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ん…。目が覚めた。
どの位の寝てたんだろう。
「なんか気持ち悪い。」
体がだるい。あまり動きたくない。
「酷い夢だったなぁ。」
視界がはっきりしてきた。
薄い灰色の天井。見知らぬ天井だ。
辺りを見回す。寝落ちする前に居たビジネスホテルみたいな部屋だ。
「まじかぁ。」
頭に手をやる。指に角が触れる。
「…夢じゃない…のか。」
やっぱり私は異世界エンドルに転生させられ、オーガになったようだ。
目に涙が溜まる。
「ちくしょぉ…。」
「目が覚めましたね。おはようございます。」
突然の女の人の声に、びっくりして跳ね起きた。
侍女のコロン。赤い服の上にエプロンを付けていた。
「あ、ああ。コロンさん。居られたんですね。」
さっきの一連の独り言も聞かれたに違いない。
恥ずかしさで心臓がドキドキする。自分に掛かっていた毛布で目を拭う。
「大丈夫ですか?」
「は…はい。」
「お腹空いてませんか?」
コロンが優しく言う。
そう言えば、朝食のトーストから何も食べてない。ウーロン茶(っぽい飲み物)だけだ。
いや。転生前の食事は、この体には関係ないか。
お腹は空いている。異世界のオーガも胃の場所は同じらしい。
その空腹を意識した瞬間。
グ~。
胃が返事をした。恥ずかしい。
「ふふ。どうぞこちらへ。準備しますね」
「あ、すみません。」
笑われてしまった。私はベッドを降りて、申し訳なさそうに椅子に座る。
コロンが、私の目の前のテーブルに料理の皿とカップを並べる。
それを見て驚いた。
「ご飯だ。」
私は思わず声に出した。
ご飯ですよ。ええ、あの白米です。
異世界で白米が食べられる!
ご飯の隣には何かの肉。しっかり煮込まれ、茶色くなっている。
カップにはウーロン茶ではなく、スープが入っていた。玉子スープみたいだ。
いや、待てよ。ここは異世界だ。どんな味か食材かは分からない。
白米だって、あくまでも白米の「ように見えるもの」だ。
もしかしたら白い砂利かもしれない。砕いた骨かもしれない。虫の卵かもしれない。
虫の卵はイヤだな。栄養はありそうだけど、なんかイヤだ。
コロンさんに食材が何なのかを聞けばいいんだろうが、聞いた上で食べなかったら、気を悪くしないかな。
そうだ。とりあえず潰してみよう。
石や骨なら硬いだろうし、中から汁が出てきたら…ん、残そう。
そう思いつつ箸を取り、白米のようなものを押さえる。
あ、柔らかい。
潰しても中まで白い。
箸を持ち上げると二、三粒くっついてきた。
私はそれをじーっと見つめて…
はたと気付いた。
「箸だっ!」
もう叫ばずにはいられない。異世界にも箸があったのか。
木で作られた結構いい箸だ。
「はい。以前、転生された方に教わった料理と食器です。」
グッジョブ、前の転生者!
私はあなたに足を向けて寝れないよ。
「あのお茶がお好きなようでしたので、この料理なら、お口に合うと思いまして。」
グッジョブ、コロンさん!ナイス忖度です。
異世界でウーロン茶を再現した舌の持ち主が認めた料理だというので安心した。
とりあえず食べられそうだ。
「いただきます。」
箸で一口分を口に運ぶ。
ゆっくり噛みしめる。
「ご飯だ…ご飯。」
大事なことなので二回言いました。
香りはあまり感じないが、食感はご飯そのもの。噛んでいれば、ほんのりと甘味もある。
箸が止まらない。空腹と言うのもあるだろうが、旨すぎる。
あっという間にご飯の半分がなくなった。
肉はどうだろう。見た目は…かなり茶色い。脂身の部分までしっかり色がついてる。
分厚いチャーシューみたいだ。
箸でつかもうとすると、柔らかい!何だこの肉は。
下からすくう感じで口に運ぶ。
「角煮だ。豚の角煮!しかもトロットロのやつ!」
今まで食べたどの角煮より美味しい。
少し味付けか濃い気はするが、ご飯のお供にはピッタリだ。
中華の人だ。前の転生者は中華料理の人に違いない!
スープに口を付ける。やはり中華風の玉子スープ。ちゃんととろみまでついている。
それなのにあっさりしていて、口の中から角煮の脂っこさを消してくれる。
「おいしいです、とても。」
「良かった。」
嬉しくて泣けてくる。嬉し涙は初めてだ。
安心して食事ができることが、こんなに幸せなことだったとは。
転生前は食事で泣くなんてことはなかった。今までは気付かなかったが、本当に恵まれていたんだ。
皿もカップも空っぽになった。
「すみません。おかわりありますか?」
「いくらでもどうぞ。」
コロンはニコニコしながら、新しい料理の皿を置く。
結局、私は三回もおかわりしてしまった。しかも食べている間は「おいしい」と「おかわり」しか言わなかった。
「もう良いのですか?」
「はい、ありがとうございます。ごちそうさまでした。」
本当は、まだ食べられる。ずっと食べ続けられそうだ。オーガの胃袋はまだ満足していない。
だが、遠慮した。食べ過ぎて、ずうずうしいと思われたくない。
コロンが食器を片付ける。テーブルの上に魔法陣を描き、皿をどこかに消してしまった。
たくさん寝て、お腹も落ち着いて、頭が回ってきた。
美味しい食べ物のおかげで、少し冷静になれた気がする。
「あの…コロンさん。いろいろお聞きしても良いですか?」
昨日の続きを…待てよ昨日なのかな?どのくらい眠っていたのかわからないや。
寝る前に聞きそびれてしまった、この状況の説明が必要だ。
「構いませんが、手短に願います。あまり時間がありません。」
「またコロンさんはどこかに行かれるんですか?」
寝る前、コロンが飛び出していったことを思い出した。
あの爆発音…、またあんな風になるんだろうか。
少し身震いする。
「いいえ。あなたも行くんですよ。兵士長が、転生された方々と面談されるのです。」
え?兵士長?転生された方々?面談?
「ちょっ、コロンさん。ホント、お願いだから説明してください。」
「じゃあ着替えながら、お話ししましょうか。」
コロンはそう言って足元の袋から、なめし革でできた服を出した。
え?これを着るんですか!?