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コロンが私の侍女の任務を離れて三日。
私の部屋には、直轄部隊のゲンが起こしに来てくれている。
ベシっ!ベシっ!ベシっ!
ゲンは、コロンのように反睡眠魔法ではなく、往復ビンタという暴力で起こしてくる。
私は少しだけ赤くなった頬をさすりながら起きる。
「うぅ…おはようございます。」
「寝起き悪いっすね。」
ビンタはそんなに痛くはないのだが、鬱陶しい。
まあ、悪夢で目覚めることはなくなったから良いんだと考えよう。
「…オーガは夜行性らしいです。」
「ああ、どおりで。」
夜行性のことは、オーガ研究の第一人者であるクーナに教えてもらった。
他にも、アルコールが分解されてできる毒(ホルムアルデヒドだっけ?)も効かないからどれだけ酷い酒を呑んでも悪酔いしないだとか、血の匂いと仲間の臭いにだけ敏感だとか、色々とどうでもいい知識を得た。
「今日は、朝一からミーティングに変わったっす。」
「そうなんですか。」
この数日で、ゲンはだいぶ砕けた話し方をするようになった。
本当にこれが貴族だろうかという話しぶり。
私は簡単に身支度をすると、ゲンと食堂へ移動して朝食をいただく。一息ついてから会議室へと出勤する。
将軍直轄部隊は他の部隊とは違う。朝礼前の筋トレもないし、業務後はそれぞれに解散。
貴族の子息が集まっているからか、その辺は他の部隊と比べても緩いのかもしれない。軍隊というより会社員に近い気がする。
会議室にはずらりと椅子が並べてあった。
ゲンは下っ端なので、一番前の椅子に座る。対して、私は一番後ろに座る。私の体が大きくて、後ろから前が見えなくなるからだ。
「ここ空いてる?」
タラが隣にやって来た。
「こんな後ろに座るだなんて、珍しいですね。」
「そんな時もあるよ。」
タラはそう言うが、きっと私に何か用があるのだろう。何聞かれるか分かんないし、当たり障りのない話しをする。
「全員集合させてのミーティングなんて、珍しいですね。」
「今回は北部要塞の戦況について説明があるらしい。どうやら動きがあったようだ。」
「援軍が到着したんですかね?」
「…だけでは、ミーティングはしない。」
タラは複雑な顔をする。
「そう言えば、なぜ戦争になったんですか?」
私はこの戦争の始まりについて何も知らない。
「シヘー連邦と戦争しているのは知っているか。」
私は頷く。
さすがに戦争相手の名前くらいは知っている。
「四年くらい前かな。シヘー連邦がコーカ北部を取り戻そうと軍を動かしたのが始まりだ。」
「北部は、シヘーの土地だったんですか?」
「もともと北部にはゴブリンの国があったんだが、二百年前に内乱で壊滅したんだ。そこへコーカ王国が進出して統治したという歴史がある。」
進出なのか進攻なのか。
統治なのか征服なのか。
タラの言い方は、あくまでも勝者を正当化する表現だ。
「内乱で北へ逃れたゴブリンたちは新たな国を興した。そのゴブリンの国は、現在シヘー連邦の一部となってる。」
「昔のゴブリンの国土を取り返そうとして、戦争を仕掛けてきたということですか。」
「そだろうな。シヘーのゴブリンにとっては、自分たちの土地だという意識が強い。」
どこでも、戦争の動機は領土問題が絡むんだな。
「なんで二百年前のことを今更…。」
「シヘーと言うのは不思議な国家体制なんだ。種族ごとに国があって王がいる。複数の種族の国々で一つの連邦なんだよ。」
いうほど不思議かな? この世界では連邦国家は珍しいのだろうか。
「そのためシヘーは不安定な政権となっている。」
「つまり、政府の支持率を上げようとして攻撃してきたんですかね。」
「理解が早くて助かる。」
戦争も政争の手段の一つってことか。
その時、後ろから声がかかる。
「俺は理解が遅かったからな。」
フォリントだ。
タラは振り返って否定する。
「いや、君のことじゃないさ。」
フォリントは、分かっているよと笑い、回り込んでタラの隣に座る。
そして、彼も解説を始めた。
「初めは格好をつけるだけの威嚇攻撃だったんだ。やることはやってるよと国民向けのアピールのためのね…」
フォリントがため息を吐く。
その後をタラが補足する。
「ところが、シヘー軍部の暴走に近い形で戦端が切られた。」
「あれはゴブリンの部隊だったに違いない。」
「奇襲に近い戦いで初戦に勝ってしまったから、シヘーでは支持率が急上昇。」
「後に引けなくなって戦線が拡大していったって状況だな。シヘー軍も疲弊しているが、辞め時を失ってしまったと。」
二人は交互に説明をしてくれる。フォリントは少し食い気味に話す。
仲良いなこの二人。
「今ではペンス山脈の北側は全部シヘーになってしまった。」
「それ以上の南下を北部要塞で抑えていたというのに、とうとう陥落してしまった。これを奪還できなきゃ、キンユーは時間の問題だ。」
地理を言われても、あんまり分からないのだけれど。だれか地図をくれませんか。
そんな話しをしているうちに、隊員全員が揃っていた。
タラがこちらに向き直す。
「そうだ。君の侍女だったコロン氏と何か話をしていないか?」
ああ、これが話したかった本題なのだろう。
「コロンさんと?」
「これからどんな仕事をするとか…」
「いえ、特に。『きっとすぐにお会いできますよ』とだけしか…。」
プリンを食べた翌日、つまりコロンに辞令が降りた日の事を思い出す。
一緒にご飯を食べて、私は泣きまくった。
あの日以降、念話魔法で連絡をしたのは一回だけ。
コロンが預かってくれていた、服や鎧などを部屋に置いてくれたのだが、どうしても箸が見当たらなかった。これではご飯が食べられない。
枕が変わると寝られないみたいな精神的なものではなく、ダマスカス鋼の箸でないと物理的に食べられないからだ。
「あ、でも。そう言えば、あの時…」
私がそう言いかけた時、隊長のソルと将軍補佐バルボアが部屋に入ってきた。
全員が起立する。
「ゲン」
種族:人間(コーカ人)
年齢:22
身長:170
体重:77
所属:第一籠城軍将軍直轄部隊
特技:電撃魔法
座右の銘:我田引水
備考:
コーカ西方の山間にあるコインという町に領地を持つ子爵家の次男。直轄部隊で一番若い。
田舎暮らしにうんざりしており、リラの夫になって一発逆転を狙っている。
とはいえ、本当はリラのような年下なんかよりもかなり年上が好き。熟女キラーでもある。




