92.ジャパン国の出陣
【エレナ】
「あなた、何者?」
目の前に突然あらわれた女性に話しかける。その女性はルミナだった。
本来であれば、警戒しなければならないのだが、なんとなく親近感がわき、気を許してしまう。
「私の名前はルミナ。今より30年後の未来より来ました。」
インパルスが問いかける。どうやら、インパルスも敵対の素振りを見せていない。インパルスもルミナという女性に親近感がわいているのだろう。
「未来からだと!?何しに来たんだ?」
「もしや、インパルス様ですか?」
「そうだが…。」
「あまりにも幼い顔をされていて、気付きませんでした。
未来では、かなり渋い男性になってますよ。」
「そんなに容貌が変わっているのか。なら、エレナのことがすぐ気がついたのは、面影が残りまくっているんだな。」
インパルスはエレナをちらっと見た。そして、笑いそうになっている。
エレナはそんなインパルスを見て、不機嫌になった。
「いえっ、エレナ夫人は不老なので、変わらないんです。」
「不老!?」
不老と聞けば誰でも驚くだろう。だが、エレナはそれよりも別の言葉に反応した。
「エレナ夫人!?
私は誰かと結婚するのね!
カインだといいな…。」
最後の言葉はボソッと言っている。しかし、インパルスとルミナには聞こえてしまった。
そしてルミナは後悔する。
エレナ夫人がよく言っていた言葉を思い出したのだ。「この時期にもし、あいつと結婚するって知っていたら、間違いなく、あいつを殺していた」という言葉をだ。
その時のエレナ夫人が語る言葉は怖かった。息子がいなければ、今にでも殺し合いを始めそうな勢いだったのだ。
「えーっと、すいません。どなたとかは私も知りません。」
「嘘ね。」
「嘘だな。」
「はい、ごめんなさい。未来が変わるのが怖いので秘密にして下さい。それと、私と会ったことも、いつか私と会った時に秘密にしておいて下さい。」
「分かった。」
「秘密にするのは分かったわ。でも、お願い!結婚相手だけ知りたいわ。お願い!」
エレナはルミナの肩を掴み、目をキラキラさせながら話した。そして、肩を揺さぶる。
未来と過去でまったく変わらないエレナに好感を持てつつも、あまりのしつこさに少し嫌になる。
昔から、まったく変わっていないのだ。
「ねぇ、やっぱり、カインなの?
ねぇねぇ。」
ルミナはインパルスを見る。
インパルスさん、可哀想に…。
未来の夫であるインパルスをルミナは不憫に思うばかりであった。
「カイン様では、ありません。何故なら、ジャパン国のカイン首相は、この後の戦いで道半ばにして命を落とします。
経過は定かではありませんが、魔王の後継者である女性たちが次々と裏切り、戦ったことだけは間違いありません。」
インパルスの表情が変わった。
「もう少し、詳しく教えてもらおうか。」
「そんなの、あるはずないわ!」
ルミナはツラそうな顔をした。
「聞いた話しによると、カイン首相は、エレナ夫人やウィズ、セレン、クレアの裏切りに合い、マリーナ姫とともに命を落とされます。
今回、私が来た目的は別にありますが、できればカイン首相に生きていて欲しいと願い、あなた達の前に姿を現しました。」
「何故、裏切ることになるんだ?」
「そんなの、絶対にありえないことだわ。」
「呪縛により操られたと話されていました。」
エレナは泣きそうになっている。しかし、インパルスはルミナの別の目的に気になっていた。
そして、ふと気づく。
「何故、ゼリアンの気配がそこにある?」
ルミナは、警戒した。思わず身構えてしまう。嘘をつこうにも、インパルスは確信してしまっている。
素直に話すしかなかった。
「未来にはゼリアンが必要なのです。」
ルミナはインパルスやエレナに話す気はなかった。
未来が変わる可能性を恐れたのだ。
しかし、ルミナは衝撃を受ける。けっして、油断したわけではない。
それこそ、一瞬も油断しなかった。
にもかかわらず、一瞬でインパルスにゼリアンを封じた球を盗られたのだ。
しかし、過去への転移を行い、すぐに奪い返そうとする。
だが、インパルスはその動きにさえ反応した。
ルミナは奪い返すことができなかった。
「なっ!?初見で対応できるなんて!?」
何故かエレナは勝ち誇る。
「だてに音速のインパルスと呼ばれてないわよ。」
「いや、未来のインパルスさんが、自分一人で勝てたことはなく負けっぱなしの人生だったと話してましたよ。それに今のは音速を超えています。」
「どうも、俺たちのことに詳しすぎるな。」
「白状します。私がここに来たのは、インパルスさんの案です。」
「なんだと!?」
「インパルス、何をやっているのよ!こんな若い子をたぶらかして、危険な目にあわせて!」
エレナはインパルスを威嚇した。そしてルミナは禁句を言ってしまう。
「もう若くないですよ。前世からも含めると、もはや還暦近いです。エレナ夫人も、今は精神年齢は40才近いはずじゃないですか。」
「きゃー!!それは言わないで!こっちの世界では、まだ20才にもなってないんだから!」
「そういや、たしかに俺たちはもうアラフォーなのか。」
「エレナ夫人は、未来では精神も時を止めてるので10代だと言い張ってます。」
「エレナ、いつまでたっても成長しないんだな。」
インパルスは笑った。そして、エレナからビンタの嵐をあびる。
その瞬間、手が緩んだのか、ルミナは、なんとかゼリアンの球を奪い返した。
「すいません、もう時間がないので行きます。カインさんの件はくれぐれもよろしくお願いします。」
ルミナは転移し、インパルスとエレナの前から立ち去った。
「最後の、何でゼリアンの球をわざと渡したの?」
「気付かなかったのか?あの子は、同級生だった鈴木瑠美奈だよ。エレナ夫人もという表現を使っていただろう?あれは、自分自身もクロノスナンバーだから、そう表現したのさ。」
「鈴木瑠美奈って、あの成績学年トップの!?」
「あぁ、そうだよ。つい情にほだされてしまってな。」
「人に頼る子ではなかったのに。未来では何かが起こるのね。」
「あぁ。そのようだな。さて、行くか。」
「行くってどこに?」
「ジャパン国軍を率いてリトビアに行く。カインを助けないとな。一緒に行くぞ。」
インパルスは、今までと違う気を引き締めた表情だった。
「私は操られて裏切る可能性が高いのよ?」
「でも、カインが死にそうなんだ。行かない選択肢はエレナにないだろう?何と言っても、助けるための救護員は一人でも必要なのだから。」
エレナはインパルスの申し出が嬉しかった。本当は、自分が行くと問題が起こるのが分かる。
エレナは聖騎士だ。つまり、教会の人間である。
戦争に参加すると、後で問題が起きるのは分かっていた。
カインは、それが分かっていたので、エレナをジャパン国の防衛に回したのだ。
しかし、カインが死にそうなのに、遠く離れたところから見てるだけなんてのは、耐えられない。
だが、聖騎士の立場からは、決して戦争に参加するなどとは言えないのだ。
インパルスは、その思考を正確に読んだ。その上で、救護員としての名目を与えたのだ。
エレナが従軍するハードルは、ぐっと下がった。
「バカインパルスだけじゃ、カインの救護には不安だわ。しょうがないから、私が一緒に行ってあげる。」
「あぁ、よろしく頼むよ。」
(ありがとう、インパルス。)
ジャパン国は、国軍を出陣させた。そして、出陣直前に軍事国家ドグーン国を牽制するため、ジャパン国の防御結界の模擬演習を行う。
例え攻めてきても防御結界がある限りは落とすことはできないとアピールした。
ドグーン国の偵察はその演習を驚愕の表情で見つめ、戻っていく。
インパルスは、後顧の憂いを絶ち、1万の軍勢をリトビアに向けて進軍する。
当初、フィーナ国を通るには戦いが不可欠と思ったが、すんなりと進むことができた。
フィーナ国は、今はローマ帝国の従属国なのである。
そのローマ帝国と戦う軍なので、足止めをくらうと思っていたのだ。
しかし、フィーナ国の残存した軍は、すでにローマ帝国軍へ合流するために進軍したとの情報が入る。
「これは、遅かったか!?」
インパルスは、心の中で呟いたつもりが声に出てしまった。
「大丈夫よ。これ以上のペースは、いざという時に疲れ果てて役に立たなくなるわ。
私たちのペースで歩みましょう。」
不安になったインパルスを、エレナは隣で励ますのであった。
【ルミナ】
「あなたたち、何をしているの?」
リュクレオンは、神になるためのポーズをしているようだ。
それに対して、リオンはツッコんでいた。
それは、変なポーズをする龍に、人が指さしてツッコむシュールな光景だったのだ。
思わずルミナが声に出してしまうのは仕方ないだろう。
「ルミナ様、お帰りなさい。
今、このバカ龍をしつけていたところです!」
「バカとはなんだ、このポンコツ!
龍神への成り方はポーズが大事とか話していたのは、そなただろう!」
「形から入ってみてはと提案しただけです!」
二人は、ギャーギャー騒いでいる。
たしか、離れた時は険悪のはずだったのに、いむのまにやら和気あいあいとしている。
何があったのか分からない。まぁ、リオンにとっては、久々の同族だったので嬉しかったのだろう。
「さてっ、そろそろ時間転移できなくなりますよ。
そろそろ戻りましょう。」
リオンは、名残惜しそうだ。
そんなリオンに対して、リュクレオンは笑った。
「心配するな。龍族は、お主がいれば再興できる。そのための力をやろう。」
リュクレオンはリオンへ加護を授けた。
「これは…?」
「龍王の加護じゃ。本来は後継者の身である儂が授けるのは違反なのじゃが、未来に行くお主なら良いだろう。」
「…。バカ龍…。」
「…。バカ龍人…。」
「なんだと、バカ龍-!」
「それは、こっちの台詞じゃー!」
また二人は、騒ぎ出した。
「はいはいっ。そろそろ行くわよ。
どうかカイン様のことをよろしくお願いします。」
「任せておけっ。そちらの世界のことも頼んだぞ。
こちらの世界の理から外れた者たちよ。」
「気付いていたのですね。任せて下さい。オルヴィスと地球を救ってみせます。」
「頼んだぞ!」
ルミナとリオンは、時空転移をし、消えていった。
「さてっ、儂も行くか。その前に父の元へ顔を出さないとな。」
リュクレオンは、父である龍王へ遺言を届けに飛び立ったのだった。
次回、『93.第一次オルヴィス大戦の勃発』へつづく。