Ⅶ
1~3話のコロン目線
わたしはコロン。
コーカ王国の王都で、籠城軍の親衛隊に所属しています。
この度、転生者の従者となる特務を仰せ使いました。
転生者の従者となるのは今回で五回目。
慣れていると言えばそうなのですが、やはり転生者は千差万別。気を抜く事はできません。
「今回は亜人の体に転生させるそうだ。」
親衛隊長シェケル様から、そうお聞きした時には驚きました。
本当にそんな事が出来るんでしょうか。わたしはこの目で見るまでは信じる事ができませんでした…
***
その日、特製の侍女の制服を着て、今回の転生者用に作られた部屋で待機しておりました。
シェケル様から、念話魔法が届きます。
『転生は成功。間もなく部屋に到着する。』
「わかりました。」
部屋の最終チェックを行い、部屋の隅で扉が開くのを待ちました。
ガチャッ
まずシェケル様が入ってきて、続いて…オーガが入ってきました。
オーガですよ。亜人というか鬼です。人喰い鬼です。大きいです。角があります。恐ろしいです。
危うく漏らしてしまうところでした。
「じゃあ、後は頼んだ。」
シェケル様はわたしを信じて、わたしに任せて出て行かれました。わたしも親衛隊の戦士です。その期待に応えなければなりません。
気を取り直して、ご挨拶申し上げます。
「コロンと申します。あなたの侍女でございます。何なりとおっしゃってください。」
緊張で硬い挨拶になってしまった。
戦場でもオーガと対峙するなんて、まずありません。身長なんてわたしの倍はあるんじゃないかしら。こんな上から見下ろされると恐怖で足が震えます。
しかし、意外にも優しい口調が返ってきました。
「コロンさん、はじめまして…」
そう言って、オーガは頭を下げます。
ああ、この人は名乗る前に「はじめまして」と仰いました。二人目の転生者と同じ。おそらく近い地方からの転生なのでしょう。
こういう、ちょっとしたことが、転生者の信用を得るうえで重要になります。
少し安心しました。
何とかミッションを遂行できそうです。
***
シェケル様が部屋を出て、扉の鍵を閉めました。
するとその人は、閉じ込められた事に酷く動揺していましたが、泣いて崩れ落ちただけで暴れることはありませんでした。
まあ、オーガの力でどれだけ大暴れしたところで、この部屋は壁と床、天井に鋼板が使われ、扉も窓も封印の魔法が掛かっていて、逃げ出す事はできませんが。
もう、このオーガのことが怖くありませんでした。
だって、泣きながらうずくまる様子は、まるで幼い迷子のようですもの。
「大丈夫ですよ。まだ今は、我慢して下さいね。」
その人をベットまで連れて行き、お茶を準備しました。
二人目の転生者と一緒に試行錯誤して、色と香りと苦味の三種の香草をブレンドした特製のものです。
お口に合うと良いのですが。
「おいしいです。とてもおいしい!」
オーガの笑顔を生まれて初めて見ました。
良かった。このお茶にして正解でした。
お茶には催眠魔法をかけてあります。
直接相手に魔法をかけるのとは違い、魔法のかかった食べ物を食べると、ゆっくりと、しかも確実に効果が現れます。
転生したばかりの魂を肉体に安定させるため、落ち着いた状態で眠って頂く必要があるのです。
「あの…色々と説明をして欲しいんですが。」
その人はオーガの大きな体を小さくして、申し訳なさそうに聞いてきました。眠りに落ちるまで、少しの間、雑談に付き合いましょう。
よく眠るためには、お伽話が良いかもしれません。この世界を知ってもらうためにも。昔々の神々の物語から…。
***
わたしのお話に、その人が引き込まれ始めた頃でした。
どぉぉぉぉぉぉん!
爆発です。
直後に念話魔法が届きます。
『緊急招集! 親衛隊は全員、東宮正門前に集合。敵の攻撃である。』
「攻撃っ!?」
わたしは思わず立ち上がってしまいました。
王都への直接攻撃だなんて! 一瞬、たちの悪い冗談かもしれないと思いました。
どおおおおおおん!
先程の爆発よりも音が大きい。これは冗談なんかではありませんね。
その人を置いて行くのは、本望ではありませんが、ここにいる方が絶対に安全です。
魔法のかかったお茶を二口三口飲んでいます。間もなく寝落ちするでしょう。
「すみません。お話しの途中ですが、わたし行きます!」
わたしは空間魔法を展開し、足下に開いた別空間に飛び込みました。
あの部屋が封印されている間は、瞬間移動魔法では外に出ることはできません。
そのため、こうやって別空間を経由して外に出なければならないのです。
この別空間には、わたしの色々な道具が保管してあります。お茶のセットや調理器具から、着替えや小物、それに武器。空間魔法を使えば、好きな時に取り出せます。
わたしは剣を手に取り、今度は空間魔法で東宮正門に繋ぎ、外に出ます。
着替えは必要ありません。この制服はオーガに殴られても平気なようにあつらえてあり、下手な鎧より防御力があります。
正門前には、大方の親衛隊のメンバーが揃っておりました。
東宮におわす王子殿下と王族の皆様をお守りするのが、本来の親衛隊の任務です。
「親衛隊デニ班、コロン参上いたしましたっ!」
シェケル様とデニ班長に着任の報告をいたしました、その時。
「来るぞ!」
シェケル様が空を指さします。わたしたちの頭上…、空高く青い魔法陣が描かれました。あれは瞬間移動魔法です。
次の瞬間、魔法陣から火球が現れました。
どおおん!
火球は回廊の向こう側、中庭の方へ落ちました。
瞬間移動魔法で火球を相手領地に飛ばす攻撃。こんな奇襲は今までに聞いたことがありません。
「隊を3つに分ける!」
シュケル様の指示のもと、わたし達デニ班は、王族の皆様方を避難誘導する任を拝命いたしました。
いつどこから降ってくるか分からない火球に警戒しつつ、王族の皆様方には地下の避難所へ安全に移動していただかなければなりません。
***
空爆は終わりました。
避難の途中、パニックになった東宮の姫君に蹴飛ばされたり押し倒されたりと散々でした。
しかし、王族の皆様方にはひとつも怪我がありませんでした。ミッション完遂です。
デニ班長から慰労のお言葉をいただき、わたしは侍女の職務に戻ります。
空間魔法で別空間に飛び込みます。使うことなく済んだ剣を置くと、あの部屋に繋がるよう、空間魔法を開きました。
この時、制服の泥を落とし忘れたのはわたしの失態です。お恥ずかしい。
オーガはベットの上でだらしなく寝ていました。その顔を覗き込みます。恐ろしい顔つきのはずなのに、あまりにも無防備なその寝顔に、可愛さすら感じます。
「良く眠っていますね。王都はこんなに大変なのに…。」
涙の跡です。ずっと泣いて居られたのでしょうか。
「こんなに泣いてばかりで、本当に役立つのかしら?」
今はゆっくり寝てください。わたしは新しい毛布を取り出してその人にかけてあげます。
「でも、あなたらしさを失わないでください。」
オーガについて(エンドル設定)
オーガとは、いわゆる鬼である。肌は赤み掛かっており、頭部に角が生えている。
角の本数は一~三本で、地域や血筋によって異なる。
身長は大きいもので人間の三~四倍あり、体力や腕力は比較にならないほどである。
人を喰う文化を持った一族もおり、人間からは恐れられている。