18
私達は大浴場から出て、さっき脱いだ服を着る。
「あの、新しい服とかは…」
「部屋に戻ったら着替えますので、大丈夫ですよ。」
そう言ってコロンは大浴場前の看板をひっくり返す。
看板に書いてある文字は読めないが、きっと「使用中」とかなんとか書いてあるのだろう。
続けてコロンは魔法陣を開いて、荷物を片付けはじめた。
「あの…コロンさん、ここでは魔法が使えるんですか。」
「はい。魔法が使えないのは浴室内だけです。」
「…じゃあ、荷物を部屋から運ばなくても良かったのでは?」
「あ…。」
コロンが顔を真っ赤にする。帰りは下を向いて歩いていた。
コロンはしっかり者だが、どこか抜けて…いや、天然なところがあるようだ。
部屋に戻ると、あの皮の鎧を着せられる。
どうやら、これが私の正装らしい。
コロンが香水を振ってくれたのだが、ほとんど香りがわからない。
どんな匂いか気になって、クンクンと匂いを嗅ぐ。が、悔しいけれど、オーガの鼻では感じられない匂いのようだ。
「匂いがわかりませんか? 大丈夫。さわやかな良い匂いですよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「さあ、将軍様のところへ向かいましょう。」
今度は初めての通路を通る。この廊下からは広い中庭がよく見える。
そして通路の突き当たり、コロンが扉を開く。
「どうぞ。」
こちらの世界に来て、私は初めて外に出た。
「うわぁ。」
窓から外を見ることはあったが、屋根のない場所へ出たのは初めてだ。
私は少しの間、開放感に浸り、深呼吸をした。
今までの部屋も息苦しいほど狭いという訳ではなかったが、やはり空を仰いで風を感じると心が広がるような爽快感がある。
「空も太陽もおんなじだ。」
本当に異世界なのだろうかと思ってしまうような青い空と雲間から顔を出す太陽。
もしかして、私はただ、外国へ観光旅行に来ているだけじゃないか。
ゴツン。
そんな事を考えながら歩いていたせいで、門をくぐった時に頭を打った。自分の体の大きさを痛感する。
そうだ。今の私はオーガだった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。あんまり痛くないです。」
「なら良かった。」
コロンは笑った。
私も笑った。
しかし門の方は大丈夫ではなかった。少しだが、明らかに歪んでいた。
「…。」
私は、見なかったことにした。
頭を下げて門をくぐる。
「あれだ!」
「…すごい…」
「まじか?」
そこには何人かの兵士達がいて、ザワザワとしていた。正確に言うと、彼らは私を見てザワつき始めた。
そりゃあそうだ。野蛮で粗暴なはずのオーガが、小さな女の子と笑いあっているのだ。よっぽど奇妙な光景だろう。
兵士達の視線とヒソヒソ声をくぐり抜けて、石造の大きな建物に入る。
「こちらが将軍府になります。ここでは、あまり喋らない方が良いと思います。」
「わかりました。」
理由は分からないけど、コロンさんがそう言うのだから、喋るのは最小限にしておこう。
将軍府は建物の中まで石でできており、しっかりした造りとなっているが、飾りっけは一切ない。
その玄関には、二人の兵士が待機していた。
「さすが親衛隊。時間ピッタリですな。」
じいさんのほうの兵士が話しかけてきた。
「ありがとうございます。親衛隊のコロンと申します。」
「こいつは…本当に大丈夫なのかね。」
コロンの挨拶をよそに、じいさんは私を見上げる。心なしかその目に恐怖の色が見える。
あいさつくらいした方が、安心してもらえるかなと考えたが、コロンのアドバイスを思い出し、口をつむぐ。
意識して口を閉じるようにしたので、顔が余計にいかつくなっていたことに、私は気づかなかった。
「はい、全く問題ありません。」
「そうか。」
じいさんは私の顔をちらりと見て、それ以上しゃべらなかった。
「将軍様は準備ができております。謁見室へどうぞ。」
若い方の兵士が私たちを案内する。
玄関前の階段を上り、廊下を突き当たりまで進む。両開きの扉の前に通される。
「親衛隊コロンとオーガが到着いたしました!」
若いほうの兵士が大声で叫ぶと、中から「通せっ」と低い声がした。
オーガが到着って、間違いじゃないけど…ひどくない?
すでに私の心ゲージは不機嫌に傾きかけているよ。
二人の兵士がそれぞれ左右の扉を開ける。
コロンが一礼をして、中に進んでいく。私も一礼し、それについていく。
部屋の奧では、十人くらいの兵士たちが並んで立っており、その真ん中の兵士だけが腰掛けていた。
間違いなく真ん中。あれが将軍だろうな。
顔つきも体つきも細身だ。
想定していた、嫌みでナルシストで出世欲の塊のようなキャラクターが頭をよぎる。
コロンが跪いて下を向く。私もそれに倣う。
「第一籠城軍親衛隊のコロンでございます。将軍様におかれまし…」
「挨拶は良い。これがオーガか。」
甲高い声が、コロンの挨拶を遮る。
将軍…こいつも人の話しを最後まで聞かないタイプか。そんなキャラはギルダーだけで十分なのに。
しかし、えらく高い声だな。女の子みたいな。
私は顔をあげた。
「ああっ」
おもわず声が出てしまった。慌てて口をつむぐ。
この人、女性だ!
鎧を着ていたので遠くから見ても分からなかったが、この将軍様は女の人だよ。
声を出すほど驚いてしまったのは、将軍は男だという思い込みのせいかもしれない。
将軍は綺麗な顔をしていた。
髪は金髪、瞳は透き通るような青。すらっとした鼻に赤い唇。
はっきり言って美人。超美人。
この人の下につくことになるのか…。
私はごくりと息を飲んだ。
将軍は立ち上がり、私の肩を触る。というより撫でる。
私は何を言われるのかと思いドキドキする。
「オーガの筋肉は最高だな。」
…え、なんですとぉ?




