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コロンが、エスクードに代わってルピアに謝る。
「ごめんなさいね。」
「いえ…軍隊に入るなんて考えた事ありませんでした。でも、今ならちょっと興味があります。」
エスクードが、おっ!と言う表情に変わる。コロンはそれを肘で小突く。
「できたら、ルピアはお姉様の部隊に入って、お役に立ちたいです。」
ルピアは一瞬、決意の表情を見せる。かなり前向きだ。
本当にマンガンに心酔しているようだ。
コロンはそれを諭す。
「良く考えてくださいね。その時の勢いや、気持ちだけで決めてしまうと後悔しますよ。」
「分かりました。軍隊を良く知ってから決めた方が良いですよね。」
「まあ、そうですね。」
「じゃあ、今から見学させてください。」
エスクードはルピアのやる気に喜び、コロンは少し呆れている。
ルピアは行動力もすごいな。私が十七歳の時にこれだけの事ができただろうか。
十七歳、高校生。受験勉強してたか。
勉強ばっかりで、あんまり楽しかったイメージはない。
「早速、親衛隊でも見に行く?」
もうエスクードがナンパ師にしか見えない。
大学のクラブ勧誘じゃないんだから。そんなに簡単に見学とかできるのか。軍事機密とかないのか。
そこへ、タラが階段を駆け降りてきた。かなりの慌てようだ。
「まだ、ここに居たか。至急、謁見室へ来るように。」
タラは私を指差す。
なんだろう、緊急の用事? 謁見室ということならリラ将軍だろう。
また、なんかわがままを言ってるのかな。
もっと話をしたかったが、仕方ない。
「残念ですが、今日はここまでですね。」
「そうだ。念話の契約だけでもしておきませんか。」
「またゆっくりお話したいですね。」
「お菓子もお渡ししておきます。」
「これ、なんですか?」
私たち別れ際をトロトロとしているので、タラが「早く早く」と急かす。
リラなんだから、ちょっとくらい待たせても構わないんじゃないかな。
いや…上司が来いと命じているのに、ダラダラしてるってのは良くないな。
「そろそろ行かないと。」
将軍っていうのは、本来なら局長クラスのお偉いさんだ。
リラと私たちとの距離感が近くなり過ぎてしまって、上司として見られなくなってきてるんだろう。
良くない。反省、反省。
とはいえ。しっかりお土産はもらう。コロンが空間魔法に片付けてくれる。
ルピアは、本当に親衛隊の見学に行くらしい。これからエスクードが案内するそうだ。
「また連絡くださいね。」
「ありがとうございました。」
そんな挨拶をしていると、また、階段を降りてくる人たちがいる。今度は割と大勢だ。
「待ちきれなくて、こちらから参りましたわ。」
この声…まさか。
階段の方を見る。
銀色の髪に透き通る肌に、お人形のような美しい瞳。
今日は黄色のドレスだ。赤くない。
「「レウ姫様!?」」
エスクードとコロンが、驚いて慌てふためく。何とか礼をする。
クーナとルピアは、何がなんだかわからないまま私たちの真似をして頭を下げる。
「ど、どうしてこちらへ?」
「そこに居るオーガの魔法の研究のためですわ。」
前回会った時の最後にレウがそんな事言ってたな。私の『百花繚乱』を魔法の先生に見せたいとか何とか…。
「レウちゃんって、思い立ったが吉日だよね〜。」
レウの隣でリラが笑う。
その後ろにはバルボアとソル、護衛の兵士などが行列をなしている。
将軍と将軍補佐、直轄部隊隊長に東宮の姫様まで。偉い人たちが勢揃いだ。
あちゃー、やってしまった。これは本当に急がんとダメだった奴だ。
コロンもエスクードも顔面蒼白になっている。エスクードに至っては、一瞬にして汗が滴り始めた。
私も心臓がバクバクしているが、幸い冷や汗をかかない身体なので助かる。
…助かる? いや、助かってはない。
後でかなり怒られるんだろうなぁ。
「レウ姫様、何をこんなにお急ぎなのですか…?」
バルボアも汗だくだくで何か言ってる。
後で聞いたが、バルボアやソルが姫様と直接会ったのはこれが初めての事で、かなり緊張していたらしい。
「分からない事を、分からないままにしておくと眠れないからですわ。」
レウは当たり前でしょ、と言う感じだ。
どうやら私の魔法は、レウの安眠を妨害していたらしい。
「何か、オーガについて分からないことでもございましたか?」
バルボアが、これ以上深く聞くのは失礼にならないかと、慎重に質問する。
と、いうか。
バルボアやソルは、レウが私の魔法に興味を持っているという前提を知らない。
あの時ソルには、レウに会ってきたという報告はした。
すると、それだけで軽率だの不敬だの羨ましいだのと、ソルたちはヤンヤヤンヤと騒ぎになってしまったのだ。
…そもそも、真っ赤な血に染まった姫様のショックが大き過ぎて、私も詳細な報告ができなかったというのが本当のところ。
だから、彼らは何がなんだか分からないまま、今の状況を迎えているのだろう。
可愛そうな中間管理職…。
「分からないことだらけですわ。ねぇ、先生。」
レウは行列の後ろの方に声をかける。
「こちらが研究対象ですね。」
列の最後方から、聞いたことのある別の声がする。声の主が前に歩み出てきた。
ダボダボのローブに細い眼鏡。そして眼鏡の奥の赤い瞳。
先日、魔法の講義をしてくれたルーブルだ。彼女は握手をしてきた。そのまま、私の手を執拗にさすってくる。
ちょっとうざい。
「あれ? 北部要塞へ応援に行かれてるんじゃ…」
私が問うと、代わりにレウが答える。
「ルーブル先生には、今回の研究のために、戦場から戻って来ていただきましたわ。」
レウの魔法の先生って、ルーブルだったのか。てっきり、しわくちゃのおじいさんかと思っていた。
ってか、最前線に行ってた人を私の魔法のために呼び戻しても良いのか!?
大丈夫か、北部戦線!?




