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六人のプレーヤー

『ゲームの時間です。二分以内にロッカールームへ移動してください』


 室内に無感情なアナウンスが響き渡る。

 ブザー音と共に扉が開いた。

 私は顔を上げてベッドから這い出る。


 ここへ移送されてから一週間。

 そろそろだと思っていた。

 睡眠も十分にとって体調は万全な状態にしている。


 殺風景な個室から出た私は、コンクリートの道を進む。

 ほどなくして蛍光灯に照らされた一室に到着した。


 ここはロッカールームで、服装を決める場所である。

 衣服なら基本的に何でも揃っている。

 高級ブランドから、安っぽいコスプレ衣装までずらりと並んでいた。

 ウィッグや眼鏡といったものも用意されている。

 いちいち目を通していてはきりがない。


 壁の液晶画面には、今回のフィールドが表示されていた。

 目にした途端に理解する。

 ショッピングモールだ。

 フィールドとしては悪くない。


 そこまで確認したところで私は着替え始める。

 長袖シャツの上にパーカーを羽織り、下はジーパンを穿く。

 靴は走りやすそうなスポーツシューズを選んだ。

 小物としてショルダーバッグも身に付けておく。


 着替えを済ませた私は、部屋の端へ向かった。

 一辺が一メートルくらいの金属製の箱が置いてある。

 これはアイテムボックスだ。


 毎回、ランダムで武器が入っている。

 これの良し悪しで立ち回りが大きく変わってくるため、生存率に直結する重要な要素であった。


 私は微かな緊張感と共にボックスに手をかけて開く。

 そこには一本のダガーナイフが収められていた。

 刺突に適した武器である。


 正直、外れの部類だった。

 他の武器に比べると、明らかに殺傷能力が低い。

 ただし、携帯性が高いのは良い。

 この程度のサイズなら、容易に隠し持つことができる。

 ゲームとの相性は良いと言えよう。


 私はダガーナイフをベルトに挟み込む。

 ちょうどパーカーで隠れる位置だ。

 すぐに抜き放てることも確認する。


 準備の整った私は、ロッカールームの奥へ移動した。

 そこには封鎖された扉がある。

 ここから先がゲームのフィールドだ。

 今回のプレーヤー全員が揃った段階で開く。


 私は扉の上部にある六つのランプに注目する。

 あれが各プレーヤーの準備状態を示しているのだ。

 今は五つが赤く点灯していた。

 一つだけ青だ。

 すなわち私だけ準備が完了している。


 やがて六つすべてのランプが青になった。

 同時に扉が開く。


 ――ゲームが始まった。


 もう後戻りはできない。

 自らの鼓動を聞きながら、私は前へ踏み出した。




 ◆




 扉の先には、白を基調とした空間が広がっていた。

 いくつもの個室扉が並び、一列に鏡と洗面台がある。

 ハンドドライヤーも設置されていた。

 私が出てきたのは、掃除用具のプレートが付いた扉である。


 どうやらここはトイレらしい。

 良いスタート場所だ。

 周りの目を気にしなくていい。


 私は何食わぬ顔でトイレを出る。

 そこは吹き抜けになったモール内の二階だった。

 飲食店の密集したフロアである。


 私は店舗の前を行き交う人々を観察する。

 学生や会社員、主婦など世代や職業問わずたくさんいた。

 私は自然な風を装って彼らの中に紛れ込む。


 この中に五人のプレーヤーが潜んでいるかもしれない。

 燻る警戒心を表情に出さないように意識する。

 少しの油断や動揺が死に直結するのだから。


 ゲームのルールは非常に単純だ。

 自分以外のプレーヤーを殺害して、自分が最後の一人となること。

 それだけが勝利条件である。

 禁止事項はない。


 制限時間は三十分。

 それ以内に決着がつかないと、生き残っているプレーヤー全員の心臓が停止する。

 事前に手術で細工されているのだ。


 周囲の人々は、科学技術で培養されたクローン人間だ。

 感情はあるものの、都合のいいように調整されている。

 言うなればNPCに近い。

 彼らはショッピングモールを訪れた客という設定で、脳にもそういった旨を刻み込まれていた。

 このゲームのためだけに量産された悲しい存在である。


 私はショッピングモールを散策し始めた。

 まずは様子見だ。

 派手な行動は望ましくない。

 こうしてNPCに紛れながら、他のプレーヤーの隙を突くのが定石であった。


 そんな中、階下から激しいモーター音が聞こえてきた。

 合わせて甲高い悲鳴が上がる。

 周囲の人々も、何事かと怪訝な顔をしている。

 私は彼らに混ざって音の出所を探る。

 そして原因を発見した。


 一階の噴水広場が血みどろになっている。

 何人もの客が倒れていた。

 逃げ惑う人々の中央に、一人の男が立っている。


 オーバーオールに髑髏のマスクという風貌の男は、その手に小型のチェーンソーを持っていた。

 モーター音の原因はあれらしい。


「ぎゃっはっはははははぁ! どいつも皆殺しだァ!」


 大笑いする男は、チェーンソーを振り回して人々を斬殺していく。

 間違いなくプレーヤーだ。

 しかも初心者である。

 あの派手な恰好のおかげで、一目でプレーヤーだと分かった。


 どうやらゲームの趣旨を履き違えているようだ。

 これが初参加なのだろう。

 ああいった輩は毎回の恒例でああった。


 チェーンソーは外れ武器だ。

 取り回しが悪く、隠し持つことができない。

 殺傷能力は高いが欠点だらけなので、このゲームには向いていない。


 私は特に行動を起こさずに傍観する。

 わざわざ出向くまでもないだろう。


 ほどなくして一発の銃声が鳴り響いた。

 チェーンソーの男の頭部が破裂した。

 男は床に脳漿をぶちまけながら倒れる。


 即死だ。

 他のプレーヤーに狙撃されたのだ。


 あのように正体が発覚したプレーヤーは即座に殺される。

 勝利するにはクローンの人々に紛れて不意打ちするしかない。


 男の死体から目を離した私は、武器探しを始めた。

 距離の関係で居場所は分からなかったが、銃を持つプレーヤーがいる。

 手持ちのダガーナイフだけでは心許ない。


 残り二人になった時、正面から戦える武器が必要だった。

 できれば遠距離攻撃が可能なものがいい。

 接近のリスクを減らしたかった。


 ただの客のフリをしてフロア内を探索していると、挙動不審に怯える少年を見つけた。

 彼は腕を組んで前方から歩いてくる。

 一瞬、隠したその手に拳銃が覗く。

 武器を持っている。

 すなわちプレーヤーだ。


 私は何食わぬ顔で接近していく。

 少年は私に気付いていない。

 ただ怯えた表情で視線を彷徨わせていた。


 すれ違いざま、私は少年の肩を掴む。

 そして胸にダガーナイフを突き刺してひねった。


「……あ、ぐぁっ!?」


 少年が吐血しながら呻く。

 彼の力が緩んだ隙に、拳銃と予備弾薬を盗み取った。

 前者はジーパンのベルトに挟み込み、後者はショルダーバッグへ入れる。

 そのまま流れるような動きで立ち去った。

 背後で少年が倒れる音がしたが振り返らない。


 今のは何度も繰り返してきた動作だ。

 なぜか私の初期武器はナイフ系が多く、必然的にこのような戦法を愛用する羽目になっていた。

 最初から強力な武器があれば終盤まで潜伏するだけで済むのだが、弱い武器から始まると他のプレーヤーから装備を奪い取らねばならない。

 正体が露見するリスクを考えると不利だろう。

 まあ、初期武器はランダムに決まっているので文句は言えない。


 少年を殺した後は、しばらくモール内を散策した。

 まだ武器が足りない。

 さきほどのチェーンソー男の死因は狙撃だった。

 遠距離から相手を撃ち抜く技量と武器を持つプレーヤーがいる。

 拳銃とナイフだけで対決するのは無謀だ。

 今回も積極的に行動し、戦力を揃えなければいけないらしい。


 私は内心を表情に出さずに歩く。

 一時は混乱したモール内だが、客の人々は落ち着いて買い物を楽しんでいる。

 普通ならパニック状態が続いているはずだが、そういう風に設定されているのだ。

 彼らは運営側にとって都合のいいNPCを演じるために存在している。


 ゲーム開始から十二分。

 吹き抜けを挟んだ同じフロアの斜め前方で、濛々と黒煙が上がっているのを見つけた。

 火の手が上がっている。

 ガラスの割れる音と悲鳴が聞こえた。


 火災だ。

 NPCが無闇に事を荒立てることはない。

 プレーヤーのうち誰かが放火したのだろう。


 見れば、ショッピングカートを押す金髪の男がいた。

 彼はキックボードのように床を蹴って滑走している。

 前部の買い物カゴの中には、深緑色のボンベが積んであった。

 ボンベからホースが伸びており、先端を男の手が掴んでいる。


「ハッハァ! まとめて丸焼きにしてやるよォ!」


 男が叫ぶと、ホースから炎が噴き出た。

 炎は進路上の人々を撫で、次々と引火させていく。

 燃え上がった彼らは、悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。


 火の手は各店舗にも伸び、被害を加速度的に広めていく。

 男の通過した箇所は黒く焦げている。

 私はほどほどに離れた地点で立ち止まる。


 言うまでもなく、あの男はプレーヤーだ。

 しかも積極的に人々を殺戮するタイプである。

 似た方針だったチェーンソー男と異なるのはその脅威度だ。


 あの火炎放射器の男は、快楽殺人ではなくあえて大胆に動いている節がある。

 火災でフロアを潰し、強制的にプレーヤーを炙り出すつもりなのだろう。

 狡猾な作戦だ。

 時間が経つほどフィールドが炎に埋まり、どのプレーヤーにとってもリスクが高い。

 必然的に攻撃を仕掛けざるを得なくなる。


 たぶんあの男は、このゲームにもある程度慣れている。

 短期決戦型のスタイルで、他のプレーヤーが態勢を整える前に畳みかける算段に違いない。

 そして、大胆な行動をするだけの自信があると見える。


 私は迷った末に男を始末することにした。

 行動に出るリスクよりも、放置して火を放たれる方が危険だ。


 私は物陰で拳銃を構えて男を狙う。

 直後、男がこちらを向いた。

 僅かな殺気に気付いたのだ。

 異常なまでに勘がいい。

 だからこそ、派手な行動を取ってたのだろう。


「見つけたぞおおおおおおぉぉぉっ!」


 男は一直線にこちらへ駆けてくる。

 ショッピングカートを使ったその速度はかなりのものだ。

 火炎放射器の迫力も合わさって、死を連想させるだけの力がある。


 とは言え、私だって臆病者ではない。

 この程度の修羅場は何度もやり過ごしてきた。


 私は落ち着いて拳銃の狙いを定め、引き金を引く。

 銃声が鳴り響き、ショッピングカートに載せられたボンベがいきなり爆発した。


「うがああああああああぁぁあっ!?」


 爆発の炎を浴びた男は、全身が燃えながら絶叫し、進路を変えて爆走する。

 そのまま下りエスカレーターに乗り込むと、途中で躓いて転げ落ちた。

 彼は勢い余って柵を突き破り、階下へと消えた。


 私はすぐにその場を離れた。

 発砲した以上、長居するのは良くない。

 拳銃を片手に棒立ちするなんて、プレーヤーだと主張しているようなものだ。


 私は別の階のトイレに入る。

 そこで数分ほど時間を潰した。

 焦って行動することはない。

 まだ制限時間は残っている。

 時間切れを恐れて軽率な動きをする方がよほど不味い。


 トイレから出ると、清掃員の女と目が合った。

 グレーの作業着を着ており、同色の野球帽を目深にかぶっている。

 女はのろのろと床の掃除をしている。


 私は移動しようと背を向けた。

 そして、すぐに何気ない感じで振り向く。


 女が漁る黒いごみ袋から武器が見え隠れしていた。

 長い銃身を持つそれは狙撃銃だ。

 狙いはしっかりと私に定められている。


「……っ」


 考えるより前に、私は床を転がった。

 ほぼ同時に銃声が鳴る。

 身体に痛みは無い。

 つまり弾丸は命中していないようだ。


 清掃員の女は、冷徹な顔で狙撃銃の次弾を装填する。

 ここで私を仕留めるつもりらしい。


 その時、彼女の背後から人影が飛び出した。

 斧を掲げたその男は、女を掴んで押し倒す。

 さらに間を置かずに斧を振り下ろした。

 分厚い刃は、女の顔に食い込んで叩き割る。

 取り落された狙撃銃が、床にぶつかって音を立てた。


「きゃはあああああはああっ」」


 甲高い笑い声を上げた男は、斧を掲げて突進してくる。

 私は拳銃を構えて発砲する。


 弾丸は男の腹を貫通した。

 男はよろめくも、すぐに体勢を立て直して走り出す。

 それを目にした私は再び発砲する。


 今度は男の右膝を撃ち抜いた。

 しかし、男は止まらない。

 撃たれた片脚を引きずりながら、笑顔で迫ってくる。


 私はさらに拳銃を発砲する。

 至近距離から放った弾丸は、男の額を貫いた。


「お、ぇっ」


 男はふらつき、呆然とした顔で斧を振るった。

 大振りの斧は服屋のショーウィンドウを突き破り、勢いで男はマネキンを倒しながら死亡した。

 じわじわと傷から鮮血を広げていく。


『ゲームが終了しました。勝者は六番です。六番は武器を置いてその場で待機してください』


 店内放送が流れた。

 私はその場に腰を下ろす。

 拳銃とナイフは少し離れたところへ放り捨てた。


 これから再び拘束されて個室へ監禁されるのだ。

 そして一週間後、次のゲームが開催する。

 ずっと繰り返してきたことだ。

 流れはよく知っている。


「お疲れ様です。今回のゲームはいかがでしたか」


 背後から声がした。

 私は振り向かずに答える。


「及第点かな。ユーザーの反応はどうだろう」


「今回も盛況でした。次回のゲームまで……あの、やはり……」


 声が言い淀む。

 内容的に告げにくいからだろう。


「ああ、監禁してくれ。そうじゃないとフェアじゃないだろう? プレーヤーは平等であるべきだ」


 私は指を鳴らす。

 モール内の電光掲示板に、私の勝利情報が表示された。

 今回の殺害数や使用武器も記されている。


「よしよし。ちょうど十二連勝だ。我ながら悪くない手際だった」


 満足した私は立ち上がった。

 後ろを振り向き、そこに立つ黒服の肩を叩いて通り過ぎる。


「とりあえず、今回はゲームセットだ。いつも通り楽しかった。今度も期待しているよ」


「は、はい……かしこまりました」


 震えながら一礼する運営者兼部下の姿に、私は無性に笑いが込み上げた。

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