七十八
後、どのくらい時間が残っている?
私はまだ、一つもアウトは取られてない。
フォリントと私は背中を巡って、回り続けている。
***
生活保護の担当者にとって、受給者の家庭訪問も大事な仕事だ。
受給者に直接会って、収入や生活状況の把握、就労指導や他の支援窓口の案内などを行う。
今日も何軒かの家を回る。受給者の情報を持ったままで、他の受給者の家庭訪問をするのは、情報漏洩の危険があるから、本当は避けた方がいい。でも、そんなことを言ってたら、百件近い受給者の家を回る事なんてやってられない。
まずは老人の一人暮らし。古いアパートの一階の奥の部屋だ。
ピンポーン
「………」
居ない。
昨日、二時に行くって電話したのに。約束したのに不在とか、マジ許せない。
「まさかね。」
突然、先輩が第一発見者になったという話を思い出した。
ドアが開いていたので中に入って見ると、その人は壁に寄りかかって座っていたらしい。呼びかけても返事をしないので、寝てるのかなと思って顔を覗いてみると…
背筋がゾクっとする。
試しにドアに手を掛けてみた。
キイ…
開いてる。
背中を嫌な汗が流れていく。
とりあえず、もう一度呼び鈴を押す。
ピンポーン ピンポーン
「………」
出てこない。
「マジか、マジか、マジか。」
先輩は、参考人として警察に呼ばれて状況を色々と聞かれたらしい。
とりあえずドアを叩いて、大声で名前を呼ぶ。
「○○さん!○○さん!?」
よし。これで出てこなかったら、今日は誰もいなかったことにして、帰ってしまおう。
「おぉ、すまん。」
少しして中からおじさんが出てきた。
良かった。生きてた。
おじさんは六十五歳になったばかりで、老人と言うには若く見える。世帯類形で、老人世帯と分類されているだけだ。
「少し寝てしまってたんだ。上がってくれ。」
「失礼します。」
私は用意してきたスリッパを履いて、部屋にあがる。
「布団敷いてあるじゃないですか。ガッツリ寝てましたね。」
私は思わずツッコミを入れた。「少し寝てた」じゃないよ全く。こちらは冷や汗かいたんだぞ。
「本当にすまん。」
こちらは朝から仕事してるのに、そつちは昼寝なんかしてて良い御身分だな。
「暑そうだな。お茶でも飲むか?」
「いえ。大丈夫です。」
汗だくで暑そうに見えるのは、あなたのせいです。
早速、収入申告書を渡して、記入するように求める。
「この半年で、お金とか入ってないですか?」
「ない。」
「ギャンブルで勝ったとか、借金したとかでお金が入っても、申告が要りますからね。」
「勝てるわけない。マイナスだよ。」
ギャンブルには行ってるのかよ。
本来は勝ち負けとか関係ない。賭けた金は必要経費と認められないから、プラス分だけを生活保護費から減らさなくちゃいけない。
今回は注意だけしておく。
「ギャンブルやっても、生活苦しくなるだけですからね。今後は一切やめてくださいよ。」
「はいはい。」
しかも、税金でギャンブルしている奴がいると批判を受けるのは行政だ。
「家族と連絡は?」
「弟からたまに。妹とは全然。」
緊急連絡先は弟だな。入院とかになると、家族の同意が必要になるので、家族との交流状況も把握する。
「病院は?」
「高血圧の薬だけもらいに行ってる。最近腰を痛めたから、また医療券貰いに行くわ。」
書かれた申告書を確認する。
収入なし。生活状況に変化なし。
「腰?」
「少し重いものを持ち上げて、ぐいっとなったんだ。」
重いもの?
この部屋にはそんな重そうなものはない。
「パチンコの箱じゃないでしょうね。勝ったんなら申告してくださいよ。」
「違うよ、もっと重たいものさ。」
「腰には気を付けてください。」
私は収入申告書を鞄に片付ける。
「ギャンブルで負けた分を申告したら保護費増えないのかね。」
「増えません。でも勝った分だけは減らします。」
「損しかしねぇじゃねえか。」
「だから、ギャンブルは止めてくださいって言ってるんです。」
「はいはい。」
おじさんは適当に答える。
またギャンブル行くつもりなんだろうな。簡単にはやめられないのが恐ろしいところだ。
「なんかあったら連絡してください。」
「おう。」
私は部屋を出た。
このおじさんが、私に金の無心をしてくるのは半年後の家庭訪問の時だ。
私は、次の受給者の部屋に向かう。同じアパートの二階。
生活保護費の家賃には上限額が決まっているから、受給者は同じような場所に集まることになる。このアパートには他に三件も受給者が居る。
私は暗い階段を上がって、次の部屋の呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン
***
「はっ!?」
目が覚めた。
「大丈夫ですか?」
コロンが私の顔を覗き込む。
反睡眠魔法で起こしてくれたのだろう。嫌な夢で起きることになるから、この魔法、嫌いなんだよな。
「私、寝てたんですか。」
「目を回されて、そのまま倒れてしまいました。」
やってしまった…
オーガの三半規管はとても弱かったらしい。
「フォリント様を押し潰してしまったので、引き分けです。」
…やってしまった。完全に漫画じゃないか。
「フォリントさんに怪我は?」
「大丈夫です。あの程度の打ち身は怪我のうちに入りません。」
そう言ってプラは笑う。
打ち身なのか、後で謝っておこう。
フォリントはどこだろうと辺りを見回すと、皆は片付け始めていた。
「あれ? もう終わりですか。」
「はい。一時間くらい寝ておられましたので、起こさせていただきました。」
まじか。目を回して一時間も寝てたなんて。
皆が訓練している時に昼寝なんかして、良い御身分だとか思われているかも知れない。
「なんか…、ホントにスミマセン。」
私が落ち込んでいるので、コロンとプラが慰めてくれる。
「気にすることはありませんよ。」
「そうです。後でプリンを送りますから、元気出してくださいよ。」
なにっ!? プリンだと!!




