11
うぅ、とうとう私の番が来た。来てしまった。
ギルダーの視線が怖い。
自分の名前を言わない自己紹介なんて聞いたことがない。が、こいつに名前を憶えて欲しいとも思わないし、まあいいか。
「元の世界では、地方都市の公務員をしていました。」
しまった。「公務員」はこちらで通じる言葉だろうか。
ちょっと微妙だったかな~。
「役人だと?」
良かった。通じた。
ギルダーやシェケルの表情は…無表情。
いや、シェケルの方は眉をひそめてる気がする。
「どんな仕事をしていた。」
ギルダーが聞いてくる。
公務員が仕事をするうえで重要なことの一つに、平易な言葉で説明するというものがある。専門用語を使わずに、一般市民でもわかりやすい言葉を選ぶ必要がある。
私は、自分してきた仕事を簡単に説明しなきゃならない。
行政事務。
市町村の行政の仕事の範囲は広い。
議会・税金・福祉・保健・水道・交通・消防・保育・教育・市場・建設・住宅・公園・清掃などなど。
自治体の大きさにもよるだろうが、かなり幅広い分野にわたっている。
つまり役所の仕事と言っても、どの業務を経験するかで千差万別。
しかも、それを知らない一般人に説明するとなるとかなり無理がある。
私は一番簡単で、この世界にもあるはずの言葉を選ぶ。
「税金や福祉についての事務職です。」
それを聞いてギルダーはため息をついた。深い深いため息だ。
「そうか…お前は文官か。」
えらい古い表現だが、事務職=文官は間違いじゃないと思う。
だけど、文官の対義語は武官だから、私は戦わない役人というくくりで、ひとまとめにされてしまったのだろう。
まあ、そう思われても間違いじゃない。こっちは平和な島国の公務員だ。
「つまり、ウギアと同じか…。手も貸さぬ癖に口だけは出す!」
ギルダーが謎の愚痴モードに入る。
ウギアってなんだ?
「やれ、書類を揃えろ。やれ、字が違う。承認とれ。金は出せん。まどろっこしい事この上ない。」
仕方ないね。役所仕事ってのは迅速さより正確さ。結果より手順が重要なんだ。
それは失敗が許されないから。みんなの税金使って、失敗出来ないから必要以上に慎重になることがある。
「あいつのせいで、どれだけの機を逃したと思う…。」
どうやらギルダーの逆鱗というかトラウマに触れてしまったらしい。
だけど、私は聞かれた質問に答えただけで、何も悪くない。
「何か、運動とかの特技はないか?」
ぶつぶつ言いはじめたギルダーに代わって、シェケルが質問する。
「いえ、特に有りません。」
「そうか。」
もう質問が終わった。
ギルダーがペンを放り投げる。そして一言。
「使えん。」
ですよね~。
私なんて、そちらの目的には何一つ噛み合わない人材です。能力としては後方支援特化、間違っても前線に出ていくタイプじゃない。
シェケルもフォローのしようが無いらしい。何も言わない。
ギルダーの演説がはじまる。
「その亜人の体を無傷で手に入れるのに、どれだけの労力と費用がかかったことか!それこそ、あいつら頭の固い文官の部屋を行き来して、やっと捻出したのだ!」
知らんがな。
「人類最強の角の亜人だぞ。大人になれば単体で兵士百人に匹敵する。その中身が、ただの文官だと?」
そうか。この体はそんなに強いのか。
「シェケル殿。寄りによって、なぜ『こんなの』なのだ?」
『こんなの』とは酷いな。
私からしたら、「寄りによって、なぜ『こんな体』なんだ?」って感じですよ。
魔法があって、城があって、モンスターがいる。
最高に楽しそうなファンタジー世界なのに、寄りによって、なぜ自分はモンスターなんだ。
「転生では魂の大きさしか指定できません。どの魂が転生されてくるかは神の気まぐれです。」
シェケルが真面目に答える。
シェケルのおっさん…。多分ギルダーは、回答が欲しいんじゃなくて愚痴りたいだけだよ。クソ真面目に答えてもイライラさせるだけだよ。
私は市民対応で嫌というほど、それを経験してきた。
「言い訳は要らぬ!その神がなぜ最強の体に役立たずの文官なんかを選んだのだ。」
誰も言い訳なんてしてないよギルダー。イライラしすぎだって。
そんなにオーガの体に期待してたのか。
「あちらの世界の神のことですから、我々の神とは考えが違うのでしょう。」
慰めになってないよシェケル。
ブロンズさんのくだりから、こうなりそうな予感はしてたんだ。
ただ、ギルダーの怒り具合は想像より激しいけれど。
こういう輩は、怒りのぶつけ場所がないだけだから、熱量が尽きるまでそのままにするに限る。
「ちょっと待て、ひどい言い方じゃないか。そもそも俺たちは転生させてくれなんて頼んでない。」
ブロンズがたまらず口を出してしまった。
ああ、ブロンズさん!
それは正論だ。
だが、今あなたが言うべきじゃない。
「お前の意見は聞いていない。」
ギルダーが冷たく言い放つ。
あ~あ。面倒くさい。
もうちょっと、聞き流してれば終わったのに。
周囲の兵士がブロンズに少し距離を詰める。
さっきのこともあって、ブロンズも立ち上がることはないが、今までの怒りをぶちまける。
「俺は、気付いたらエンドルに居て、気付いたらこの体だった!そして使えないと言われた。なんだこれは!」
やっぱブロンズさんもそうだったのか。
「鱗の亜人、うるさい。」
ギルダーが後ろのドアを指さす。
ブロンズの後ろに控えていた侍女が声をかける。
「ブロンズ様、お静かにお立ちください。」
ブロンズはしぶしぶ立ち上がる。
兵士たちに囲まれて、退室させられていった。
「やはりあいつも使えんのではないか?」
「彼は大丈夫です。」
ギルダーはため息交じりに言うと、シェケルがすぐ答える。
ああ、シェケルのおっさんも、ギルダーには思うところがあるんだろうな。
自分より若くて勢いのある上司。しかも短気ときたもんだ。
絶対に苦労してる。
「おい、土塊」
だめだ。とうとうギルダーから人としても扱われなくなった。
でも土塊は酷くない?
よっぽどイライラしているようだ。
「せっかくの巨体だが…。盾にしかならんか。」
こいつムチャクチャ言い始めたよ。
かといって、このまま前線に投入されて使い捨てにされるのはゴメンだ。




