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いきなり魔法の世界に連れてこられて。
しかもマッチョにされて。
こんな牢屋に閉じ込められて。
さらに一人きりにされて。
なぜか外では爆発が続いてて。
…私はひどく絶望していた。
この状況で希望を持てるほどのポジティブさは、私には無かった。
ぼーっと窓の外を眺める。
鉄格子の向こうは青空だ。雲が浮いている。
エンドルの空も青くて雲は白いのか…。私の世界と一緒で良かった。
これでムンクの「叫び」の絵みたいに、赤系統の空に水色の雲だったら、落ち着かなかっただろうなぁ。
どぉぉぉぉぉん!
また爆発だ。
振動で窓がビリビリ鳴る。私も思わずかがみ込む。
さっき窓の外を見た限りでは、どこで何が爆発しているのかは分からない。
喉がカラカラだ。
立ち上がって、カップに少し残っていたお茶を飲む。
あー。ウーロン茶おいしい。
いや、そんなに美味しくはないんだけれど、飲んでることで気分が落ち着いていく気がする。
ポットからお茶のおかわりを注ぐ。
どおおん!
今度は近いなあ…。今までで一番近いんじゃないかな。
爆発の揺れで、お茶をテーブルに少しこぼしてしまった。
まあ良いか。掃除はコロンさんのお仕事でしょ。
窓の外から人の声らしき物がする。
「……!?」
「!……!!」
耳を澄ませても、何を言っているかまでは聞きとれない。
大声で叫んで何かを伝えようとしているんだろうなぁと言うことはわかる。
とりあえず、緊迫しているのと混乱しているのは伝わってくる。
勤務中に災害とか発生したら嫌だなぁ。被害が拡大して、避難所に詰めることになったら昼夜休日関係なくなってしまう。
私が働き始めてから地震や台風はあったが、自分が対応に追われるということはなかった。特別警報や避難指示とか出た時は、消防や水道の人たちは大変だったと聞いている。
そう思うと、外でパニックになっている人たち、頑張れ!と応援したくなる。
なんせ監禁されている私には心の中で応援するくらいしか出来ないからだ。ははっ。
ゆっくりとお茶を一口飲む。
外のことがどうでも良く感じてくる。
そう言えば、今、私の顔はどうなっているんだろう。
このマッチョな体に、元々の私と同じ顔が乗っていることはないだろう。
部屋を見回して鏡を探す。
タンスの中にあるかな…と思ったが、勝手に開けて良いものだろうか?
ふと見ると、テーブルには壁際に立て板が付いている。
立て板の真ん中あたりに、つまみがある。
ビジネスホテルなら、ここは鏡だよね。
私は、花瓶とポットを端に寄せて、つまみを引っ張った。
カチャ。
小さな音を立てて、立て板が開く。
やっぱり鏡だった。三面鏡みたいに閉じることのできる鏡。でも鏡は2枚だから、二面鏡になるのかな。
鏡には、マッチョな私の腕が映っていた。
一体、この体にはどんな顔が付いているのか。化け物みたいな顔だったらどうしよう。
でも意外に美形だったりして。それなら許しても良いかな。
…いや、何を許すのか。勝手に転生させられた事は一生恨んでやる。
ドキドキしながら、鏡を覗き込む。
残念。美形ではなかった。
そこには化け物の顔があった。
「まじかぁ。」
まず、眉毛がない。その下の目は窪んでおり、瞳は汚い黄色。白目はほとんど見えない。
次に鼻もない。正確に言うと、鼻は完全に潰れていて、口の上辺りにかろうじて穴があるのがわかる程度だ。お茶の香りがわからなかったのはこのせいか。
口を開くと、明らかに牙だろうと言える歯並び。
そして、額には小さな角みたいな突起が。
以前の私と同じなのは髪の色くらいだろうか。量は全然少ないけれど。
…わかってたよ。何となくわかってたよ。
顔に触った時、手触りが人間の肌じゃ無かった。
どちらかというと「革」。ごわごわしてる。
手だってそう。太くてでっかくて少し毛深い指。爪だって鋭い気がする。
「鬼だなぁ。これは鬼だなぁ。」
思わず、声に出る。
鏡の中の鬼は私と同じ動きで顔を触っている。
なんだか変な感じ。
着ぐるみを着て鏡を見ているようだ。
角を触る。
角だ、角。
ため息しか出ない。いや、涙は出る。
ああ待てよ。「鬼」だと魔法の世界っぽくないな。
鬼は英語でオーガだっけ。
鏡を見ながらお茶を飲む。
当然、鏡の中のオーガもお茶を飲む。
以前研修で習った醜形障害の事例を思い出した。
自分の身体のイメージと、実際の身体がかけ離れていることで起きる強迫性障害だったと思う。
その障害を持つ人の本当の心理は分からないが、少しだけその気持ちが分かった気がする。
私が醜形障害に捕らわれるのも時間の問題かもしれない。
鏡を、鏡の中の自分を見るのが辛くなってきた。二面鏡を閉じる。
またベッドに座り直し、窓の鉄格子ごしに外の青空を見る。2杯目のお茶も飲み干して、カップを置いた。
「誰かきちんと説明してください!」
大声を出してみる。
でも、誰も答えてくれない。
代わりに爆発音がする。
どぉぉぉぉぉぉぉぉん
青い空だけ見てお茶を飲んでいたら、爆発の恐怖とかどうでも良くなってきた。
私はベッドに横になる。
仰向けになり、手足を伸ばす。
こぼれたお茶で布団が少し濡れているが、もう気にならなかった。
あと だって疲れたろう…。私も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……
私は眠りに落ちた。
夢を見ることもなく、ぐっすりと。
***
数時間後、部屋に黄色い魔法陣が出現し、コロンが戻って来た。彼女の赤い服は至る所に泥が付いていた。
コロンは私の顔を覗き込み、しっかりと寝ているのを確認する。
「良く眠っていますね。王都はこんなに大変なのに…。」
私の寝顔に、涙の後を見つけて指でなぞる。
「こんなに泣いてばかりで、本当に役立つのかしら?」
その言葉は、眠る私には聞こえるはずもなかった。