17
風呂の準備と言って、コロンは魔法陣から次々と道具を出してくる。
バケツ。
デッキブラシ。
たわし。
雑巾。
石鹸。
大きなタオル。
ちょっと待て。
それは、風呂掃除の道具ですよね。入浴セットではない…よね?
コロンは準備ができたと言って、扉の方に向かう。ガチャガチャと外から鍵の開く音がする。
「さあ、お風呂に行きましょう。」
コロンについて部屋を出る。
そう言えば、いつもの兵士たちがいない。
「今日は護衛っていうか、連行する人は付かないんですね。」
「はい。もう必要ありませんから。」
これは信頼されたって事でいいのかな。
面接での誠実な受け答えが認められたのだと信じたい。
コロンが重そうに荷物を持っているので手伝う。
「少し持ちますよ。」
あれ?デッキブラシもバケツも結構大きいのに軽い。紙で出来ているようだ。
やっぱりオーガの筋力は人間の比にならない。
「全部持ちますよ。」
「ありがとうございます。」
私達は二人だけで城内を移動する。
廊下を見ていると、ひび割れていた廊下の窓ガラスがキレイになっていることに気付いた。
「窓…キレイに直ってるんですね。」
「一昨日、全部のガラスを入れ替えていました。今までの物よりも丈夫らしいです。」
ガラスの中に格子状の黒い線が見える。こんなガラス、元の世界にもあったような気がする。
「こちらです。」
面接に行った時と同じルートを通るようだ。確か、この建物は兵舎だったな。今日は気合いの声は聞こえてこない。前回昇った階段の前を通過して、一階の突き当たりまで進む。
「こちらが兵士用の大浴場です。」
コロンは扉の前の看板をひっくり返してから、扉を開けた。
「すごい…本当にお風呂だ!」
「今日は貸切です。」
広い。浴槽もバカでかい。
ただし、脱衣場と大浴場は仕切られておらず、壁際には着替えを置くための棚が並んでいる。
「さあ、脱いでください。」
コロンが私の服を脱がしにかかる。もう慣れたもので、あっという間に私はすっぽんぽんにされる。オーガの体とは言え、人前での裸はやっぱり慣れない。
浴場の床には布が貼ってあり、硬いクッションの上を歩いているような感じ。大浴場の逆の壁際まで案内された。
「もしかして、コロンさんも入るんですか!?」
「はい。大浴場の使い方を説明いたします。」
「ああ、そう言うことですか。でも、服が濡れません?」
コロンは赤い服そのままで入ってきていた。
「この侍女の制服は完全防水なんです。この床と同じ布を使っています。」
コロンが自分の服に浴槽の水を垂らすと、水玉になって床に落ちた。そのまま床を滑って、端っこへ流れていく。
「へえー。魔法の力って、こんなこともできるんだ。」
「これは魔法ではありません。大浴場では、古い魔法以外のほとんどの魔法が使えないようになっているんです。」
「何で?」
「覗き見できないようにするためです。」
すごく納得。どこの世界にも変態はいるんだな。
「まずはこちらで体を洗います。」
コロンが壁に並ぶノブの一つを回すと、天井からシャワーの水が降ってきた。
ちょっと冷たいけど、気持ちいい。
「もっと回すと、水量が増えて打たせ湯のようになります。」
「温度はどうやって変えるんですか?」
「我慢です。兵士用ですから。」
そう言って笑った。
「さあ、どうぞ。」
コロンは、たわしで石鹸で泡立て渡してくれた。たわしのように見えるスポンジ…ではなく、ただのたわしだった。仕方なくそれで体をこする。
あれ?…全然平気。むしろ良い。
オーガの分厚い肌にはこのくらいの刺激がいいのかもしれない。
「オーガは石で体をこするそうです。さすがに石ではと思いまして。」
「ありがとうございます、これでちょうど良いです。」
まあ、石よりはたわしで良かった。
体をどんどんこすっていく。改めて見ると、この体はでかい。本当に筋肉隆々だ。オーガってのはこの体でどんな生き方をしているんだろう。
「オーガってどんな種族なんですか?」
「非常に気性が荒く、好戦的で野蛮な人種です。体が大きく力も強いです。」
なんというか…イメージ通り。
「多くのオーガは山間部や島に小さな集落を作って住んでいます。平地に住む者はほとんどいません。」
島かぁ。角の生えた大男たちがいる島。…鬼ヶ島が頭に浮かぶ。
「彼らは文字はほとんど使いません。木に傷を付けて数を数えたりする程度と聞いています。」
メモ用に借りた鉛筆をへし折った事を思い出した。この力じゃあ鉛筆や紙は使えないし、細かい文字は無理そうだ。
「酒や肉が好物で、宴会が好きです。オーガの酒造技術は独特で、強いお酒を好んで飲みます。」
私と正反対だ。体力なしの穏健派。都市部に住んでて文章ばっかり作っている。酒は飲めない、宴会嫌い。なんで今までの生活とは真逆の、こんな体に転生させられることになったのか。
「オーガのこと、よく知ってますね。」
「あなたの侍女を担当することになってから、かなり調べました。」
そう言いながら、コロンが私の背中を洗ってくれる。しかもデッキブラシでだ。
コロンは背が低いので、背中の上の方はデッキブラシじゃないと届かない。
このために準備していたのか…。その用意周到さに驚かされた。
背中をゴシゴシとこすられる。
「お、おおぉ。」
思わず声が出た。
気持ちいい。痒いところに手が届く感じ。
「ありがとうございます。」
「いえ。まさか、デッキブラシで人の体を洗う日が来るとは思いませんでした。ふふっ。」
コロンが笑い、私も笑った。
私もたわしで体を洗って気持ちいいと思う日が来るとは思わなかった。
そして念願のお風呂タイム!
ゆっくりと風呂に浸かる。ぬるめだがホッとする。
良かった。大きな浴槽に浸かることができて。シャワールームだけだと、絶対に物足りない。
コロンは、少し離れて脚だけを湯に浸けていた。足湯を楽しんでいる。
魔法の異世界とは言え、リラックスできる文化が共通していて良かったと思う。
「お風呂からあがったら、もう一度だけ体を洗いましょうか。」
コロンがそう言って立ち上がる。
「もしかして、私そんなに臭いですか!?」
ずっと寝てただけだが、一週間弱風呂に入っていない計算になる。
「これから、将軍様にお会いしますので、念のためです。」
私は自分の体を匂ってみる。特に臭さは感じない。
「オーガは血の匂いには敏感ですが、それ以外には鼻が利かないと聞いております。」
ってことは、やっぱり臭いのか。
そう言えば、お茶や料理の香りはほとんど感じなかった。食レポの時だって、香りはほとんど感じてない。(※五話参照)
なんか人生の何割かを損した気分がする。
「将軍様は身だしなみを気にされる方なのです。後で香水も振りましょう。」
将軍かあ。どんな人だろう。
最近読んだマンガの影響で、中世の大陸の武人が頭に浮かんだ。ヒゲが鼻の下から頬の下を通ってもみあげまでつながっているようなおっさん。
いや、そんな豪快そうな人が臭いを気にするだろうか?
それとも、細身でつり目の胡散臭い人間だろうか。超神経質で嫌味な感じの男かな。そんな奴はギルダーだけで十分だ。
「さあ、もう一度。」
コロンはデッキブラシを持ち、ニコニコとして立っていた。




