四
市役所二階。生活福祉部保護課。
私が入庁して最初に配属された所属。
担当者はケースワーカーと呼ばれ、生活保護世帯八十~百二十件を受け持つ。
新人の私でも、三年目ともなると人に仕事を教える事も多くなる。
この日の私は、隣の席の間倉さんにコンピューター入力の仕方を教え、その入力した内容に間違いがないかをチェックしていた。
間倉さんは私の十五歳も上の先輩だ。
今日もリーゼントがばっちり決まっている。
「間倉さん、これ入力間違えてますよ。」
「あ?」
間倉さんの目つきは鋭い。
言い方はきついが、もう慣れたので怖くはない。市役所職員には、元ヤンあがりみたいな人が何人かいる。
「収入認定の控除額、一桁少ないです。」
「マジか。」
「マジです。」
入力間違いのチェックは、本来係長の仕事。
なのだが、今年の係長は生活保護の業務経験がないため、当面は係員同士で互いにチェックしてと言うことになっていたのだ。コンピューター入力の結果は、まず隣の席同士でチェックしあい、次に係長が一応チェック、さらに課長と経理担当のチェックと、四重のチェックをしている。生活保護費の支給額を決定するので、間違いがあってはいけないのだ。
「じゃあ、代わりに直しといてよ。」
間倉さんは、自分が間違えたところを確認もせず、そう言って立ち上がった。
「またですか?」
「あとでコーヒーおごるからさ。」
彼は笑いながら階段へと向かって行く。
屋上の喫煙スペースに行くのだろう。これで二十~三十分は帰ってこない。
「仕方ないなあ。」
私はキーボードを叩いて数字を修正する。そして、提出された給与明細のコピーと見比べて他の間違いがないかを確認する。
この世帯は母子家庭だ。
母子家庭には二種類ある。子どもの為に働こうという母親と、子どものせいで働けないという母親がいる。
間倉さんの書いた記録を読んでみると、この世帯は頑張っている方の母親だった。しっかり働いて、収入を申告してきている。
こういう人は応援したくなる。
あ、誤字だ。
記録の「収入」が「重入」になってる。
「S」の下の「Z」キーを叩いたか、濁音キーにでも当たったか。「じゅうにゅう」と入力したのだろう。
こっそり訂正しておく。
他に間違いはないだろうか。間違っていても怒られることはないのだけれど、この記録も公文書である。公開される可能性があるという前提で作成されるものなのだ。
何個かの変換ミスや気持ちの悪い改行を修正する。
間倉さんみたいに、コンピューターが苦手な人でも行政事務をやっている。私みたいな年下から教えてもらって必死にやっている。
でも仕事は遅いし、間違いも多い。
その点、私はコンピューターでの文書作成が得意だし、法律や条例、規則なんかのイロイロなルールにも慣れてきた。
これから市役所は、もっとコンピューターの導入が進んで行くと思う。
間倉さんみたいなノリと勢いだけでやってきた人は、今後、役立たずになっていくんじゃなかろうか。
私は取り残されないように、頑張っていかないと。
当時の私は、きっと要らない心配をしていたんだろうな。
この世界で。
たぶんコンピューターなんてない魔法の世界で。
法律もルールも全く違う異世界で。
私の持ってる能力の何が役立つと言うのだろうか。