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「オーガのっ、髪がっ、もうちょっ、だったっ。」
白衣を着た女襲撃者はずっと泣いていた。髪の毛を手に入れられなかったことを悔やんで泣いていた。
リラ将軍はその襲撃者の目の前に歩み寄り、怒りに任せて叫んだ。
「あんた誰? 何者っ!」
リラは、視察が中止になったことが腹に据えかねているらしい。よっぽど楽しみにしていたのだろう。
まさか将軍直々に尋問されるとは思ってなかったのか、襲撃者もあっけに取られて涙が止まる。
「リ、リ、リリリ、リラ様!」
ソルが慌てる。将軍の一行を襲ってきた相手に、将軍自らが近付くなんてありえない。
この辺がリラらしいと言えば、リラらしい。
「大丈夫よ。こいつの狙いはわたしじゃないわ。」
「そうかもしれませんが、将軍の部隊を攻撃してくるなんて、狂気の輩ですぞ!」
「これから確認するわ。」
リラは、自分を見上げる襲撃者にもう一度叫ぶ。
「あんた誰っ!」
「あ…あの…く、クーナと言い…ます。」
泣いて腫れた目。さっき私を襲った時の目と違い、しおらしくすら感じる。
でも、私はあの時の鋭くて怖ろしい目を忘れていませんからね。
リラ将軍は質問を続ける。
「職業!住所!年齢!」
「国立研究所の、じょ上級錬金術師です。研究所…す、住み込んでます。に…二十七です。」
涙も止まり落ち着いてきたのだろう、詰まりながらも襲撃者はきちんと答える。
「ソル!調べて!」
「はいっ。」
ソルは隣の兵士に命じて、国立研究所に連絡を入れさせる。
クーナのボサボサの髪の間から、長く尖った耳がのぞく。
「あれ? もしかして人間じゃない…?」
「そうですね、人種はエルフでしょう。」
私のつぶやきに、コロンが答えてくれる。
エルフって本当に耳尖がってるんだな。体の線も細く、肌も白い。
「目的はっ!?」
リラ将軍の詰問が本題に入る。
クーナは、私を指差した。
「…あ、あのオーガの、かかか髪の毛が必要、なんです。」
「なんでっ?」
本当になんで?
リラ将軍よりも私が聞きたい。
「それはですね…。」
クーナの目が鋭く光る。
「オーガの髪に含まれる成分が、解毒剤に利用できないかと考えているのです。」
「はぁ、どゆこと?」
「つまりですね。皆様も御存じの通り、オーガはあらゆる毒への耐性を持っています。ということはですね、その髪にも含まれている毒耐性の成分を…こうですね、遠心力を使って分離することでその成分を抽出・濃縮します。その成分を分析して、利用できないかを研究するのです。…ああ、おそらくこの毒耐性成分を取り込んだとしても、一時的なものとしてしか効果を発揮することはないでしょうから、予防薬としてよりは解毒薬としてですね…。」
クーナは一気に説明をしていく。
リラは目が点になっている。周囲の兵士たちも、小首をかしげる。
私も同じ。何を言ってるんだ、こいつは。
「何を言っているんだ、こいつは。」
バルボアが呆れた声を出す。リラも頷き、さらにクーナに聞く。
「とりあえず、オーガの髪の毛欲しさにわたしたちを襲ったのね?」
「はい。今まで冒険者ギルドを通じてオーガの髪の収集依頼を何度も出していたのですが、全く手に入りませんでした。ところがですね。今日、窓の外を眺めていると、街中をオーガが歩いているではありませんか。このチャンスを逃がす手はないと思いまして…」
クーナはよどみなく話し続ける。
「あー、もう。わかったわかった。」
リラが話を遮る。本当に何か分かったのだろうか。
「…そこで、同期の研究者から閃光ボールと試作品の加速ブーツを借りて…」
「わかったってば!」
それでも話し続けるクーナを、リラは強い口調で睨む。
「あんたのせいで、ショッピングが中止になってしまったの!」
「…あ、はい。すみません。しかし、これは薬学の進歩に重要な…」
あ、こいつ反省してない。というよりも、やってしまった事の重要性が分かってないタイプの奴だ。
役所にも、こういう後輩いたな。
「エルフって、皆あんな感じなんですか?」
遠目にリラとクーナのやりとりを見ながら、コロンに聞く。
「いや…どちらかというと国立研究所の研究員だから…といった気がしますが。」
どこの世界でも、専門に特化した人はどこか常識から外れた行動をするようだ。
「これから将軍府に戻って、あなたを取調べます。連れて行って。」
リラが指示すると、ソルとバルボアが慌てる。
「将軍!まさか将軍が取調べるのですか?」
「そうよ。だって、これからの予定無くなっちゃったんですもの。」
「そうかもしれませんが、尋問は将軍自らがする事ではありません!」
「これから居室でオーガと過ごせば良いでしょう。」
ソルが筋肉お触りタイムを提案する。
やめてよ。こんな早い時間帯からお触りタイムを始めたら、夜までには全裸にされているに違いない。リラはかなり鬱憤を溜めているようだから、ムチャクチャにされるんじゃなかろうか。
「ダメ。わたしが聞くのっ。」
頑張れ、リラ将軍!
バルボアが別の提案をする。
「では、この女の身元が確認できるまでは、部屋に戻ってお待ちください。」
苦し紛れの時間稼ぎである。
***
時間稼ぎの間に、直轄部隊では反省会が行われた。十人ほどが集まって、今回の護衛の問題点や今後生かせる点を話し合っている。
役所での会議では、まず担当者が言い訳の資料を作成し、上司の確認を受けて、関係各所と日程調整…と、何日もかかる。
このあたりのスピード感はさすが軍隊といったところなのだろうか。
活発に意見が出る。
「まさかオーガを狙うとは想定していなかった。」
「守備隊形への移行は万全だった。日中に閃光ボールを使うバカだから助かったが、夜なら初動が遅れた可能性は高い。」
「オーガが常に周囲を警戒して、それだけは良かった。」
「結局、親衛隊の魔法で止めた訳だし、上空からの守りを検討しなければ。」
意見が出尽くすと、ソルが締める。
「今の意見を元に、陣形を再検討して、後日提案する。」
会議が終わった。
早い。役所でやるような、資料を読み上げるだけの会議よりなんと建設的だろうか。
私は、あまり喋らないようにコロンから言われているから、ただ頷いているだけだった。




