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第一話

初投稿です。

作者は遅筆です。

不定期更新です。

文章が硬いです。読みやすいよう心がけていますが、何かあればご意見お待ちしております。

          ◇

 夜空。

 無数の星が輝いている。

 明滅を繰り返す星に重なるように、微かに虹色の幕が浮かび上がる空だった。

 その中央。

 強く光る青と緑、そして大地の色を映し出した、空を(おお)う様な惑星の姿がある。

 地球だ。

 空に月の姿はなく、代わりに薄っすらとした地球が暖かな夜光を大地に降り注がせる。

 地球に照らされたこの大地には、やはり広がる山脈と木々が広がっていた。

 川が流れ、海が広がり、大地へと風が吹き渡っている。

 空に浮かぶ地球と同じ自然の広がり。むしろ、この大地には僅かな人工物しかない。

 ――ここは、もうひとつの地球だった。

 人はこの星を〟複写世界〝と呼んでいる――。


          ◇

 複写世界の大地に、巨大な山を背にした森が広がっていた。

 森は山の影に広がり、夜気の中にあってさらに深く、深海の様な闇が満ちている。

 樹海。

 周囲の山の中で一際大きく、地球では富士山と呼ばれるその山を囲む森に、閃光が走った。

 暗闇から突如飛び出したような輝きは、轟音を(ともな)って赤と白の光を放ち周囲に輝きを放つ。

 それは、空からの爆撃であった。

          ◇

 木々に夜空を覆われ、湿気のある草木が敷かれた山道を走る一団がいた。

 全員が青と白の装甲服姿で、手には剣や槍、中には巨大な盾といった装備を身に着けている。

 彼らは先ほどの爆発から逃げるように樹海の中を走り続けていた。

「――一人やられた、次が来るぞ!」

 槍を持つ青年が枝葉に遮られた空を見て叫んだ。それを聞いた先頭の巨躯の男が足を止める。仲間がその背中を追い越していくと、男は右手に構えた巨大な大楯を両に構え直した。

「ダメよ。走って!」

 陣形の中心を走っていた若い女性が、足を止めた男に声を上げる。

 ウェーブ掛かったアップポニーがふわりと浮かび上がり、二メートルもある男を見上げて立ち止まった。

 汗で額に張り付いた前髪の隙間、眼鏡越しの青い瞳が懇願(こんがん)するように男を見つめる。

 その視線に気づいた男は、フルフェイスヘルムの下から覗く無精髭(ぶしょうひげ)の口元に笑みを浮かべた。

「大丈夫だティーガー隊長。一撃(しの)いだら後を追う。今のうちに距離を稼げ……」

 部隊の壁役をつとめる男の言葉に、彼女は苦しそうに彼から目を逸らす。

 ゆっくりと頷くと、男は立ち止まっていた仲間に振り返った

「貴様が先頭を走れ! その足と目があれば隊長達を基地まで連れていけるだろう」

 男の言葉に、槍を担いだ青年が応えた。

「分かってるよ。先に基地の売店でビールでも買って待っててやる」

「今日はお前のおごりだな――行け!」

 青年が空いた左手を上げ走り出す。

 その姿を見ても動き出せない彼女に、弓を担いだ女性がその手を握った。

「行きましょうセレス隊長!」

 呼ばれ、セレス・P・ティーガーはもう一度だけ男の背中を見て、振り払う様に走り出した。

 仲間達が樹海の奥へ消えるのを確認して、男は口元の笑みを戻して自分の巨躯を覆う大盾を、柔らかな地面に突き立てた。

「ふぅ。とんだ夜間任務になっちまったなぁ」

 溜息をひとつ。

 防御用の小手を付けた丸太の様な腕でヘルムのズレを直し、枝葉の隙間から見える空を見た。

 暗視機能を持ったヘルムから見える空は、浮かぶ夜空の輝きで薄い緑色の景色を映している。

 男はじっと。空に浮かぶ地球の姿を見つめた。

「まったく。人類の悲願まで後ちょっとだったんだがな」

 男はそう言って、地球に残してきた家族の事を思い浮かべた。

「あの子が、中学に上がるまでにこっちに連れて来る約束。叶えてやれそうにないか」

 人類にとって大事な任務だと、妻になだめられて涙ながらに約束を交わした娘の顔を思い出す。人類にとって地球はもはや狭く、人が新たに生きる大地は〟地球複写計画〝によって創り出されたこの大地しか残されていない。

 彼らの使命は、この創り出した大地を人が安心して住める世界にする事だった。

「俺たち人類は、いつまでこんな戦いを続けなきゃならないんだ……」

 不意に、空にある地球を背にして小さなシルエットが現れた。

「来たな……」

 男は、夜空に浮かぶ人の形をした影に向かって盾を構えた。

「――こっちだ〟星の代行者〝。これ以上お前たちの好きにはさせんぞ!」

 男は、左手に持った大楯の裏にあるレバーを右手で引く。

 盾が装填音と共に揺れると、三角形のラインが描かれた表面に粒子の輝きが集まった。

「爆発が貴様の専売特許と思うなよ。俺の唯一にして最強の一撃を喰らわせてやる!」

 暗闇に包まれた樹海に青い光が集まる。その輝きに、空に浮かぶ人影が気づいた。

 視線を樹海の光に落とす姿は、銀色の髪を空の風に遊ばせ、無機質な表情をした少女だった。

 ヘルムの拡大機能から見える相手の顔に、男は娘の笑顔を思い浮かべる。自分に摘んだ花を差し出す姿がこちらを見下ろす少女の視線に変わると、歯が欠ける程に顎に力を込めた。

 少女が、無造作に右の掌を男のいる場所へと向ける。

「可愛い顔でも手加減はせんぞ、バケモノめ!」

 言って、男が引いたレバーを押し込んだ。

 大盾から閃光が空に向けて打ち上がる。同時に、少女の腕から高速の光弾が撃ち落とされた。

 ――樹海に、直径百メートル程の爆炎が周囲の木々を焼砕の一撃が広がった。


          ◇

 複写世界極東エリアにある未開領域開拓部隊の基地は、突然の襲撃により騒然としていた。

 基地から五キロという地点に敵の出現が確認された基地内は、確認と迎撃のために大勢の人員が奔走している。

「――戦場と部隊の確認を急げ」

 基地司令官クレア・カーヴェイは、前方に並ぶ大型モニターに向けて声を発した。

 青と白の制服姿で作戦室の中心に立つ彼女は、整った顔立ちを厳めしく向ける。

 銀色の髪をきっちりと仕舞った帽子の下、モニターの映像を睨みつける金色の瞳は、唇を噛む仕草と共に微かな怒りを秘めていた。

 そんな彼女に、背後から落ち着き払った声が掛かる。

「基地周辺の地脈変化に気づいたまでは良かったですが。まさかヤツらがここまで来ているとは予想外でしたな……」

 クレアの後ろに立つ老齢の男が、背筋を伸ばした姿勢でクレアの横顔を見ながら言った。

「ここ数カ月。こちらに接触がなかったとはいえ――油断した私の責任だベルモンド。しかし、まさか基地周辺への接近を奴らに許してしまうとはな……」

「敵の出現地点は富士の樹海。あそこは本来巡回エリア内とはいえ、定期的に地脈が不安定化する場所――深部までの常時警戒ができないエリアです。むしろ、異常発生を検知して現場に調査部隊を向かわせたおかげで、この段階で敵に気づけたと考えるべきでしょう」

 ベルモンドの同情の言葉に、クレアは、くっ、と苦い顔をする。

「確認できました! 敵は一体。対象はスター2。――調査に向かっていたティーガー隊との連絡はとれませんが、二度の爆発を確認。うちひとつは波動型による青光の星霊力(せいれいりょく)反応です」

 この部隊では、壁役の防衛士が使う魔導兵装は対群仕様の波動砲を搭載している。

 オペレーターの報告に、クレアはティーガー隊が敵と戦闘を行った事を確信した。

「引き続き連絡を取りつつ援護を送れ。援護の部隊にはティーガー隊を発見次第後退するように命じろ。それから、基地内の全部隊に迎撃準備を急がせろ!」

「司令官! 基地周辺施設に混乱が生じています!」

 どういうことだ、とクレアは眉を(ひそ)める。

「次元航行用の施設にて、戦闘に気づいた施設内の人間によってパニックが起きています」

 オペレーターの言葉に、ベルモンドが白い顎髭(あごひげ)を撫でながら言った。

「今夜は地球からの物資輸送と人員の移動が行われていましたので――タイミングが悪かったですな。しかし、空港の場所はちょうど戦闘エリアと基地の間にあります。そのまま、という訳にはいきませんな……」

 こんな時に、とクレアは手元のコンソールを殴りつけた。

「避難誘導の部隊を寄越せ! 施設内の者は全員基地へ避難させろ!」

 次々と動き出すオペレーター達を見守りながら、ふと、クレアは考えた。

 ――何故、このタイミングで敵は動いたのか。

「これまで、奴らとの全面衝突は全て極東エリアの地脈中心点への進行を行った時だけだ。向こうから基地へと襲撃を仕掛けた例は、中心点の解放を完了した他のエリアにしかない」

 そうですな、とベルモンドも眉を寄せて考える。

「向こう側の状況が変わったのか。もしくは、我らをせん滅する事にしたのかもしれませんな」

 クレアは、ベルモンドの言葉を聞いて拳を握る。

「あと少しで、全ての準備が整うというのに……」

「今はこの危機を乗り越える事を考えましょう、クレア司令官」

 ベルモンドが落ち着いた表情で彼女の小刻みに揺れている肩に視線を送ると、クレアはその震えを抑え込みモニターを見つめ直した。


          ◇

 次元航空用施設極東(きょくとう)空港は、二度の爆発のせいで施設内の人々による混乱が広がっていた。

 基地とは異なり、非戦闘員が多数の空港内では、状況に戸惑い、逃げる事も出来ない者達の悲鳴や怒声が巻き起こっていた。

 和也(かずや)は、窓貼りの壁から外の様子が見えるロビーの騒ぎを抜け出していた。

 開拓部隊の制服を着ている和也は、状況の説明を求める民間人に問い詰められ、それを押しのけて基地へ向かおうと駐車場を駆け抜ける。

 不穏な空気の中、赤み掛かった黒髪を夜気に流し、空港の入口である門に空色の瞳を向けた所で、こちらへと向かって来る一台の装甲二輪車両に気づいた。

 荒地での走行も視野に入れた大型の車両は、トラックのタイヤよりも大きな後輪を滑らせ門を抜けた先で滑り込むように停車する。

 バイクから降りたのは、軽装備姿の開拓部隊の男だ。

 男は和也に気づくと、急ぎ足で駆け寄った。

「――どこの所属だ。空港内の様子はどうなっている?」

 通信機片手に状況の確認をする相手に、和也は青と白の制服の袖を張る様に敬礼する。

「――自分は、本日着任予定の一ノ(いちのせ)和也少尉です。空港内は先の爆発で民間人の間で混乱が生じています」

 和也の言葉に、相手は一瞬驚いた顔をした後、そうか、と頷いた。

「今夜の便で来たのか――災難だったな。もうすぐ避難誘導の部隊が到着する。俺は今から避難指示を行うから手伝ってくれ」

「待ってください! いったい何が起きたって言うんですか?」

 和也の言葉に重なるように、入口の向こう側――樹海から爆発音が響いた。

 和也の空色の瞳が、爆炎と共に吹き上がる星霊力(せいれいりょく)膨張(ぼうちょう)を見つける。それは、地球よりも密度が濃い、複写世界に満ちる大気中の星霊力を飲み込むような広がりだ。

 和也の言葉に、爆発を見ていた男が言った。

「〝星の代行者〟だ。ヤツらの襲撃がここまで来たんだよ」

「――星の代行者!」

 和也は、その言葉に息を呑んだ。


          ◇

 人類が〝地球複写計画〟を成功させ、大地に広がる地脈から溢れ出る星霊力(せいれいりょく)と呼ばれる力が安定するよう地脈の大規模調整を行う計画が実行されてから、〝星の代行者〟と呼ばれるもの達が現れた。

 人類はすでに、地球のオーストラリア大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、ヨーロッパ大陸と位置を同じくする複写世界の地脈中心点の調整を終え、最も地脈の乱れが強いこの極東の地に取り掛かろうとしていた。

 星の代行者は調整を完了した先の四カ所の中心点にいる開拓部隊を襲撃。同時刻に極東の中心点へと向かっていた部隊を壊滅させた。

 調整を済ませた四カ所の死守に成功した人類だったが、防衛を続けなければならない人類は、極東の中心点への侵攻に割く戦力が不足。最後のひとつに辿り着けずにいた。

 一ノ瀬和也(いちのせかずや)は、そんな極東の中心点に侵攻する部隊の一人として、地球にある開拓部隊を育成する機関を卒業して。今日、この複写世界に足を踏み入れたのだった。


          ◇

 和也(かずや)は、普通の人間では専用の機器を用いなければ確認する事のできない、空気中の星霊力(せいれいりょく)の乱れを空色の瞳で捉えていた。

 富士の山を背に、確実にこちらへと動いている膨大(ぼうだい)な星霊力の収束と膨張の繰り返しを見つめ、額に冷たい汗をかく。

 和也は、異常の広がる中心で小さな爆発が発生している事に気づいた。

「あそこで、誰かが戦っているのか?」

 敵と、おそらくは開拓部隊の誰か。しかし、和也はそれとは別に気がかりなことがあった。

「乱れが強い場所を中心に、嫌な星霊力の流れが樹海から広がっている……」

 その広がりが、まるでこちらを取り囲むようだ、と和也は感じた。

「おい何をしている。はやくしないか!」

 避難指示に来た隊員の言葉に、自分が見たものを伝えようとした和也は、しかし、その言葉を飲み込んで視線を下げた。

 ――今、自分の言葉にどれだけの力があるだろか。

 思わず力を込めた右手が、ひとつの取っ手を握っている事に気づいた。それは、カズヤが空港についてからすぐに引き取った自分の荷物だ。

 全長二メートルはある長方形の巨大なアタッシュケース型の箱。

 重量にして五十キロ近い重さを持つそれを見て、これを手渡してくれた相手の言葉を思い出す。

 ――あなたが、貴方の求めるモノと私たちの願いとを重ねる事ができるのなら。その力を信じて走りなさい。

 和也は、自分がどうしてこの地に降り立ち、今ここに立っているのかを思い出す。

 不意に、和也は空気を切るようなジェット音を聞いて空を見上げた。

 見れば、樹海とは反対の方角から、四つの巨大な人型の機械が北へと飛んでいく。

「あれは魔動機。基地から迎撃部隊が向かったのか……」

 空気中の星霊力を吸い上げ推進力として後部のジェットエンジンから煙を吐き出す魔動機の姿を見て、和也は部隊が展開を始めたのを理解する。

 部隊が動いている以上、自分が今できる事は一緒に避難誘導を行う事だけだろう。

 分かっているのだ。しかし、

「あそこに行けば、あの男の――オヤジの居場所が分かるかもしれない……」

 不意に、周囲の空気が鳴動した。

 和也は、樹海を中心に広がる星霊力が突然固定現象を始めた事を理解する。

 星霊力とは、それ自体が様々な物質や生命に作用、変質する特性を持ったエネルギーだ。そして、高密度の星霊力が満ちた空間では、空間自体に作用を引き起こす事も可能である。

「あの動きは――誰かが、空間を固定してどこかに繋げようとしている」

 空間に満ちる星霊力を利用して、そんな事ができるのは人類でも極わずかだろう。

 大掛かりな設備も用いずに、空間固定を実行できる人間を、和也は一人しか知らない。

「――っ!」

 今、広範囲の空間に満ちた星霊力が、誰かの意思を持って作用しているのだと理解して、和也は手にしたアタッシュケースの留め金を外しながら走り出した。

「おい、どうした!」

 制止の声を無視して、和也は開いたケースの中身に無数の傷跡がついた右手を突き入れた。

 和也の右手が取り出したのは、一振りの巨大な剣だった。

 全長百八十センチ。四十センチ近い幅を持った両刃の大剣は、叩き潰す力をもった巨大な鉄の塊であると同時に、まるで行く手を阻むような盾にも見える形をしていた。

 空港へと走り込んでくる装甲車の一団の横を駆け抜けて、和也は隊員が乗ってきたバイクへと飛び乗った。

 バイクの右側面にあるリテイナー部分に大剣を固定し、装甲とエンジンで巨大となったバイクを手足のように振り回して入口へと向けた。

「貴様勝手(かって)な事をするな! 一人で何ができる?」

 男の言葉に、和也は唇を噛んだ。

 握ったハンドルの手が一瞬力を失い、しかし、自分の手にある傷跡を見て再び力を入れる。

 和也は男に笑みを向けた。

「森の中、仲間がいるんでしょう? 俺が先行して救助します! 大丈夫。護るのは得意ですから! ――だから、今のうちに上へ連絡してください。きっと敵の規模はこれだけじゃない」

「お、おい……」

 男は、和也の満面の笑みに戸惑った表情を浮かべる。彼の言葉の意味が測りかねず、かといって、その表情に作為的なモノがある様にも感じられなかったからだ。

「すんません。今は行かせてください!」

 相手の返事を待たずに、和也はフルスロットルでバイクを走らせると樹海へと向かった。


          ◇

 幾度もの星霊力による爆発が繰り返された樹海の中は、破砕による打ち砕かれた木々と、所々で立ち昇る煙に包まれていた。

 地面を覆うように広がっていた枝葉は幹と共になぎ倒され、今は空に浮かぶ地球の輝きに地面の草が水滴で輝いていた。

 その草をかき分けて、黒い皮製のブーツを履いたメイド姿の少女がゆっくり歩いていた。

 銀色のショートボブの上に白いプリムを乗せた頭が、周囲を探るように揺れている。

 星の輝きに光る深紅の瞳は探し物をしている様に深く広がる森の奥を目を細めて覗いていた。

『スカーレット。まだ見つからないのですか?』

 少女は、脳に直接語り掛ける声に足を止めた。

 声に耳を傾けるように首を曲げ、スカーレットと呼ばれた少女は静かに声を発した。

「現在地球人と接触しました。彼女はまだ見つかっていません」

『――お母さまのご機嫌がとても悪いわ。今夜は相当苦しんでいるみたい。早く見つけて戻ってきてちょうだい』

 分かっています、とスカーレットは小さく頷く。

 スカーレットの目的は、この樹海に逃げた存在を見つけて連れ帰る事だった。

 つい先ほど生まれたばかりのソレを、彼女達は〝なんであるか〟をまだ定義づけていない。

「自分達のように、お父様から名を頂いてすらいない存在。本来ならば私たちと〝同じ〟であるはずなのですが……」

 スカーレットはソレを、自分達とは違うモノだ、と感じていた。

 おかしな話だと、スカーレットは思う。

 自分達と同じように〝お母さま〟から生まれ、〝お父さま〟に望まれたから生み出されたはずの存在。私たちと同じ、〝お母さま〟を護る娘たちの一人に違いないのだ。

 そう理解しても、何故か自分は言葉にできない疑問を抱き、納得が出来ないでいた。

 その疑問の正体を〝お父さま〟に尋ようとして、その前にソレは外へ飛び出してしまった。

 スカーレットはトパーズに追跡を命じられ、ソレの反応を追ってこの樹海まで来たのだが、そこで地球人の部隊と遭遇してしまった。

 今は、彼らと戦う命令は受けていない。しかし、こちらを視認した向こうは一方的に攻撃を仕掛けて来て、応戦する形となってしまった。だが問題ないともスカーレットは思う。

 向こうが敵対するのなら、自分はそれらをせん滅すれば良い。

「――だって、あの人達はお母さまを苦しめる者達なのですから」

 しかし、こちらの存在はすでに向こうに知れ渡っているだろう。すぐにでも妨害が増えるかもしれない。そうなってからでは、アレの捜索に支障が出てしまうかもしれない。

「これ以上の単独行動は(いささ)か面倒だと考えます」

 であれば、アレをみつけるまでの時間稼ぎが必要だ。

 逃走した敵の姿は見つけられていない。しかし、それも踏まえて手駒を用意すれば良い、と彼女は頷いた。

 スカーレットは、白と紫のメイドドレスを身に着けた両手を左右に持ち上げる。

 ――目を閉じて、彼女はくるりと一回転した。

 身体の捻りに、彼女の銀の髪が踊る。

 深い闇の中、踊る彼女の両腕に巻き付く二つの腕輪が、深紅の軌跡を描いていく。

 膝まであるフリルのついたドレスがふわりと舞い上がり、周囲に小さな風が生まれていく。

 草花が風に揺れ、軌跡に誘われるように周囲に視認できる程の密度を持った星霊力(せいれいりょく)の粒子が、彼女を起点に森の至る所へと広がった。

 ――顔をあげ、瞼を開いた彼女の視線と、舞い上がる星霊力の輝きが繋がった。


          ◇

 作戦室に突如、樹海一帯を索敵していたオペレーターの声が上がった。

「高密度の星霊力(せいれいりょく)反応! 範囲は半径二キロ、樹海一帯を中心に基地周辺を覆うように展開していきます!」

「なに!」

 クレアは座っていた椅子から立ちあがった。

「反応数値を測定。これは――間違いありません! 空間固定による転移現象です!」

 バカな、とクレアは目を見開いた。

「――避難を急がせろ。部隊も全て展開しろ!」


ぜひ、ご感想よろしくお願いします。

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