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「吐き気は、あ、ありますか?」
クーナが聞いてきた。
軽くはなったが、まだ気持ち悪さが残っている。組手で倒れたときは、こんな吐き気は無かったのに。
「ええ、少し。」
「気付け薬には改良の余地がありますね。オーガ用に強力にし過ぎたのかもしれません。竜脳か鹿の角の分量をもう少し調整して…」
口に入れるからだよ…。あんなきつい薬を飲まされたら、誰だって吐き気がするって。
私が溜め息をついていると、ソルが戻ってきた。
「目が覚めたか。ご苦労だったな。」
ご苦労どころではない。
私はジト目でソルを睨む。
「実験とは聞いていたが、あんな事をするとは思わなかった。大変だったな。ははははは。」
この国の軍隊の、圧倒的な事前の説明不足は何とかならんか。
振り回されるのは結局、下の人たちだ。
「そうだ。お前さんに客が来ておるらしい。将軍府に戻るぞ。」
ソルが瞬間移動の魔法陣を準備する。が、
「お前さんは重そうじゃのう。」
「でででは、オーガを送りますよ。」
クーナも瞬間移動魔法を開く。
「助かる。将軍府の正門前まで頼む。」
***
私たちが将軍府に着くと、エスクードとコロンが待っていた。
そして、もう一人。
「お久しぶりです。」
ルピアだ。
服装が違ったから、一瞬気付かなかった。明るい笑顔で、元気そうだ。
「こここ、こちらは?」
「神殿でお世話になった神官のルピアさんです。」
クーナに紹介する。
「…? いや、なんでクーナさんが居るんですか!?」
しれっと付いて来ていたのか。
「おオーガ専属トレーナーですから。」
リラ将軍のお友達として将軍府によく来ているから、スルーされたようだ。
もう放っておこう。
ソルは私に「終わったら待機室に来るように」と言って、階段を昇って行った。
「今日はどうして?」
「ルピアさんは、休暇を使ってマンガン様に会いに来られたそうです。」
コロンが説明してくれる。
マンガンたち教導隊は北部要塞の攻略に行ってて、王都には居ない。
「折角来たのに、お姉様は戦場に行ってるって聞かされて…。とても残念です。」
ルピアは俯きがちに言う。
私は思わず聞いてしまう。
「お姉様…?」
まだ、マンガンをお姉様と呼ぶのか。
あれの中身は四十超えのおっさんだと伝えたはずだ。かなり凹んでいたと思うけど…
「はい。マンガン様は、ルピアの心のお姉様です。」
この子、吹っ切れたな。
おめでとうございます!
マンガンに(一方的な)姉妹ができました。
いやー、是非ともマンガンの話をなろう小説にして欲しい。『鬼教官の俺が異世界転生したら、美少女と姉妹の契を交わしちゃいました。』とかいうタイトルなんてどうだ。
ハラハラドキドキのバトルあり、あんな事とかこんな事とか、したりされたりのラブコメあり。
…さておき。
「で、ついでに私たちに会いに来たと。」
「そういうことです。皆様もお元気そうで良かったです。」
ついでにってのは否定しないんだな。
「テルルさんにもお会いできませんでしたが、ブロンズさんとは一緒におやつを食べました。」
ルピアは、持っていた包み紙を見せる。
神殿の絵が描かれたその包みは、神殿周辺のお土産屋さんで買ったものだろう。
差し入れか。なんて気が利く子なんでしょう。
…マンガンに渡す用だったお土産かもしれないけれど。
「神官のお仕事は順調ですか?」
「あれから大変だったんです! 迷宮の構造が全て変わって、地図が使えなくなったんです。」
ボクっ娘神様が、迷宮を「模様替えするか」なんて軽い感じで言ってたのが、大事になってるみたいだ。
上の者の気紛れで影響受けるのは、結局、下の人たちだよ。
「だから、神官が総出でマッピングしてるんですが、まだ地下四階までしかできていません。」
一階層ごとが結構広かったし、地図を作るにも大変そうだ。
「…以前より御使いが強くて、まだ進めてないんですよ。」
神様…、迷宮の難易度上げたんだ。
半魚とかが、わんさかと出てくるようになったとか嫌だな。
「今の迷宮では、皆様が最深到達者です。」
そう言って、ルピアは袖を振る。緑色の光が立体的な地図を形作る。前にも見せてもらった地下迷宮の地図だ。
四階層分の塊の下に、少し離れて小さな塊がある。
ルピアは端っこの三叉路を指差す。
「この地下七階から戻って来たわけですから、自慢して良いですよ。」
カボチャの神様に送ってもらって、一瞬で帰ってきただけだから、自慢はできない気がするけど。
「あんなに混乱してたのに、ちゃんとマッピングしてたんですか。すごいですね。」
コロンが驚きの声をあげる。きちんとやることはやっている。ルピアはデキる神官だ。
「親衛隊に入らないかい? 君くらい優秀な人材、是非ともうちに欲しい。」
突然エスクードがスカウトを始める。
「エスクードさん、何を勝手に…。」
コロンも止めに入る。
「彼女は親衛隊にピッタリだと思うんだ。まず、防壁魔法が完璧。高等魔法も複数使える。突発的なトラブルでもキチンと仕事をこなす。」
エスクードが指を折りながら、ルピアの才能を褒める。
ルピアはニヤニヤとしながら、だんだん顔が崩れていく。
「君さえ良ければ、デニ隊長に掛け合ってみるよ。」
「え…でも。」
いきなり過ぎて、さすがにルピアも尻込みする。
「仕事は変わらないよ。神官は地下迷宮で人を守る、親衛隊は東宮で王族を守る。おんなじだ。」
「さすがに無理矢理ですよ。神官の仕事は他にもあるでしょうし、親衛隊の仕事も多岐にわたります。」
エスクードの論理をコロンは否定する。
「似合うと思うんだがなぁ。もし、その気になったら、連絡ください。」
エスクードがルピアと念話の契約をしようと手をのばす。
そこにコロンが割って入る。
「そんなに強引に誘ったら、若い人には断りにくいでしょう。いい加減にしなさい。」
コロンに怒られて、エスクードはしゅんっとする。
夫婦漫才みたいだな、この二人。




