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「そうだ、起こされる時…」
嫌な夢で起きる時はいつも、コロンが私に反睡眠魔法を掛けた時だ。
あの夢見の悪さは魔力による違和感のせいだったのか。納得。
「いけそうですか?」
私の様子を見て、ルーブルが確認する。
あの寝起きを思い出すのは嫌なんだけど…
「なんとか、やってみます。」
私は、また円に集中する。さっきよりも早く魔法陣は完成した。
そして寝起きの気分を反芻する。
背筋からお腹の下の方へ、じんわり嫌な気分が沈んでいくイメージ。
チョロチョロチョロ…
ちょっとだが、魔方陣から水が出た!
また周りから拍手がおこる。
これが魔力の流れか。意外と簡単だ。
ジョボジョボジョボ
水の量が増えてきた。
「いいですね、いいですよ。」
ルーブルが褒めてくれる。
ザバザバザバ
まるで壊れた蛇口のように水が溢れる。
左手で魔法陣を抑えるが、水は止まらない。
足元までぬかるんできた。
「あの、あの、すみません! どうやって止めたら良いですか?」
水道屋さん呼んでください!の勢いでルーブルに聞く。
今回は睨まれなかった。
「魔法陣の円を解くようなイメージをしてください。」
「は、はい。」
止まらない水に、ちょっと恐ろしくなる。
どうやって解くイメージをしたらいい?
これって私の魔力を使って水が出てるんだよね。魔力が尽きたらどうなるんだ?
水分が全部抜けて、カサカサのシワシワになった自分の姿が頭をよぎった。
うわー、嫌だ。
解く解く解く。
私がイメージできない間にどんどん水が出て、足元に水溜まりができる。
解くって、どうするのさ!
さっきの魔法陣は心の叫びで消えたのに。
「仕方ありません。少し反魔法について、講義しましょう。」
ルーブルは突然、皆に向けて説明をはじめる。
「反魔法とは、魔法の効果が反対となる魔法です。水流魔法が水を出す魔法ですから、反水流魔法は水を吸い取ります。」
ルーブル先生!?
このまま私を放っておくんですかっ!
「さて。早速、反魔法の効果をお見せしましょう。」
ルーブルは自分の掌に魔法陣を展開すると、私の足元の水溜まりにかざす。
ジュルジュルジュル
足元の水が持ち上がり、ルーブルの魔法陣に吸い込まれていく。
そして、私の手から溢れる水も、その魔法陣に向かって空中を流れはじめた。
「おおお。」
皆から驚嘆の声が上がる。
確かに凄いとは思うよ。
だけど、解決してないから!
掌から水は出続けてますから!
「水流魔法は周囲のエーテルを水に変えますが、反水流魔法は吸い込んだ水をエーテルに変えます。」
へー。さすが魔法の異世界、エーテル が実在するんだ。
何もない所から水を出すなんて、質量保存の法則 を無視してると思っていたが、魔力じゃなくて、エーテルっていうものを水に変えていたのか。
取りあえず、この水を出し続けても、私の魔力が尽きてしまうということはないのかな。
メモ取らなきゃ。
でも、外じゃメモ取れない。
っていうか、オーガの力じゃメモ書けない。
というより、水が出っ放しだから、メモどころじゃない。
誰か、この水を止めてください!!
「この反魔法の魔法陣を適切な大きさにして、魔法陣同士ぶつけると相殺ができるのです。」
そう言って、ルーブルは足元に魔法陣を展開して、ふわりと空に舞い上がる。
ルーブルはニヤリとして、私より高い所から自分の魔法陣を私の掌にかざす。
私の魔法陣からルーブルの魔法陣に向かって、水流が逆さまの滝のように昇っていく。
「おおお。」
また驚嘆の声。
ルーブルがゆっくり降りてきて、手が近づく。
魔法陣同士が重なる。
パキィン!
甲高い音がして、水が止まった。
お互いの魔法陣は消えていた。
ルーブルの手が、私の手の上に乗っている。
「これが魔法陣の相殺です。」
物質と反物質の対消滅 のようなものか。
でも良かった。おかげで水が止まった。
「ありがとうございます。」
私の礼に一瞥をくれて、ルーブルは悩み始める。
「魔法を発動した後の解除が問題ですね。昨日の転生者も苦労していました。」
なんとなく、分かった。
魔法陣を展開して、魔力を注ぎ込むと魔法が発動するわけだ。
発動しなければ解除は簡単にできるが、発動後は解く必要があるようだ。
「あと、魔力が尽きてしまえば、魔法陣は解除されます。」
危ない危ない。魔法を発動してしまえば魔力は減らないのかと思っちゃってたよ。
ルーブル先生に質問しなきゃ。
「魔力が尽きるとどうなるんですか?」
「魔法が使えなくなります。」
「それだけ?」
死ぬとか気絶してしまうとかは?
今回ルーブルは、私を睨まずに目線を逸した。
「…ま、まぁ、そうですね。」
なんか、歯切れの悪い回答だな。ちょっと突っ込んで聞いてみる。
「やっぱり、何かあるんですか?」
「いや、あの。あくまでも噂ですが…、乾燥肌になるとか、シワができやすくなると言われてはいます。」
なんだ、そんな程度か。
あ、でもカサカサのシワシワになるイメージは当たらずとも遠からずだったか。
「具体的に研究されたわけではありませんし、噂の域を出ません。」
まあ、ルーブルくらいの女性だったら、そういうのがどうしても気になるわな。仕方ない。
「では皆様、綺麗な円をイメージする特訓をしましょう。円のイメージは魔法陣の基本です。立ってください。」
全員が立ち上がる。
「魔法が苦手という人は、基本的に円を綺麗に描けない人が多いです。」
何人かが、ガクっとなった。
「小さい円はできても、大きい円になると駄目だったり。」
さらに数人が下を向く。
「後は、図形を覚えられない人ですね。」
これで、ほぼ全員がうなだれる。
その様子を見て、微笑むルーブル。
人が慌てるのとか凹むのを見て、楽しんでいる気がする。
…この先生、もしかしたら、ちょっと意地悪なんじゃないか?
※1「エーテル」(エンドル設定)
世界全てを一様に満たしており、魔法の源となる物質。空気中だけでなく、液体や固体の中にも存在しているが、海水等の電解質溶液中には少ない。
エーテルには導電性があるため、エンドルでは雷は鳴らない。電気的な発展が遅れているのもこのため。
※2「質量保存の法則」(エンドル設定)
反応の前後で物質量は変化しないという法則。質量はエネルギーと等価であるため、質量・エネルギー保存の法則と呼んだ方が正しい。
ここでは、魔法によってエーテルが水に変わっただけで、前後の物質量は変わっていない事を示す。そのため、魔法で生み出された直後の水にはエーテルがほとんど含まれていない。
※3「物質と反物質の対消滅」(エンドル設定)
物質とその反対の性質を持つ反物質が衝突すると、その質量がガンマ線等のエネルギーに変換される。ここでは魔法陣と反魔法陣が重なることで、魔力に変換された。




