5.4話 自覚そしてダンジョン作成①
どういうことだ?
え?どういうこと?
この姿は……
「この姿はなんなんだ!?」
俺の口から聴きなれない甲高い声が発せられる。
クソッ、ずっとのどの調子が悪いと思ってたら、調子が悪いどころかそもそも声が変わってたのかよ!
なんでだ?なんでだよ!!
……一旦落ち着こう。まだ変なものがチラッと目に映った程度だし、声だってほんとにのどがおかしいだけかもしれないし。
とりあえず、必要なのは鏡か……
リアクターでアイテムを生成できるって言ってたけど……お、これか。
えっと、アイテム生成……日用品、のタブを見ればいいのかな?
鏡、鏡……手鏡、ひとまずはこれでいいか。
画面を操作し、出てきた表示をよく見もせずにアイテムの生成を完了する。
えっと……で、どうなるんだ?
あ、リアクターの台座か。
リアクター下のストレージを開けると、そこには小さな手鏡が入っていた。
うん。これでいいかな。
恐る恐る手鏡をのぞき込む。
映っていたのは、茜色の髪、金色の目、そしてどうみても男性のものではない顔の輪郭。
女性の顔、俺がいつもネトゲで使っているアバター、『アイリス』の顔だ。
アイリスは、以前俺がとあるMMOの女性専用のジョブで遊ぶために、気まぐれで作成したアバターだ。
しかし、俺は俺が思っていたよりもそのジョブとの相性が良かったようで、気づいた時には気まぐれで作っただけのそのアバターでレベルをカンストさせ、さらにいくつかのレイドイベントや対人戦イベントなどをこなしていくうちに、いつの間にやら『アイリス』は掲示板などにも名前が載るようなちょっとした有名人になってしまっていた。
そうなってしまうと、なんとなく作ったアバターだからと言ってアバターを削除して男性アバターを作る気にはなれない。そして、ゲームの中でさらに長い年月を『アイリス』で過ごすうちにいつしか自分の分身と思うようになっていたのだ。そして、いつの間にやら俺は、他のMMOをプレイするときも、赤髪、金眼の『アイリス』というアバターを作ることが習慣になってしまっていた。
当然、ゲームごとに顔は違う。けど、だからこそわかる。この顔は『アイリス』だ。それも、俺がキャラメイクに求める全ての要素が詰め込まれた、俺の脳内にある完璧な、『アイリス』のイデアとも言うべきものだ。
さて、どうしよう。
どういうことだ?これ。
まず考えられるのは、夢。却下。流石に俺も夢と現実の区別くらいはつく。
次に考えられるのが、VRのゲームを購入して、ゲームの中にいるということ。けど、現代の技術でできるのは、ヘルメットを被せて映像を見せる程度。意識を現実の体から切り離してゲームの中に入れるなんて技術は、少なくとも市販のゲームには導入されていない。
となると、異世界かな?
異世界転移、転生?ということならば、この状況は概ね説明がつく。
流石に某不思議の国やら鏡の国やらのお話のようなカオスな世界ではないと思いたいが、何が起こっても不思議はないと考えるべきなんだろう。
ってことは、今までのアナウンスも、単なる設定だと笑い飛ばすことはせずに、全てこの世界―――まだ異世界だと決まったわけではないが―――のことを正確に説明していると考えて動いたほうが良さそうだ。
となると、今の俺に必要なのは知識。それも、大雑把なモノじゃなく、より詳しい知識だ。
体が変わっていることは驚きだし、信じがたいけど、今そちらを気にしだしたら、きっと大幅に時間を取られてしまう。気になるし、色々考えることはあるけど、今は考えないようにする。今するべきことは、マニュアルを読むことだ。
〇
よし、1時間くらいマニュアルを読みこんで、色々わかった。
その中でも、特に重要なことをいくつかまとめよう。
まず、試す気にはならないが、どうやらダンジョン内では俺は不死、正確には生き返ることができるらしい。ダンジョン内で死ぬと、リアクターは勝手に10000REを消費して俺をこのリアクタールーム内に復活させる。その際、もしREが足りなかった場合は何日か経ってREが溜まったら復活できるようだ。つまり、俺が死ぬと強制的に10000REが失われる。しかも、もし足りなかった場合はそれから最長で10日間、全ての作業が中断されるというわけだ。これはできる限り―――というか損得とか抜きにして単純に苦しいのが嫌なので―――避けなければならない。
2つ目、チュートリアルでもチラッと言っていたが、ダンジョンを作らなければいけないらしい。今はこのリアクタールームは外の世界とは別の異空間に存在していて外から入ることも中から出ることもできない状態だ。しかし、どうやらこの状態で放置しているとリアクターから放出される余分なエネルギーによって、ダンジョンが自然に崩壊してしまうらしい。それを防ぐためには、十分な広さの空間で外の世界と繋げなければならない。しかし、リアクタールームと外を直接繋げたのでは、外からの侵略者を防ぐことができない。よって、まずダンジョンの第1階層とリアクタールームをテレポーターで繋げ、侵入者を排除する何らかの仕組みを第1階層に仕掛けて第1階層と外をテレポーターで繋げることになる。ちなみに、試してはいないが現在このリアクタールームにあるテレポーターは、既に第1階層と繋がっているらしい。
3つ目、どうなっているのか知らないが、酸素はリアクターが供給してくれているらしい。テレポーターは酸素やエネルギーなどの目に見えないモノを通してくれるので、第1階層にも酸素は供給されているということになる。しかし、流石に広くなりすぎると全体としての酸素濃度が低くなってしまうため、酸素を作り出すアイテムを適当に設置する必要があるらしい。
4つ目、アイテム、モンスター、スキル、どの項目も最初だけREを桁一つ分割引してくれるらしい。どういう原理か知らないが、そういうことらしいのでありがたく利用させて貰おうと思う。
5つ目、ある意味これが一番重要かもしれない。先ほども述べた、リアクターが放出する余分なエネルギー、これをDungeonPollution、略してDPというらしい。直訳するとダンジョンの汚染だ。このDP、リアクターのメニューなどに表示される名前はDPだが、外での一般的な呼び名は瘴気らしい。俺も基本的にこちらの呼び方で呼ぶことにする。これがダンジョン内に溜まると、入ってきた侵入者の体調に悪影響を及ぼしたり、モンスターを狂暴化させたりするような影響があるらしい。これは基本的にダンジョンの出入口へと向かっていくので、ちゃんと出入口が作ってあればこれがリアクタールームに溜まることは無い。それに、意図的に瘴気を溜めようとしない限りは基本的にダンジョン内のどの場所にも溜まることは無いらしい。これが溜まっても、俺には効果が無いのだが、リアクターが瘴気で汚染されるといずれはリアクターが崩壊し、そうすると俺にも効果が出てしまうらしい。なので、瘴気、DPの管理は適切に行なう必要がある。
他の細かな所はひとまず置いておくとして、特に重要なのはこんなところだろうか。もちろん、他の所を読み飛ばした訳ではなく、細かいところもしっかりと読んで理解している。
ということで、今から本格的にリアクターを使っていくわけだが、まず最初にやることは既に決めてある。
それは、リアクターコントローラーというアイテムを生成することだ。
マニュアルには、このアイテムはリアクターを扱ううえで必須ともいえるアイテムだと書いてあった。説明によると、ステータスタブレットよりも大きな画面でリアクターを操作することができ、より高度な作業を行なうことができるようになるらしい。
まずはステータスタブレットを見て、アイテム生成の項目を確認する……とその前に、現在持っているREを確認しよう。
ステータスタブレットの上部のタブ、Energyと書かれた部分をタップ、すると画面に現在のREとDPの状況が表示される。
””””””””””
【RE】
所持:10000RE
生産:1000RE/Day
【DP】
第1階層:0.01%
””””””””””
うん。アナウンスで言っていた通り、10000REあるな。ってあれ?さっきの手鏡の分は消費されてないのか?
あ、12時を過ぎて1000RE補充されたってことかな?
……あれ?てことはさっきの手鏡、1000RE?高くね?よく見ないで生成したからなぁ、もう少しちゃんと見てから生成すりゃ良かった。
ま、過ぎちゃったことはしょうがないし……あれ?
マニュアル、確かリアクターコントローラーを1000REで生成しろって書いてあったような……?
それってつまり、初回の割引も考慮しての数値ってことだよな?
ってことは……普通に生成しようとしたら、10000RE?
あれ?全財産じゃね?あれ?俺やらかしてね?過ぎちゃったことはしょうがないとか言ってられるレベルじゃなくやらかしてね?
いや、うん。とりあえず確認しよう。
えーと、アイテム生成、ダンジョンリアクター関連アイテム……あ、あった。1番上に書いてあるな……と、必要REは……1000?あれ?10000じゃないのか?
うーん、リアクター関連のアイテムは割引の対象外とか?謎だな。
まあでも、嬉しい想定外だ。もともと生成するつもりだったし、これは生成してしまおう。
タブレットを操作して、生成処理を完了する。
ストレージを確認すると、ちゃんと中にアイテムが入っているようだ。
取り出したアイテムを見てみる。
パッと見た感想を述べよう。ノートパソコンだ。
開いてみると、キーボードと画面、そして側面からはマウスが伸びている。
キーボードにあるボタンは元いた世界のパソコンよりも少ないようだが、アルファベットや数字、後は矢印やシフト、エンターキーなど、よく使うキーは残っている。
とりあえず地面に置き、試しに起動してみると、画面が立ち上がっていくつかのメニューが表示された。
どうやらこのリアクターコントローラーというアイテム、ステータスタブレットの強化版のようなアイテムで、複数の作業を同じ画面でこなしたり、ファイルを分けて保存したりできるようになって言るようだ。その他にも、簡単なテキストを書く機能もあり、メモや日記として活用できそうだ。
これは、まあ、1000RE分の価値はあるかな。というか、10000でも高くはないような気がする。
にしても、REの計算が合わないのはなんでなんだ?
一応確認してみるか……あ、この所為か。
確認してみると、リアクターコントローラーのREは計算通り10000になっていた。なので、もう一つのアイテム、さっき生成した鏡の項目を確認してみた。すると、そこに書かれていたREは150000RE。所持REの15倍の数字だ。
ってことは、つまりはもともと手鏡の生成には失敗してて、REは消費されてなかったってことなのか?焦ってて表示をよく見ずに操作してたから、気づかなかったのか。
じゃあ、この手鏡は……?
手の中にある手鏡を確認してみた。
……持ち手の部分に、『初期配布(1時間限定、自分の姿を確認してください)』と書いてあった。
次の瞬間、見計らっていたかのようなタイミングで手の中の手鏡がパリンと音を立てて割れ、そのままあれよあれよと言う間に塵になって手の上から姿を消した。
……うん。まあ、謎は解けたから良しとしよう。
あーあ、一人で焦ってマジ恥ずかしいわ。
ま、じゃあ気を取り直して、ダンジョン作成、やっていくとしますか!