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「せっかくですから、休憩がてら、皆様にも呪文についての豆知識を。」
ルーブルは私の手を離すと立ち上がり、兵士たちの練習を一旦止めて座らせる。
「地域によって魔法文化にも差があります。東洋では紙などに魔法を封じ込める『符』と呼ばれるカードが主流ですし、南洋の国々では、今でも呪文の方が多く使われています。」
ルーブルは学校の先生のように、行ったり来たりしながら講義を始めた。
「呪文を多用することを、魔法文化的に遅れているように言う人も居ますが、決してそんなことはありません。」
ルーブルの説明に熱がこもり始める。
「歌うように唱えられる南洋の呪文は、聞いていて、とても美しいです。また、多くの人が合唱することで協力して、強力な魔法を発動することができます。さらに同時に二つの音を出せる達人も居まして、呪文で二つの魔法を同時発動したのを見させていただいた時には……」
いかん…意識が飛びそうだ。
まぶたが重い。
飽きてきたとこに、座学の講義。
拷問だ。
「では、氷結魔法の呪文を南洋流の詠唱法でお聞かせしましょう。」
あ、ちょっと面白そうなやつかな。
頑張れ、まぶた。
うわぁ…アヴェ・マリアみたいな歌が聞こえてきた。
南洋流の詠唱法って癒やし系の曲かよ
……なんか、皆盛り上がってるな。
すごかったのかな。
見なきゃ
あれだ。
?なんだっけ、
魔法…
***
突如、私は炎に包まれた。
「熱っつーー!!!」
私は現に引き戻された。
「大丈夫です。オーガには火炎耐性がありますから。」
ルーブルの冷たい声が聞こえる。
「ぎゃーー!!」
私は熱さに体を丸くする。
火炎耐性があっても、熱いものは熱いんだって!
「皆さん、今までの練習を思い出してください。できるだけキレイな円で魔法陣を描くのです。」
ルーブルがそう言うと、四方八方から炎が飛んできた。
皆が私を囲み、魔法の炎をぶつけているのだ。
「嘘でしょ…」
私の来ていた上着はあっという間に消し炭になる。
なんだ、このイジメ。
「上官の講義中に居眠りするような方には相応の罰…もとい、精神の鍛錬が必要です!」
ルーブルがお怒りの声で叫ぶ。
忘れてた。ここは軍隊であって、学校じゃない。
「すみません!」
謝るしかない。
しかし、炎の玉はボンボンと私に飛んでくる。
「すみま、熱っ!」
熱湯のシャワーを浴びているような感じだ。
「皆さん、いいですね、いいですよ。キレイな魔法陣がイメージできているので、正確に炎が飛んでいます。」
直轄部隊のプラも、嬉しそうに炎をぶつけてくる。
私にぶつける事を楽しんでいるのではなくて、上手に魔法が出せることに喜んでいるようだ。
…そうだと信じたい。
今の私は、魔法で落ちこぼれた兵士たちの自信につながっているのか。
それなら、それはそれで悪くはない。
…とは思いません!
ちくしょう。水流魔法で炎を消したり、微風魔法で炎を吹き飛ばしたりできないだろうか…
しかし悪いのは寝落ちした私だ。
耐えて、謝り続けるしかない。
「すみませ…ブッ。」
顔はやめてくれ。
炎のシャワーの熱さにも慣れてきた。
私は立ち上がる。
「居眠りしてしまい、申し訳ございませんでした。」
頭を下げる。
「では皆様、大きい魔法陣にも挑戦してみましょう。」
だが、ルーブルは私を無視する。
くそう、これが軍隊のしごきなのか。(←個人の感想です。)
「べふっ。」
今度は大きな火の玉が飛んできた。
だから、顔はやめてくれって。
調子に乗ったプラが、とても大きな魔法陣を展開する。もともと小っこいプラだが、その身長と変わらないくらいの大きさだ。
火炎魔法を発動する。
ボフォン!
その瞬間、変な音がして、プラのお尻のあたりから大きな炎の玉が出る。
失敗。おそらく、魔法陣が大きすぎて歪んだのだろう。
その様子に、周りの兵士から失笑が起きる。
プラは恥ずかしさで涙がこぼれ落ちた。小さな体が、より小さくなる。
「良い挑戦です!」
突然、ルーブルが拍手でプラを褒め称える。
補助講師の教導隊員三人も拍手喝采だ。
「訓練では限界に挑戦して自分の限界を知っておくことが大事です。今の失敗を恐れない姿勢、とても大事ですよ。」
プラは単に調子に乗ってコケただけだと思うんだが。
周りの兵士達からも拍手が湧き起こる。私も手を叩く。
プラは涙が止まり、今度は別の恥ずかしさで笑う。
「戦場で無理して今のような事が起きたら、味方に大損害が出てしまいます。自分のできる事をしっかり把握しておく。これが重要です。」
ルーブルが、バチッと決めた。
「では、今日はここまでにしましょう。」
解散。
私は帰ろうとするルーブルに謝りに言った。
「申し訳ございませんでしたっ。」
「転生前の社会ではどうだったか知りませんが、ここではありえません。次はありません。」
「分かりました。」
ルーブルは今までで最高にキツイ視線をよこす。
うゔっ。嫌われてしまったかもしれない。
私は思わず、腕で自分の顔を覆う。
「手を…」
ルーブルは突然、私の手を掴むと、うっとりと撫で回した。
「三日後の授業では、頑張って出来るようになりましょうね。」
今度は優しい言葉をかけてくれる。ただ、私の顔を見ずに、掌に向かってだ。
何なんだこの先生。
さっきまで睨んでたのに、突然デレた?
あれか、ツンデレか?
でも、何か違う気がする。
しばし私の掌を堪能すると、ルーブルは我に返ったように私から離れた。
「良いですか、次はないですからねっ!」
そう言って、走って帰って行った。
***
三日後。
次はなかった…
授業自体ができなくなってしまったのだ。
ルーブルの『次はないですからね。』って、そういう意味で言ってたわけじゃないとは思うんだけどな。




