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二人で狭い路地を進む。
対向者が来る様子もないので、道いっぱいに並んで歩く。
ただ…。
夕方とはいえ、街中なのにここまで人のいない場所というのも気味が悪い。どこかから、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
こんな所で無言になると何となく怖いので、コロンに話しかける。
「水軍隊って、最近できたばかりなんですよね。」
特に話題を思いつかないから、さっきまでの話の続きで、すでに知っている事を話してしまう。
「そうです。シェケル様の発案です。」
それでも、コロンはちゃんと答えてくれる。
「最近、船舶火災や人命救助の様子がニュースで取り上げられて、水軍隊が人気になってきてるんです。」
この世界のニュースは、映画館で観るものらしい。一度観に行ってみたい。
しかし、ニュース…軍隊…新設部隊…
どうしても、軍のプロパガンダとしか思えないなぁ。
「お姿のインパクトもあって、ブロンズ様はちょっとしたヒーローなんですよ。」
まじで!?
確かにリザードマンは目立つ。
「水軍隊の隊章をリザードマンの顔にしようかという意見も出ているそうです。」
まぢで!?
ある意味名誉だけど、ある意味迷惑な話だ。私なら断る。
「ブロンズさんは喜んでるんですかね?」
「いえ、恥ずかしがっておられるそうですよ。」
コロンの情報網は凄い。情報源は、東宮の地下室でやっていたような侍女の噂話ネットワークなのだろうか。
転生者については何でも筒抜けな気がする。きっと、私がいろいろ実験台にされていることもみんな知っているのだろう。コロンは、シェケルにもいろいろと話してそうだし。
「水軍隊は忙しそうですね。」
「人数が少ないので大変だそうです。シェケル様も、王都全域のカバーはかなり先になりそうだと先程おっしゃってました。」
はたとコロンの足が止まる。
「ここです。」
路地裏の小さなお店。店構えは決して綺麗とはいえない。見ただけで古い建物だとすぐ分かる。
店の小さな戸が開いており、中から灯りが漏れ、店内に並ぶ白くて丸い物を照らす。
「たまご?」
「はい。このお店で産みたて卵を分けてもらいます。」
「卵屋さんですか…」
「ここでは本当に新鮮な卵が手に入るんです。」
コロンは店の中に入って行く。
「む?」
店に入れない…。この入口は、私には小さすぎるのだ。
残念だが、戸の外に立って店の中を覗き込むようにする。
白や茶色の卵がずらーっと並ぶ。ウズラの卵みたいな小さいのから、ダチョウの卵を超える大きなのもある。奥の棚には、ゲームに出てくるみたいな極彩色の卵が一個置いてある。
こんなに卵ばっかりあるというのも壮観だ。
「こんばんは。」
コロンが声を掛けると、店の奥からひげだらけの店主が出てきた。
店主の背丈はコロンよりも小さい。店の入口が小さい理由に納得がいく。
「んっ…」
店主は卵がいっぱいに詰まった箱を抱えている。しかもたくさん重ねて。体は小さいのに、かなりの力持ちだ。
「味が濃くて、大きい卵を探しているんですが。」
コロンが聞くと、店主は箱をそっと置き、手前の大きな薄緑色の卵を指差す。
「モアの卵ですか。良いですね。」
卵の大きさはコロンの体の半分くらいある。
「では、これを一つ。」
店主が卵を抱きかかえ、箱に入れる。魔法陣を開き、箱にジェルのようなドロドロとした液体を注ぎ込む。
緩衝材のようだ。でも、液体だと重くないかな。
「うちの前で何やってるんですか?」
突然声をかけられた。私の後ろ、店の外からだ。
「あ、すみません。」
謝りながら、慌てて振り返る。
そこには、また見知った顔だ。
「プラさん、どうしてここへ?」
「どうしてもこうしても、自分の家に帰って来ただけです。」
「あ、そうですか。今、退きます。」
私は場所を開ける。
「あ?え? この店、プラさん家なんですか?」
「そうですよ。」
プラはトコトコと店の中に入っていく。
コロンが頭を下げる。
「お邪魔しております。」
「あら、お客さんだったんですね。」
プラは、コロンの前にある卵の入った箱を見てやっと私たちが客だと気付いた。
私が一体何しに来たと思ったんだ。失礼な。
「あなた、ただいま戻りました。」
どうやら、この店主がプラの旦那さん。
お喋り好きの妻に、寡黙な夫。バランスが取れているようだ。
「ここの卵はいつも新鮮で、重宝させていただいています。」
「そりゃあ、店の裏に鳥小屋がありますから。」
プラは自慢気に言う。
こんな街中に鳥小屋だって? 鳴き声や匂いが酷そうだ。
「ご近所に迷惑になりません?」
「この辺はオフィス街だから、昼しか人は居ないんです。夜や朝にどれだけ鳥たちが鳴いても、安眠妨害だってどなり込んでくる人はいません。」
でも…鳥の匂いは大丈夫なのか?
私は匂いが気にならないから関係ないけど。
店主は卵の箱に蓋をすると、液漏れがないことを確認して、軽々と持ち上げる。コロンが空間魔法を展開すると、その中にそっと入れた。
「ありがとうございます。」
プラが礼を言い、店主が頭を下げる。
「あの奥の卵はなんですか?」
気になっていた極彩色の卵。何の卵か聞かずには帰れない。
「あれですか? コカトリスの卵ですよ。わたしらホビットは非力だから、護身用に置いてあるんです。」
コカトリス? 護身用?
プラの説明だけではよくわからない。
「あら、コカトリス知りませんか? 鳥とトカゲを足して二で割ったような。」
「聞いたことはありますけど…」
私の知っているのはゲームでの知識だ。この世界のコカトリスとは違うはず。
「コカトリスは毒を持っていて、その毒に触れると石化してしまうんです。当然、その卵黄にもふんだんに毒が…」
いや、私の知識と似たようなものだった。
「数十年前には王族の暗殺にも使われてまして、今ではコーカ国内では取引禁止。当然、売れませんよ。」
プラは嬉しそうに話す。
もし私たちが客じゃないと思ったら、あの卵をぶつけて石化させるつもりだったんじゃなかろうか…
怖すぎるって!
コカトリスについて(エンドル設定)
蛇のような尾を持つ鳥で、雄鶏のような鶏冠を持つ。鶏冠が大きい雌がモテる。
強力な毒を持っており、動物がその毒に触れると石化してしまう。吐く息にも毒が含まれる。オーガには石化の毒も効かないため、コカトリスを食すことがある。淡白な味らしい。
当時の第一王子、第三王子がコカトリスの卵入り料理で暗殺されたため、国立研究所に薬学部ができた。現在ではコカトリスから毒の抗体を抽出しており、早期に投与された場合、石化は治癒可能である。
バジリスクとは別物。あちらは蛇の仲間で、呪いの視線で石化するためコカトリスもオーガも石化してしまう。




