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今日の筋肉お触りタイムは、王様のおかげで早く終わった。
ありがとう、王様!
「今日は早く帰れましたので、これから買い物に行きませんか?」
コロンにそう誘われた。
「行きます。」
私は二つ返事でついていく。
日は傾いてきており、少し薄暗くなり始めている。
街は夕食時を迎え、帰路を急ぐ者、今から出掛ける者、店に呼び込む者たちで賑わい始めていた。
こんな時間に街を歩くなんて初めてだ。
まさか、コロンが外出に誘ってくれるとは思わなかった。バルボアの許可も取ってあるのだろう。コロンは目的の店があるようで、「こっちです」と案内しながら進んでいく。
今日はあまり喋るなと念押しされなかったし、コロンに話しかけてみる。
「王様って、とても優しそうな方でしたね。」
「そうですね。直接お目にかかったのは初めてです。」
「コロンさんですら今まで会ったことなかったんですか?」
リラともあれだけ仲が良いのだから、てっきり王様とも何度も会っているのかと思った。
「国王陛下については近衛兵が護衛しますので、親衛隊は関与しないのです。」
コロンから、近衛兵と親衛隊の違いについて講義を受ける。
近衛兵は侵攻軍や籠城軍とは別の組織で、王宮に所属する部隊なのだそうだ。
王宮及び国王は近衛兵が護衛する。東宮のような王宮以外の王族は親衛隊が護衛する。
「リラ様は王宮に住んでいるのに、親衛隊が守っているのはなぜです?」
「将軍としては親衛隊が、王女としては近衛兵が守るのです。」
うぅ、ややこしい。
役所にもこんな変な縦割りがある。
税金を課す担当と、税金を納める担当と、税金を取りにいく担当が違うのだ。
役所用語でいうところの、課税と収納と徴収だ。
税金について聞きたいとき、「税金はいくらですか?」とか「この税金は高すぎる!」は、課税の担当に聞く。
他に「税金はどこで納められますか?」とか「オレ税金払ったっけ?」は、収納の担当に聞かなくちゃならない。
そして「まだ税金をお支払い頂いていませんが。」と聞いてくるのが徴収だ。
大きな市になると、それぞれ別の部署になっていて他の事務はあまり分からない。複雑で難解な税制度のために、専門性が増しているのだ。
だから同じ税の事なのにと思って聞いても、あっちに聞いてくれとか、こっちに電話しろとか言われて、たらい回しにされてしまうのはこのせいだ。
「護衛の責任の所在が曖昧になったりしませんか?」
「近衛兵と親衛隊はあまり仲が良くないので、逆にキチンと線引きがしてあるのです。」
よく分からないが、そういう縦割りらしい。なぜそうなったかの説明は長くなりそうなので、話をすり替える。
「王様って、リラ様に甘そうですよね。部屋に入ってきてすぐに分かりました。」
「はい。それは国民の間でも有名です。」
コロンは笑いながら答える。
国民まで知れ渡る子煩悩って、どんな事をしたんだろう。
「先日行った王宮の裏庭は、リラ様のワガママで作られたんですよ。」
「え? あの庭ですか。」
「リラ様が四歳の時に、森のある大きな庭が欲しいって、陛下におねだりしたんです。」
「何でまた。」
「絵本を読んで憧れたんですって。」
子どもの無邪気なお願いは可愛いものだが、それを実現するとなると話は別だ。
「陛下は、そこにあった建物二棟を取り壊して、あの広大な裏庭を造成されました。」
王宮を一部潰して庭にしたのか。すっごく広い庭だったよ。
なんとスケールのでかいおねだりだ。
「ニュースにもなりましたから、みんな知ってます。ただ、リラ様は大きくなられてから『そんな事言ったっけ?』と忘れておられましたが。」
私とコロンは大笑いする。
私が大声で笑ったので、近くにいた人々がビクッとして距離を置く。
やっぱりオーガは怖がられる。
怖がらせて、ごめんね。
「今日のマッサージは途中でしたから、まだ疲れが取れてないのではないですか?」
コロンの質問をすぐに否定する。
「いやいや。最近、リラ様のマッサージが本格になりすぎてて、逆に疲れます。」
コロンに愚痴る。
「先日わたしたちが帰った後で、リラ様が『将来、マッサージ師になる!』と決意表明されたそうです。目が本気だったので、侍女全員で説得したと聞いてます。」
その様子は想像に難くない。キナを始めとする侍女たちに囲まれて説得される姿が目に浮かぶようだ。
面白すぎて笑いが止まらない。
「さすがリラ様。王様がそれを聞いたらどうなるんだろう。」
「陛下でしたら…もしかしたら。ふふ。」
コロンも笑う。
私の世界の常識で考えたら、王女がマッサージ師だなんてありえないと思うけど、リラだったらやってくれそうな気がする。
きっとマッチョ専用の施術院だろう。
国王が本当に甘々なら、専用の建物でも建ててしまうんじゃないかな。
そういえば、王女が副業ってオッケーなのかな。
***
「すまぬ…リラ。」
「泣かないでお父様。」
ダラーは無言で首を振る。リラは車椅子の前に跪いて、ダラーの手を取る。
「今までずっと好きな事をさせてもらったんだもの。それをお返しするだけよ。」
「リラが笑ってくれているだけで、十分なお返しだった。もっと好きな事をさせてやりたかった。」
リラは、ダラーの年老いた手を優しくさする。
「余は、リラからかけがえのないものをもらった。余の方が返さねばならんくらいだ。」
「いいえ、お父様。」
「あの頃、多くの子を失って悲しみに暮れる余を救ってくれたのは、リラの優しさと明るさだよ。」
「いいえ…お父様。」
リラはダラーの手をしっかりと握る。ダラーもその手を力強く握り返す。
「コーカ王国の平和のためだもの。頑張ってくるね。」
「まだ決まった訳では無い。もしかしたら、向こうが断ってくるかもしれん。」
リラはすっと立ち上がった。
「え〜〜〜、それはわたしに魅力がないってこと?」
「いや、そんな事はないな。…リラは魅力でいっぱいだ。」
「でしょ〜。あはははははっ…。」
「…はっはっ…はっはっ。」
父と娘は、笑いながら泣いていた。




