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私が市役所に入庁してから初めの職場で三年。次の職場でも三年。
それなりに真面目にやってきたつもり。
公務員たるもの私生活でも法令遵守が重要だ。飲酒運転でもしようものなら、すぐにクビになってしまう。だから一般人よりルールは守っている。
そんな品行方正な私なのに、勝手に転生させられて、勝手に閉じ込められて。
何か悪い事でもしましたかってんだ!もう、訳わかんない!
私は、鍵が閉められた扉の前でへたり込んでしまう。
まただ。また涙がポロポロと出てきた。
「大丈夫ですよ。まだ今は、我慢して下さいね。」
コロンと名乗った侍女が、私の肩にそっと手を掛ける。安心させてくれようとしているのだろう、さっきまでの機械的とは違う優しい口調に変わっていた。
「ベッドでお休みになりますか?」
「ありがとう。」
コロンは、その小さな体で私を支えてベッドまで連れて行ってくれた。
第一印象はロボットみたいな冷たい子だと思ったが、本当は優しいんだな。
ベッドと言っても台の上に布団を敷いただけのもので、スプリングも入っていないから結構固い。私が座るとミシミシと台が軋む音がする。
壊れないかな?
コロンはティーポットとカップの準備をはじめた。ハーブだろうか、ポットに茶葉を落とす。
確かに喉が乾いた。温かいお茶はありがたい。
待てよ…ここは異世界。どんな物が出てくるか分からない。飲んだことのある味だと良いな。
部屋を見回して、水道の蛇口はなさそうだけど。と思った瞬間、彼女は何かを唱えて、左手を光らせる。魔法陣のような模様が宙に描かれているようだ。そして、その手から水を注ぎはじめた。
「すごい。」
「水の魔法のひとつです。」
やっぱり、ここには魔法が存在する。またもや、異世界なんだと痛感する。
続けてコロンはポットの下の部分を両手で包み、また呪文を唱える。
「お好みは、熱めですか?ぬるめですか?」
暖まりたい。
「…熱めでお願いします。」
「では、もう少しお待ちください。」
コロンの両手に赤い魔法陣が光る。やがて、ポットの注ぎ口から蒸気が出はじめる。
たぶん火の魔法なんだろうな。
水道もガスもいらない世界かぁ。インフラ整備が楽で良い。
市の水道事業は大変だ。私は直接関わった事はないが、同期は水道管の老朽化対策に回されて泣いていた。
破裂もしない、古くもならない、料金未納もない。夢のような世界だ。
コロンは手際よくカップにお茶を注ぐと、私に手渡す。
「熱いのでお気をつけください。お口に合うと良いのですが。」
「ありがとうございます。」
カップからは湯気が立ち上る。
何度か息を吹きかけるが、香りはしない。ドキドキしながら少し口に含む。
ん、普通。
少し苦味がある。
あ。これ、あれだな、ウーロン茶だ。
ホットウーロン茶。
良かった、普通で。
私は安心して一口飲む。身体の芯から温まる気がする。
思わず涙が頬を伝う。でも、これは安心の涙だ。
コロンが心配そうに私を見ている。
「いかがですか?」
「おいしいです。とてもおいしい!」
少しオーバーに返事をしてしまったが、私の様子を見てコロンは胸をなで下ろした。
「良かったです。前に転生で来られた方と、葉っぱの調合を試行錯誤したお茶なんです。」
そうかぁ、その人がコーヒー好きだったら、もっと良かったんだけどな。
…ん?
「他にも転生させられた人がいるんですか?」
「はい、何人も居られます。」
私と同じ境遇の人が他にもいるのか。ぜひともお話ししたい。
「あの…色々と説明をして欲しいんですが。」
「わかりました。ただ…一体、どこからお話ししたら良いものでしょうか…」
コロンは左手を顎に当てて思案している素振りを見せる。
こういう仕草は異世界なのに同じなんだなと不思議に感じた。
「一からお願いします。まず、ここはどこでしょうか?」
「わかりました。では、まずこの世界の成り立ちの神話からお話ししましょう。」
おいおい。神話って。
本当に最初の最初から説明する気か、この子は!?
「遠い遠い昔、世界の初め。ここには何もありませんでした。光も大地も命も、時間さえ無かったの…」
「お話し遮ってごめんね、コロンさん。」
ここはどこ?の質問に対して、旧約聖書の光あれ!から説明するか、普通?
そうか…ここは異世界だった。私の常識が通じるとは限らない。
コロンが立ったままなので、テーブル横の椅子に座るように促す。
「ありがとうございます。失礼して、座らせていただきます。」
「あの…先ほどエンドルって言ってましたが、ここがエンドルって場所なんですか?」
「はい。あなた方の『世界』と言う言葉が、ここではエンドルに当たります。」
丁度、その時だった。
どぉぉぉぉぉぉん!
何かが爆発するような低い音。そして伝わってくる振動。
たぶん近い場所だ。
私は怖さで固まってしまう。
今度は恐怖でまた涙が出る。
「攻撃っ!?」
コロンは立ち上がって、窓の方を見る。
攻撃ってなんですか!攻撃?
どおおおおおおん!
まただ。さっきより音が大きい。私は思わず頭を抱え、カップのお茶をベッドにこぼしてしまった。
「ここに居てください。この部屋は四方を頑丈な鋼板で囲ってあるので安全です。」
「え!えー?」
私は立ち上がり、カップをテーブルの上に置く。
「すみません。お話しの途中ですが、わたし行きます!」
「ちょっ待っ…」
コロンは手のひらを下に向けて集中する。彼女の足元に小さな黄色の魔法陣が現れる。
次の瞬間。コロンは消えてしまった。
私は部屋に一人取り残された。
「あ~、瞬間移動の魔法ってやつね~。はいはい、魔法すごいすごい。」
誰に聞かせるでもなく、大きな声でしゃべる。
どぉぉん…
今度の爆発音は遠くなった。
窓から外を見てみる。
窓の外には鉄格子…。四方の壁は鉄板が入っていると言っていた。
わかった。やっぱり、この部屋は牢屋なんだ。
私が逃げ出せないようにしている。
なんで?
本当に誰か…私に説明してください。
エンドル魔法講座『魔法陣の色』
魔法陣の色は魔法の属性に関係している。
火属性の魔法は「赤」、水属性の魔法は「青」、土属性の魔法は「黄」。
そして魂に関する魔法は水属性と土属性が組み合わさった「緑」になる。