3.2話 チュートリアル②
明日も更新します。
『続いて、チュートリアル2、戦闘について、を開始します』
どこかから聞こえる声は、戦闘、と言った。
RPG然としたステータスや、傷つける気満々の剣を見た瞬間から予想はしていたが、やはり何かと戦うのだろうか……?
『切り株から離れてください』
はいはい。流石にあの剣を見たからには一歩引かざるをえない。さっきは元々少し離れてたから良かったが、運が良かっただけだ。不用意に近づけば不幸な事故は免れない。
数秒後、空から降ってきた何かはザスッと音をたてて地面に降り立った。
これは……でかい藁人形?
『そのカカシに向かって剣を振ってください。壊してしまって構いません』
はあ。剣ねえ。
その剣は、そのカカシの後ろにあるBOXに入っているわけなんだけど……、取り出せばいいの?
それともまさか、こっちの映像の剣で斬りつけろってことか?
試してみるか……
武器ボタンを押し、オブジェクトセレクターを先ほどの剣に変える。
軽い。さっきは突然のことで気づかなかったけど、やっぱりこの剣はオブジェクトセレクターの分の重さしかない。
でもまあいい。とりあえず、試してみないことには始まらないしな。
右手に持った剣を振り上げ、カカシに向かってそれっぽく振り降ろしてみる。
さっきの重い剣は重すぎて振り回されていたが、こっちは逆に軽すぎてうまく体重が乗らない。
しかし、あまり威力の出ないそんな振り降ろしでも、剣が良い物だったのか、カカシはスパッと斜めに両断された。
「マジ、か……」
そう、両断された。
切れたのだ。俺が映像だと思っていたこの剣で、現実に存在するカカシが。
試しにカカシを触ってみると、ちゃんと触れる。映像ではない。
次に、恐る恐る剣を触ってみる。しかし、こちらは手がすり抜けた。
「マジでどんな謎技術だよ……」
何回目かもわからない呟きを漏らす。
映像で物体を斬るということは、可能なのだろうか?
けれど、カカシに当たる瞬間、俺は確かに微かな手ごたえを感じていた。つまり、俺の振りに合わせてカカシが壊れたんじゃない。この剣が、カカシを斬ったんだ。
『剣を振る感覚はわかったでしょうか?続いて、実戦訓練を行います』
実戦。読んで字の如く、実際に戦うという意味だ。それはつまり、あの剣で何かと斬り合うということだ。
『今回は、チュートリアルということなので死んでしまっても何の代償もありません。逆に、もしも敵を全て殲滅できたなら、ボーナスが与えられます』
し?
シ?
なんだそれ?
死ぬってことか?
これまでの流れだと、実際に死にそうな気がしてならない。
代償がない?命が無くなるのに?
確かに俺は死んだことはないし、身近な人に死なれたことも無い。けど、命がそんな軽いものじゃないってことくらいはわかる。
死にたくない。
つまり……相手を殺さなくちゃならないってことか?
『広場からは出ないようにしてください。それでは、敵は最初5体、その後、前衛後衛に分かれた3体が追加で現れます。健闘を祈ります』
こんな無機質な声じゃ、全然祈られてる気がしないな……
さて、アナウンスによると敵が来るってことだけど……、できれば小動物みたいなのがいいな……。
目を凝らして周りを見回すと、ちょうど俺の後ろ、テレポーターより更に奥の方からガサゴソと何かがこちらへ向かってくるのが見えた。
右手でオブジェクトセレクターを握りしめ、その音の主が姿を現すのを待つ。
正直、怖い。何が何だかわからないが、単なる脱出ゲームなんかじゃないってことは何となくわかった。もしドッキリだとしたら、相当悪質なドッキリだ。
足音と草をかき分ける音がだんだん大きくなる。
そして、遂にその姿が広場の中へと入り込んだ。
現れたのは、ドッキリ大成功の札を持ったスタッフ……ではなかった。
そこにいたのは……ゾンビ。
皮膚が爛れている者、腕が千切れかけている者、骨が見えている者。
普通なら、特殊メイクか?と思うところだ。
けど、俺にはそんな余裕はなかった。
「ひいぃ!」
近づいてきたそれに向かって、オブジェクトセレクターを向け、武器ボタンを押す。
文字通り串刺し。戦闘を歩いていたゾンビは胸を貫かれ、後ろ向きに倒れる。
一瞬、冷静になった。
俺は、人を……殺したのか?
しかし、そんな思いはすぐに断ち切られる。
後続のゾンビ達は死んだ仲間を助けるわけでもなく、ただ邪魔な障害物を乗り越えるかのようにその死体の上をまたぐ。
その際、一匹のゾンビが、最初のゾンビの頭をぐしゃりと踏みつぶした。
あんなのが人間なわけない。
混乱して躊躇わずに攻撃を仕掛けたから良かったが、ここから先躊躇ったら、本当に殺される。
なら……あいつ等を殺すしかない!
目の前に迫るゾンビ―――仮に接敵した順にゾンビA、B、C、D、Eとしよう―――を躱すため、後ろへと下がる。幸い、ゾンビAが倒れる勢いで剣が抜けてくれたようなので、引っかかって抜けなくなるというようなことは無かった。
次に、俺の方に不用意に手を伸ばしたゾンビBの腕を斬り上げる。特に抵抗もなく切れた腕は、そのまま横に吹っ飛んで行った。
ゾンビBは一瞬顔をしかめ、続いてもう片方の手を伸ばす。
俺は敢えてその腕は斬らず、間合いに入ってきた本体の方を斬りつける。
頭と胴が寸断され、ゾンビBは動きを止める。
普段の俺ならここでもうギブアップ―――胃の中の物全部吐き出して、蹲ってしまっただろう。しかし、今は不思議と動くことができた。
動きの遅いゾンビは俺の動きにはついてこれていない。つまり、この戦闘で俺が負ける可能性は低い。
けど、ボーナスが用意されるということは、簡単にはクリアできないということだ。つまり、次に出てくる3体がよほど強いということだ。
そんなことを考えて集中力が切れていたようだ。ゾンビCの腕が俺を掴み、引き寄せる。
「ってぇ!」
痛みを我慢し、そのままゾンビCを斬り捨て、ついでにゾンビDの足も切り離す。
倒れたゾンビDと、その後ろでもたついているゾンビEを警戒しつつ、チラッとステータスタブレットを見てみた。
HPが2、減っていた。
これが0になった時が、ゲーム的な死ってことか?それとも、実際に死ぬとHPが0になるのか?
試す気にはなれない。
一気にゾンビEに駆け寄り、心臓があるであろう位置を剣で貫く。
何かを踏んだ気がしてチラッと振り向くと、どうやらゾンビDの頭だったようだ。足が気持ち悪いが、ひとまず放置。ゾンビEが動かなくなるまで滅多刺しにする。
ようやくひと段落ついた。
けど、まだ冷静になっちゃいけない。普通になったら、次の戦闘で躊躇してしまう。
興奮しろ。興奮しろ。興奮しろ。興奮しろ。こうふ……グサッ
「っつ!!」
肩に……矢?
痛い。血が出てる。痛い。イタイ。イタイ。イタイイタイイタイ………コロス
矢を引き抜く。凄く痛い。HPが6も減っている。残り12。そんなことはどうでも良い。痛い。ぶっ殺す。
後ろにいたのは、先ほどと同じようなゾンビが2体、そして、見たことのない敵、仮称スケルトンとしよう。
弓矢を持つのはスケルトン。手前のゾンビ2体は共にこん棒を持っている。
厄介だ。前衛を相手にしていたら後衛にやられる。かと言って、後衛を直接攻撃しようとすれば、前衛に邪魔され、後衛にやられる。
だとすれば……!
ゾンビが突進してくる。先ほどのと違って早い!
咄嗟に破壊ボタンを押し、足元に大穴を作って穴に嵌める。
すると次は、スケルトンが弓を引き絞った。
……来た!
設置ボタン!土ブロックを目の前に設置する。
飛んできた矢はギリギリで土ブロックに刺さり、俺には届かない。
ゾンビは穴の中、そして俺の目の前には良い感じの高さの足場。こんなに早くこの状況に持ち込めるとは思わなかった。咄嗟の判断でできた偶然の産物だが、これを利用しない手はない。
助走をつけて、自分で置いたブロックに飛び乗り、そしてそのままゾンビ達がいる穴を飛び越えてスケルトンへと剣を突きつける。
後ろから唸り声が聞こえるが、構わない。スケルトンの腕をぶっ飛ばす。頭をぶっ飛ばす。胴体をぶっ飛ばす。
剣を振たびにスケルトンの体は関節が砕けて、バラバラにぶっ飛んで行った。
後ろのゾンビ達は唸り声だけで何もしてこないので、多分まだ穴に嵌っているのだろう。
スケルトン―――の残骸を殴り続け、気が済んだ俺はふと思い出して後ろを向いた。
後ろには、穴の中で阿保みたいに唸っているゾンビ2匹。
どうやらこのゾンビは先ほどより運動能力と知能は多少高いようだが、それでも1メートルの段差を乗り越える方法が思いつかないらしい。
俺は動かないゾンビ相手に適当に剣を振り、首を切断した。
疲れた。
『勝利おめでとうございます。報酬は、チュートリアル終了後にお渡しさせていただきます。
やっと終わったみたいだ。
長かった。
今の戦闘だけで2時間くらいは経ったような気がする。
まあ実際は十数分程度のはずだというのは何となくわかっているが。
『これで、チュートリアル2、戦闘について、を終了します』
これでチュートリアル2も終了か。
これで終わりか?
結局俺は何をすればいいんだ?
『続いて、チュートリアル3、この世界とダンジョンについて、を開始します』