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「こここちらも、ほん本業の薬学の研究が、あ、ありまして。」
クーナも不参加を表明した。
これは予想していなかったようで、リラも驚く。
「えー!クーナの研究なんて、どうせ暇でしょ〜。」
「何を仰いますか。」
リラの酷い発言を受けて、クーナが説明モードに移行した。
「シヘーとの開戦以来、軍の技術開発の予算が増加し続けています。今回の北部要塞の陥落によって危機感が高まり、様々な戦術が検討されています。そのための予算が国立研究所に投入されています。」
「それは知ってるけど〜。」
「敵に毒薬を撒かれた場合を想定して、すぐに治療できるようにする薬学部の研究が注目され、予算が増額されたのです。特にオーガ研究で得られた薬は、事前に服薬しておくことで、一定期間毒耐性を得ることが可能で……」
「それは聞いてないなぁ。」
リラがフリヴニャの方を見る。
フリヴニャは首を横に振り、自分も知らないと答える。
クーナの解説を受けて、リラが質問する。
「でも、毒を撒くなんて国際法違反じゃないの?」
エンドルにも国際法なんてあるんだ。
というよりも、リラが、クーナの説明モードの長台詞をちゃんと聞いてたことの方が驚きだ。いつも私は聞き流していたよ。
「そうですね、国際法違反です。でも、いざ戦争になったら何でもありですよ。」
ルーブルが辛辣な言い方をする。
私の世界ではどうだろうか。
国際法なんて、中身がふんわりしていて、それぞれの国の解釈でどうとでもなる気がする。
「勝算がある国だけが、国際法を破るんでしょう。勝てば誰も文句言えないって事ですね。」
私がそう言うと、ルーブルも頷く。
結局、負けた国だけが国際法違反を押し付けられて、潰れていくのだろう。
エンドルの国際法がどういうものか分からないが、実効性のあるものではなさそうだ。
「シヘー連邦には勝算があるから、毒をばら撒く可能性があると言うことですか?」
ルピアは心配そうに聞いた。
侵略を受けてはいるが、まさか自分の国が負けるとは思っていない目だ。
前線にいるお姉様を心配しての事だろう。
「あ、あ、あくまでも可能性です。そそ想定ですから。」
クーナは、そこまで深刻に心配する必要がないと言いたいようだが、一度不安になった者には意味がない。
ルピアは不安そうにルーブルを見る。
「お姉様は、大丈夫でしょうか。」
「大丈夫。マンガン隊長は、常に二重三重の手を考えて作戦を立てておられますから。」
「そうですよね。」
ルーブルはルピアの頭を撫でてやる。
「何だか、興が冷めましたわ。」
レウが侍女に冷ややかな視線を送る。
確かに、フリヴニャのせいでワイワイとした雰囲気ではなくなった。
しかし皆の予定は決まっていたことだから仕方ないし、戦争の話に持っていったのはクーナじゃないか。
フリヴニャは悪くない。とばっちりだ。
「そうだね〜。今日はこれまでにしておこうか。」
さすがにリラも空気を読む。
「来しゅ…来月はどうかな?」
更に空気を読んで、先延ばしにする。
「戦況がどうなっているか分かりませんが、来週には侵攻軍到着の予定です。楽観的に見れば来月なら大丈夫でしょう。」
ルーブルはわざと一番良いシナリオを説明する。ルピアを安心させるためだろう。
ルーブルは、この数時間でかなりルピアを気に入ったらしい。
エスクードもかなり推していたし、ルピアは人に好かれる才能があるのだろう。
「ルピアは例大祭さえ終われば、問題ありません。」
「そそその頃なら、一段落してます。」
ルピアもクーナも来月なら大丈夫と答えた。
「私は、来月どうなってるか分かりません。」
ちょっとした抵抗をしてみる。
私の意志や都合を無視して話が進んでいくことに、少し苛ついていたのだ。
決して、私の分のお菓子まで食べられてしまったことを恨んでいる訳ではない。
「あなたは将軍直轄部隊なんだから、予定なんて将軍が決められるわ。」
リラ将軍本人がそう言うのだから間違いない。この会合は、来月の私の予定に組み込まれるのだろう。
「まあ、ルーブルみたいに作戦中になったら分からないけれどね。」
リラはさらりと恐ろしいことを言う。私も前線に出るってことですか?
「あの…私が来たくないと言ったら?」
もう少し食い下がってみる。
「将軍命令に逆らうの?」
「これは軍の集まりじゃありませんし、将軍とは関係ないので、命令に従う必要がないです。」
私はハッキリと言ってやった。
果たして、役所時代に上司にこんな物言いができただろうか。
半分冗談、半分本気。
来なくて良いならそれで良いし、この会合の居心地は悪くなさそうだから来てもいい。
リラがやっぱり辞めると言い出したら、その程度の思いつきだし、それでもやるという事なら、私が何を言ってもダメなのだ。
リラは笑っている。
私が本気で嫌がっている訳ではない事が分かっているのだ。
今までも、なんやかんやリラの思いつきに振り回されてきたし、嫌なことは嫌と言える関係は築いてきた。
毎晩のように付き合ってきた筋肉お触りタイムの絆は伊達じゃない。
…絆という程でもないな。
コロンもクーナもそれが分かっているから何も言わない。
それを知らないレウやルーブルは不穏な空気に飲まれ始めた。
「それ以上は…」
ルーブルが私を止めようとした時、リラが私を指差す。
「じゃ、部長命令〜。来なさい!」
「は?」
「秘密の花園クラブ(仮)の部長の命令なら、問題ないでしょ。」
「リラ様、いつ部長になったんですか?」
「今よ、今。」
私は吹き出してしまった。
皆で大笑いする。
レウたちもホッとした表情に変わる。
「レウちゃんが副部長で鍵当番ね。」
いよいよサークル活動っぽくなってきた。
こうなったら、リラは止められない。
キナとフリヴニャもそれが分かって、ため息をつく。
「もう、いい時間ですわ。クラブの皆様で、お昼ご飯にしませんか?」
レウが提案する。
さっきまで、お茶会してたのに。
でも、私はさっきの量では全然足りてないから、大歓迎です。




