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将軍府の敷地には地上三階建ての建物が一つだけ。コーカ駅よりもずっと小さい。建物の周りには庭や小さな運動場のような広場があり、それらが四方にある城壁で囲まれている。
私たち直轄部隊が将軍府についた頃は、まだ周囲は真っ暗だった。先頭を行くタラの光魔法を頼りに前庭に並ぶ。私たちは一番端っこで、建物のすぐ隣だ。
前庭には戦車や馬、恐竜たちが並んでおり、既にいっぱい。それなのに更に更にと兵士たちが入場してきていた。
「こんなに?多くない?」
「できるだけ沢山の援軍を送らないといけないからな。」
全兵士が揃うには、もう少し時間がかかった。
そして、リラが現れた。
彼女が立つのは将軍府の正面玄関の上。ここには演説台のような場所があり、私たちを見下ろしている。
リラは、私が最初に将軍府で会った時と同じ鎧を身に纏っていた。赤いラインの入った黒の鎧。兜は被らず、金属でできた鉢巻のような物を額に付けている。
暗闇の中には幾つもの魔法の光が灯っていた。その光に照らされて浮かび上がる兵士の姿。
リラの足下に並ぶのは、キンユーへと援軍に向かう第一籠城軍の精鋭。総勢千余人。
将軍補佐指揮下
将軍直轄部隊 精鋭十名
兵士長指揮下
親衛隊分隊 四名
歩兵隊大隊 五百十二名
魔導兵隊中隊 百二十八名
騎馬兵隊三個小隊 四十八騎
恐竜騎兵隊小隊 十六騎
戦車隊二個小隊 六両十八名
工兵長指揮下
整備隊中隊 百二十八名
修繕隊小隊 三十二名
埋設隊分隊 十六名
兵糧長指揮下
医療隊二個小隊 六十四名
補給隊小隊 二十四名
彼らは出陣の時を待っていた。
とはいえ。玄関前広場なんて、そんなに広くないので裏手の方に回っている部隊も居るし、四分の一くらいは建物の中で寿司詰めになっている。
「もう少し詰めてくれ。」
「ちょっと臭うんだけど。」
「うぅ…きつい…」
建物の中から、悲しい声が漏れ聞こえてくる。
できるだけ沢山の兵士と物資を輸送するために詰め込んだのだ。謁見室やリラの部屋ですら、武器や食糧、医療品などでパンパンになっている。
建物の外も外でぎゅうぎゅうだ。戦車の上に立っている人たちも、車から落ちないように必死で掴まっている。
「押すなって。」
「あとどのくらい?」
「瞬間移動なんてあっという間だ。」
「ちょっと臭うんだけど。」
「我慢しろ…」
早くしてくれ。
兵士たちは戦争に駆り出される恐怖よりも、今の状況から解放される事を望んでいた。
「うふふふっふふふっ」
そんな状況を知らないで、リラは笑う。笑い方がマッドサイエンティストな友人クーナに似てきた気がする。
空の端が黒から濃紺、藍、群青と少しずつ明るくなっていく。星々は徐々に見えなくなり、雲一つない空が白み始めた。
夜が明けようとしている。
冷たい空気の中、兵士たちはじっとリラを見守る。
「いい天気…」
これから起きる事なんて考えられないような美しい色の空。戦争に行くのだという事を忘れてしまいそうになる。
リラの髪が、夜明けの風に吹かれてたなびく。
リラの頬が、魔法の灯りに照らされて揺らめく。
そしてリラの瞳が、強い決意に動かされて煌めく。
リラは将軍府に詰める兵士に檄を飛ばした。
「みんな行くわよっ!…キンユーを守るわ!」
本当なら、ここで鬨の声でもあがるのだろうが、こんな押しくら饅頭状態では誰も大声を出せない。
逆にヒソヒソ声だけが聞こえてくる。
「まだかよ。」
「ちょっと臭うんだけど。」
「もう限界だって。」
「早く早く。」
そんな恨み節は、高い位置に立つリラには聞こえない。
「ちょっとノリ悪いわよ、みんな緊張し過ぎじゃない〜?」
「リラ様。時間がありません。」
リラの後ろに控える将軍補佐バルボアが急かす。
「あれの用意を…。」
「はっ!」
「昔話で聞いてから、これを一回やって見たかったのよね。」
リラは演説台に彫られた模様に手をかざし、魔力を注入する。
模様は小さな魔法陣となって光りだす。巨大な魔法陣を起動させるためのキーとなる魔法だ。
リラは子供のような笑顔を見せ、そして叫んだ。
「コーカ将軍府、瞬間移動要塞モードセットオン!」
城壁に埋め込まれたたくさんの魔法石が、溜め込んだ魔力を放出する。
将軍府の壁を取り囲むように、巨大な正方形の魔法陣が光り始めた。魔法陣は黄金色に輝く。
二百年の間使われなかった魔法によって、城壁はヴーンという低周波の音を響かせて小刻みに振動させる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
全体がグラグラと揺れ始めた。地面が動いているようだ。
黄金色の魔法陣に吸い込まれるように、建物全体がゆっくりと沈んでいく。
リラは片腕を掲げ、誰に聞かせるためでもなく叫ぶ。
「さあ!黄金の大海原にダイブする将軍府の勇姿。!とくと見せてやるわ!!」
兵士たちから恐怖にも似た声が上がる。
建物ごとを飲み込む魔法陣なんて、なかなか見ることはない。スケールの大きさに改めて驚いているのだ。
「なんでこんなに揺れるんだ!」
「瞬間移動の魔法陣って、青色じゃないのか?」
「やばい、落ちる…」
「きついきついきつい。」
「ちょっと臭うんだけど!」
違った。みんな振動による圧迫に恐怖していた。
私たちも、隣りにいる兵士から押し付けられていた。もう、何が何だか分からない。
タラも建物に押し付けられながら、ノリノリなリラの様子に呆れている。
こっそりとタラに聞く。
「黄金の大海原ってなんですかね?」
「…知らないよ。なんかの呪文だろ…」
魔法陣の展開に呪文は要らないんじゃなかったっけ?
リラは一人悦に入って叫ぶ。
「ブラボー コーカ!」
何なんだ、あのリラのテンションは…。
将軍府と兵士たちを城壁ごと飲み込んで魔法陣は消えた。そこには広大な空き地だけが残っていた。
※リラのセリフの元ネタは某大作RPGの第六作、フィガ□城の潜航モードです。
プロットの時点で、このセリフを使うことは決まってたんです。
ワールドカップ日本代表の人が叫んだから便乗したんじゃないやい!




