですが、流石に今回はご一緒しないとまずいかと思いまして。」
ケルビー侯爵はそう言った。私とは5歳ほどしか年齢は変わらないが、彼の能力はずば抜けている。今回、オーウェン王国としっかりとした同盟を結べないと、サンチェス王国は国際的に孤立する可能性がある。オーウェン王国は単独でも帝国に抗えるだろうが、残念ながら我が国はそうではない。
「せめて王が、王たる仕事をしていれば違うのですがね……。」
ケルビー侯爵の言葉に含まれる意味は理解できる。兄王にとって代わって王になれ、そう言う意味だとは理解している。だが、それを私ができるのだろうか。そんな不安もあるのだ。
「今回の謁見はアレックス王と、向こうの公証人は誰になっているんだ?」
話題を変えるためにケルビー侯爵へ話しかければ、ケルビー侯爵は小さくため息を吐いた。
「オクレール公爵になりますね。」
オクレール公爵、彼はアレックス王の弟で臣籍降下して公爵家を継いだとは知っていたが、まさか今回の公証人にアレックス王の王弟が来るとは思っていなかった。
「つまり、かなり警戒されている、と考えていいか?」
「ええ、アレックス王にオクレール公爵となると、その場で同盟破棄の宣誓が可能な人選になります。ついでに言えば、どちらも切れ者ですからね、やり難いでしょう。」
「嫌な交渉だ。」
そう吐き捨てるが、それ以上どうしようもなかった。馬車が停まったのは王宮の前。その場所で待っていたのは金の髪に緑の瞳。彼が王子であった時代には何度か会ったことがある。
「お待ちしておりましたよ、エドワード王弟殿下。」
「久しぶりですね、ステファン王子。今はオクレール公爵でしたね?」
そういいながら互いに握手を交わす。彼の案内に続いて、王の謁見の間に通された。つまるところ、もう我が国は同等ではないのだ。
「ご機嫌麗しゅう、アレックス王。」
「久しぶりですね、エドワード殿。」
「同盟の話に参りました。」
「それは書簡でのやり取りの通り、
『貴国が国としての義務を果たすのならば、応じる。』
これに変わりはないが?」
「ええ、我が国としましては……。」
「謁見中失礼いたします!!至急の伝令にございます!!」
「なんだ騒々しい。」
呆れたように言ったのはオクレール公爵だった。すると伝令を持ってきた騎士らしき男は震える手で書状を開いた。オクレール公爵がそれを受け取り、そして驚きの表情を浮かべた。
「ステファン、どうした?」
「国王陛下、サンチェス王国との国境の師団からの連絡です。本日朝、サンチェス王国の王都が帝国の軍によって占拠されたそうです。」
「何!?」
オクレール公爵の言葉が飲み込めなかった。帝国が王都を占拠。一段遅れてその意味を理解した。
「そんな馬鹿な!!帝国との国境には私の部下たちを配置しているんだぞ!!」
思わず叫んだ。しかし、オクレール公爵は首を振って、その書状を渡してきた。
“帝国との国境のウォール辺境伯家、および王弟直属の騎士団との衝突は無し。”
宵闇にまぎれて王都を包囲。国王は捕虜となっている。帝国第一皇子の指揮とみられる。
「ケルビー侯爵、急いで帰るぞ!!」
「行ってどうする?」
焦る私に声を掛けたのはアレックス王だった。王座で見下すように私を見ていた。
「サンチェス王国はもはや国とは言い難い。民の為にも滅びる方がいいかもしれないな。」
「帝国に飲まれるのが良いというのですか!!」
怒りに任せてそう怒鳴れば、アレックス王は不敵に笑う。
「ああ、あの王ならばその方が良いだろうな?」
「ならば……。」
ぐっと手に力が入った。目を瞑り、思い出す故郷の風景。
王都の市民たちが行き交う市場。
郊外の湖。交易の運河。野生あふれる森林。
そして、幼き頃に居たキャンベル侯爵領の自然豊かな風景、そこで花束を受け取った幼き日のエミリア。
『エドワード叔父様。今、この国で王に代われるのは誰?』
舞踏会の日、エレノアに問われた言葉。9歳の子供だって分かっていたことじゃないか。何を迷う。
「私が、王となりましょう。」
その言葉にアレックス王は不敵に笑った。




