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地方公務員行政職。
都道府県や市町村での行政事務を行う仕事を担う公務員です。
市民のために働くことが使命で、儲けることが目的ではありません。
私は六年前、幅広い知識を必要とされる高倍率の地方公務員上級試験を突破し、政令指定都市の市役所に就職しました。それから二つの職場を経て、今日から新しい職場に配属されます。
そんな私が異世界に転生した。
「あれ…、なんですか。ここ?」
私は異動の発令式のために市役所の大ホールに居たはず。
しかし今、古い教会みたいなホールの中で立っている。
なんなんだここ。瞬間移動?タイムスリップ?異世界召喚?
パイプ椅子に座っていたはずなのに、今、私の足元には黄緑の魔法陣が光っている。
そして目線の先には、見たことないような胡散臭いローブを着た人たちが並んでおり、何やら呪文を唱えていた。
「ようこそ、コーカ王国へ。」
「は?…え?」
ローブの集団の後ろから、偉そうなおっさんが進み出てきて、私に声をかけてきた。彼は大きな鎧を着ている。たぶん戦士とか騎士っぽい。
低めに響く結構良い声だ。
「あの…、ちょっと説明してもらえませんか?」
「とりあえず、その前に服を…」
おっさんに言われて下を見ると、私は裸だった。
「え?嘘っ!」
なんで!なんでなんで?
慌てて体を隠す。
しかし、自分の身体が自分の身体じゃなかった。
何を言っているのか分からないと思うけど、私も何がどうなったのか分からなかった。
私の身体は筋肉隆々のボディビルダーのようになっていたのだ!
「な、なんじゃこりゃあ!」
ふっとい腕、盛り上がる大胸筋、女性のウェストサイズくらいのふくらはぎ。
「なんじゃこりゃあ!」
私はもう一度叫びましたよ。
これは叫ばざるを得ません!
偉そうなおっさんは、半分笑いながら私に服を投げてよこす。
「そなたは、我々の魔法で転生したのだ。」
「転生!?」
転生:
生まれ変わること。生物学的に死んだ後、魂が別の肉体を得て新生活を送ること。
私は脳内辞書を引きながら、もらった服を着る。少しきつい。
小説とかアニメで知ってる異世界転生は、神々しい光に包まれて出現するものだった。もっと素敵な登場だった。
何で私は裸で、しかもマッチョなんだっ!?
まあ、スライムや蜘蛛に転生することを思えば人の形してるだけでもラッキーかな。
いやいや、そもそもマッチョに転生ってどういうことよ。
頭がとても混乱している。
夢なら冷めて欲しい。
そうか。きっと市長の無駄に長くて内容の薄い訓示で寝落ちしてしまったに違いない。早く起きないと、注意されてしまう。
「…痛い」
私の頬はがっちりとしていた。こんなに肉厚だっただろうか。
しかし頬をつまむ指も力強く、しっかりと痛みを感じた。
「夢じゃないのか…」
落ち着け私。
冷静になるんだ。
もう足元の魔法陣は消えていて、ローブの人たちの代わりに、鎧を着て武装した人たちが並んでいた。
私は、中央に立つ偉そうなおっさんにもう一度確認した。
「転生…ですよね。」
「そう、転生だ。」
「じゃあ私…一回死んだ!?」
ここは魔法が実在する異世界なのは明らかだ。魔法で転生させたと言っていた。
魔法の力で私の魂がこの世界に呼ばれて、こんなマッチョな体になっている。…ということは、元の私の体は死んでしまったのだろうか。
「そなたが元の世界でどうなったかは知らない。」
偉そうなおっさんは、ぶっきらぼうに言う。それでも良い声だなぁ、畜生…。
「そんな無責任な!」
私は座り込んでしまった。混乱と不安で、泣きたくもないのに涙が出てくる。
偉そうなおっさんが私に歩み寄り、手を伸ばす。私は太い腕で涙を拭い、おっさんの手を取って立ち上がる。
ああ、おっさんの手より、私の手の方が大きい…。
また泣けてきた。
「さ、部屋を用意してある。そちらで休むといい。」
おっさんが合図すると、鎧の人たちが私を取り囲む。
もうどうしようもないんだ、と悟る。
私はおっさんの後ろについて回廊を歩く。私の周りにいるのは屈強な兵士達なんだろうけど、私は頭一つ分以上飛び抜けている。
身長何センチあるんだ私?
「あの…説明をお願いします。何で私が?」
「詳しくは知らないのだ。後で従者から話させる。」
おっさんはこちらを振り向きもしない。周りの兵士達も無言。もう喋るなという空気が漂う。
ふと、斜め前にいる兵士の鎧の後ろから、もふもふの尻尾みたいなのが飛び出してる。
え、獣人ってこと? 本当に異世界!?
「この部屋だ。」
五分ほど歩いて通された部屋は、八畳ほどの広さだった。薄い灰色の壁紙と絨毯に囲まれ、落ち着いた雰囲気。
家具は、小さなテーブルと椅子、タンスやベッドなど一通り揃っていて、ちょっと広めのビジネスホテルと言った感じだ。
飾りといえば、テーブルの花瓶に生けられたマリーゴールドのような黄色い花くらい。絵もない。
残念、テレビがないなぁ。
窓もとても小さい。明かり取りにしかならないのが余計にビジネスホテルっぽい。
そして部屋の隅に女の子が立っていた。女の子は赤い服に白い帽子を被っていて、とても小さく感じた。
まあ、私の体が大きくなっているせいでもあるんですが。
「じゃあ、後は頼んだ。」
偉そうなおっさんは、女の子にそう言うと、さっさと部屋を出ていった。
私は女の子を見る。女の子も私を見る。
「あの…説」
「コロンと申します。あなたの侍女でございます。何なりとおっしゃってください。」
コロンと名乗った女の子は、機械的な言い方で喋った。
じじょ…ああ、侍女か。おっさんが言ってた従者のことだな。
「コロンさん、はじめまして。私の名前は、あ…」
私が自己紹介をしようとした時、後ろで大きな音がした。
ガチャン、ガチャガチャ、ガシュン!
キリキリキリキリ、ガチャン。
音は扉の向こうからだ。
え。もしかして、鍵閉められてる?
扉を開けようと思ってもノブがない。
よく見ると、扉は金属製のとても頑丈なものだった。
防火扉かよっ!
「閉じ込められた…?」
何だっての!私が何をしたっての!
誰か教えてください。