ある路地裏にて
ある路地裏の片隅。それが僕等の居場所だった。建物の境目にある、そこは、どこに行くにも狭くて不便で人間どころか犬すら通らない、そんな場所だった。僕とミーシャはそこに息を潜め、隠れるように寄り添い座っていた。
「これはね、どこにでもある、よくある話なの」
ぼろきれのような外套を被りながらミーシャは言った。表情は外套に隠れてうまく見えない。だけど、その口ぶりは酷く悔しそうで、何か途轍もない我慢を強いられているようだった。
「よくある話なの・・?」
「そう、よくある話。ありふれた話」
僕に言い聞かせてるというよりかは、まるで自分の中に覚えこませようとしているかのようだ。暗がりの中ミーシャは俯き震えている。じっと動かないけど、隣にいる僕にはミーシャの震えた体から押し出された体温が伝わってくる。それは僕の中に入り込むと酷く冷えた。
「僕達は不幸じゃないの?」
「そうよ・・・こんなの・・よくある、ありふれた話。・・見て。」
ミーシャはそう言って路地から少しだけ顔を出した。表の通りは、なんだか眩しくて雑多な人々はどこに行くのだろう?皆、前だけを向き歩く。この路地のことなんて、ましてや、僕等が居ることなんて気にも留めていない。眩い表の路地は裏の薄暗く風すら吹かないこの路地とは、別世界のようだ。
「あの人達のうちの何人かだってゆくゆくは、こんな路地に置いてけぼりにされるわ。人間、自分に必要なくなったら冷たいものよ。ほら、私達はずっとあっちを見てるのに、あっちからは見えてない。」
行き交う人々は、前だけを見て進んでいく、暗がりにいる僕達には誰も気づかない。僕達は何もかもから忘れられた。最初から、居なかったことにされた。ミーシャはそれを、ありふれた話だと僕と自分に言い聞かせた。
俯き震えるミーシャの手を握ってやる。壁のシミが妙に目につき、それが僕を苛立たせる。僕等にはもう何も残ってはいない。
ミーシャは表で歩く幸せそうな人達を見つめ、頭を外套の上から掻きむしった。それは戻らないであろう過去を頭から取り出そうとしているようだった。
「ねえ・・。ここから出ようよ。」
もう僕には我慢できなかった。この薄暗くただの隙間のような路地も、そこから少しだけ見える明るい表の路地も、同じ話を何度もくり返すミーシャも全てが嫌だった。
「ここに居れば失くすことはないわ。ここに居ましょうよ。ね?ね?」
太陽が沈み始め、辺りは暗くなっていく。ミーシャの姿も朧げになっていく。つないだ手の体温と恐怖を受け入れまいと必死に抗う震えがミーシャの全てになっていく。
「ねえ。」
「大丈夫だよ。居るよ」
夜は全てを優しく覆い隠す。僕もミーシャも薄暗い路地も表の明るい路地も幸せも不幸も。僕とミーシャは手を強く握った。ミーシャもそれに応えるように握り返す。今日が終わった。
そして、明日が始まる。また太陽が昇りはじめ、無慈悲に全てを照らし晒すのだ。ミーシャはまたあの話をしながら、こそこそ表の路地を覗くだろう。僕は耳を塞ぎたくなるのを必死に堪え、そして目を瞑る。朝など来なくていい。夜で今で終わりがいい。握る手はまだ暖かく、反対に僕の心は凍えていく。
代り映え無い明日が来る。それは僕にとって、何事にも代えがたい恐怖だった。
ホラー三年目。酔ってる時に凄い面白いの思いつく。寝て起きたら忘れてた。こんな感じだったと思うんだよね。