98
ペガサスの唐揚げを平らげた頃、コロンがカップを持ってやって来た。
「味見をお願いします。」
はい喜んで!
カップは四つ。
さっきまで鍋の中だったのに、しっかり冷やされている。氷結魔法ってのは高性能だな。
コロンはカラメルソースをカップの上から注ぐ。カラメルはキレイな茶色だ。素晴らしい。
ただ、カップの一つは全く固まっておらず、カラメルは液体に沈んでいく。
「これは駄目ですね。」
「ミルクが多過ぎでしたか。」
「もう一つも、ほぼ液体ですね。」
そちらも表面には膜ができていたが、中はドロドロだ。
コロンは分量や時間を書いたメモにバツ印を付けていく。
「逆にこちら二つは固すぎです。」
箸でプリンをすくう。こんな固いのはプリンじゃない。
「火の通しすぎですね。もう少し時間を短くしてみましょう。」
箸でつまんだプリンもどきを口に入れる。舌で潰すと、ボロボロになってしまった。
卵焼きみたいな食感だが、ひんやりとしていて十分甘い。そして、カラメルの香ばしさと濃い卵の味が口の中に広がる。
「味はこれで良いです。特にカラメルは最高です。」
「良かった。次は、お湯から入れてみます。」
コロンは調理場に戻る。
これは期待するしかない。
「ダメだった分はどうするんですか?」
「そうですね…ケーキにでもします。」
さらにケーキまで食べられる!
これは期待が高まる。
今度は鍋に湯を沸かしてからカップを並べる。ミルクが多すぎた分はボウルに戻し、粉を入れて混ぜ始めた。
「何か手伝いましょうか?」
「いえ、大丈夫です。調理器具を壊さないくらいの力加減ができますか?」
ハイ、無理です。見てるだけにします。
ジリリリリリ
少しして、タイマーが鳴る。
コロンが鍋からカップを二個だけ取り出し、すぐフタを閉める。
氷結魔法でカップを冷ましながらメモを書いている。
これを繰り返して加熱時間を比べるようだ。
何度かタイマーが鳴り、コロンがカップをまとめて持ってきた。一緒にダマスカス鋼のスプーンも付いている。
「これを。」
とりあえず、見た目で美味しそうなのを選び、カラメルを掛けてもらう。
スプーンで掬って…
おお、素晴らしいプルルンですっ!
一口。
滑らかな口当たり。
舌の上でとろける甘さ。
口の中に広がる卵とカラメルの味のグラデーション。
「これはプリンです!」
思わず立ち上がってしまった。
右手に握ったスプーンを天に突き上げ、涙を流す。
「一片の悔い無し…」
私の奇行を眺めながら、コロンが恐る恐る聞く。
「いかがでしたか?」
「この美味しさは完璧です。」
私はまた泣いてしまう。
戦争中のこの国で、まだ何の役にも立っていない私が、安全な所でプリンなんか食べていて良いのだろうか。
戦場にいるマンガンやルーブルには申し訳ないと思う。
「本当に良かったです。最後にも美味しいと言ってもらえて。」
コロンはとても嬉しそうな顔をする。
「はい、とっても美味し…」
次の瞬間、コロンの不吉な言葉に気が付いた。
「…え? 最後?」
「はい。お昼に内示がありました。明日、転生者の侍女を解任されます。」
「ええ!? 嘘でしょう!」
いやいやいやいやいや!
「今までありがとうございました。」
「本当に困ります。私はコロンさん無しでは生きていけません。」
自分の口から出たセリフに驚く。これじゃあまるでプロポーズじゃないか。しかも使い古されたやつ。
「侍女がいなくても、あなたは大丈夫です。」
撃沈。早速断られてしまった。
今日買い物の仕方を教えてくれた理由が分かった。
いや、まだだ。
三国志にも三顧の礼と言うものがある。あと二回。
「私にはコロンさんが必要なんです。」
自分で言っておいて難だが、安っぽいプロポーズの言葉しか出てこない。
「申し訳ございません。転生者の侍女の任は、基本的に転生者が魔法を使えるようになるまでなんです。」
「私、まだ魔法陣は使えないですけど。」
次の瞬間、目の前のコロンから念話が届く。
『この魔法は使えますよね。』
『でも念話魔法だけでは…』
「魔法を全く使えない方だっておられますが、自立して生活されてますよ。」
次で三回目。これが最後だ。
私は立ち上がって膝を折ると、周囲の目も気にせず、頭を床に付けた。
「お願いです。私を一人にしないでください!」
土下座。
異世界で通じるかどうか分からないけれども、誠意を持ってお願いする方法はこれしか思いつかない。
「立ってください。」
「いや、お願いします。」
「不安なのは分かります。でも、あなたは一人ではありません。直轄部隊の皆さんやクラブのお知り合い、頼れる人が沢山おられます。」
「うぅ…それでも…」
こっちは情に訴えているのに、全て反論されてしまう。
「次の任務もあります。分かってください。ね。」
子を諭す親のような優しい言い方。
傍から見れば、体の大きい私の方が親のように見えるだろう。しっかり者の娘の前で土下座する役立たずのダメ親っぽい。
仕事だと言われたら、これ以上は何を言っても無理だ。私は諦めて立ち上がる。
「そうですか…残念です。本当に今までありがとうございました。」
今度は深く礼をする。
コロンが笑う。
「最初にお会いした時もお辞儀されましたね。全ての転生者は見た目で判断できませんが、特にあなたは大きく違いました。他の転生者された皆様との最初の挨拶は、『やあ』とか『お会いできて嬉しい』でしたが、あなたは『はじめまして』と頭を下げられました。とても優しい方だとすぐに分かりました。お出ししたお茶や料理をなんでも美味しいと言っていただいて、とても嬉しかったです。いろいろと楽しかったです。ありがとうございました。」
うわー、めっちゃお別れの挨拶言われてる。
私はできるだけ、平静を装って聞く。
「次は何の任務なんですか?」
「軍事機密です。が、きっとすぐにお会いできますよ。」
そう言って、コロンはケーキ作りに戻っていった。




