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今まで見たことのない大きさの半透明の防壁。千人以上の兵士を詰め込んだ将軍府を敷地ごと囲む防壁だ。
ルピア(優秀なバリヤー装置付き元観光ガイド)の防壁の魔法陣でも、せいぜい十人程度が入れる大きさだった。
それと比べると…学校の運動会で使うテントとドーム球場くらいの差がある。
いや、比べるまでもなかった。
「どうしたら、こんな建物全部を包むような大きさのバリヤ―ができるんだ?」
タラは将軍府を囲む防壁を見上げて呆気にとられている。リラが何かをしてくれたのは間違いないだろう。
ドドドドドドドド
防壁にぶつかって爆弾ボールが爆発し、かなりの威力を持つであろう爆炎が立ち上る。半透明の防壁越しに炎が見えるが、こちらには遠雷のような音が響くだけ。
「おおおぉぉ!」
兵士が巨大な防壁を見上げて歓声を上げる。
タラたちも喜びの顔を見せた。
しかし、私には見えていた。
防壁が閉じ切る直前、十個くらいの爆弾がすり抜けていたのだ。
「ダメですっ!」
何がダメだなんて説明している暇はない。私は頭を抱えて小さくなる。
あの爆炎が一つでもこの前庭で爆発したら被害者が出る。間違いなく。爆発に巻き込まれる兵士。私にそんなものを直視できる自信はない。
私も爆発に巻き込まれる可能性もある。いくらオーガに火炎耐性があるからと言って、あんな爆発には耐えられないよ。
怖い怖い怖い。
「お待たせいたしました!」
演説台の前に小さな瞬間移動の魔法陣が開き、挨拶とともにルーブルが現れる。
小さいと言っても、人一人分の大きさがある。連続してスケールの大きな魔法陣を見てしまったから、小さく見えているだけだ。
ルーブルがリラの隣に降り立つ。
ルーブルは教導隊の隊員で、私に魔法陣を教えてくれた先生だ。まあ教えてはもらったけども、残念ながら私は魔法ができるようになったわけではない。
教導隊は北部要塞包囲の応援に行っていたはずだ。彼女がここへ来たということは、誰かが連絡したのだろう。
「えぇ!?」
彼女はいきなりの頭上の爆炎にたじろぐ。
そして今の状況を把握した。将軍府は上空から攻撃を受けているが、大きな防壁で防いでいる。危機的状況に違いない。
今はまだ気を抜いてはいけない。
「突然連絡して、すm…」
バルボアは挨拶をしようと近寄るが、
「!」
彼女はそれを無視して、両手を虚空に突き出す。
眼前を爆弾が落ちていく様子が目に入ったのだ。間髪入れずに瞬間移動の魔法陣を発動する。
いろんな魔法が使える彼女だが、突然の状況でやっと思いついたのは、先ほど自分が使ってきた瞬間移動の魔法陣だ。
すり抜けた爆弾は全て瞬間移動で消え去った。
「よし!」
落ちてきた爆弾を遥か上空に移動させる。
上空なら、他の爆弾同様に防壁で防ぐことができるだろう。
***
シヘーのバードマンは、度肝を抜かれていた。
あんな大きな防壁魔法見たことがない。あれは本当に防壁魔法なのか?
信じられないが、実際に爆弾ボールは防がれてしまった。
司令部に報告しなければならない。
バードマンが付けている片眼鏡は、自分が見た映像を撮り貯めたり、送信したりできる魔道具だ。しかし、今は攪乱の魔法が使われているため、ここから映像を送ることができない。
すぐに戻らなくては。
シヘー空襲部隊の司令部にこの映像を持って帰って報告だ。
バードマンは、ガーゴイルに戻るぞと指示する。
ゴツン
そのガーゴイルの頭に何かが当たる。
次の瞬間。
どぉぉぉぉぉぉおおおおおおん。
ガーゴイルは爆発した。
敵襲?
いや、爆弾ボールだ!
なんで上から?
どぉぉぉどぉぉぉどぉぉぉおおおおおおおん。
一つ目の爆発に巻き込まれて、同時に落ちてきていた爆弾ボールが次々と誘爆する。
悲鳴を上げる間もなく、バードマンも墜落していった。
斥候部隊は自分たちの落とした爆弾によって全滅した。
***
爆発がおさまり、兵士たちの士気が上がる。
さっきまでパニックを起こしかけていたのに、打って変わった様子に私は驚く。極限状態の人間の心は、何かがあるたびにコロコロと変わってしまうのだろうか。
役所の頃を思い返しても、こんな命のやり取りをするような事なんてなかった。
せいぜい生活保護の受給者が、俺を殺す気か?と迫ってくる程度。実際に、お互いの命の危険を感じたことはない。
他の市町村では、逆上した受給者が事務所に放火したり、担当者を襲ったという事件はあった。でも、そんなのほんの一握りの話だ。
長年生活保護担当者をやっている人なら、色々な経験をするんだろうけど、少なくとも私がそんな事に直面したことがない。
だから、私には、こんな状況で生かせる経験がない。
ただただ見ているだけ、流されるだけ。
爆発が落ち着いたところで、騎馬兵隊が出撃していく。続いて、残りの歩兵部隊がどんどん出撃していく。
私はその様子を眺めながら、まだ心臓がドキドキしていた。
彼らは何人が無事に帰ってくるのだろうか。
それぞれに家族がいて、待っている人がいるはずだ。
あの隊列の中には、戻って来れない人もいるかもしれない。戻って来れても、今までのようには生活できなくなる人もいるかもしれない。
そんな事を想像しただけで涙が出てきた。
「そんなに爆弾ボールが恐ろしかったのか?」
タラが声を掛けてきた。
確かに爆弾も怖かったが、いま泣いているのは恐怖が理由じゃない。
私が首を横に振る。
「分かった、そういう事にしておこう。」
タラはそれを強がりと受け取ったようだ。
違うからね!
まあ、こういうのは否定すればするほどドツボにはまると言うのがセオリーなので放っておくのが一番だ。
私は何も言わず、門から出て行く兵士を見送った。
※ 喋ってないので出てきませんが、フォリントも一緒に居ます。列の後ろの方でビビって喋れなくなってる。




