87.ゾルダクス国の腐敗
「さて、まずはバルト三国の情勢を何とかしたい。
アルテミス、アマテラス、ゾルダクス国の軍を退かせることは可能か?」
「現在、バルト三国を攻めている軍は空の姫巫女が率いる軍です。
空の姫巫女を説得しない限り、軍を退かせることはできません。」
「あとは、本国に戻り、国命を発する方法があります。
ただし、その場合は6人の国老のうち、半数の説得が必要となります。」
国老…?
そんな制度があったのか。姫巫女を支える者達なのだろう。
「どちらの可能性が高い?」
「国老です。」
「空の姫巫女です。」
「意見が分かれたか…。それぞれの根拠を頼む。」
アマテラスから、その根拠を話し始めた。
「国老は、自分の利益になることを優先します。
例えば、金を餌にすればすぐに釣れるでしょう。」
「そんなはずありません。国老は、清廉潔白な方たちです。だからこそ、国の指名である戦いを終わらせるには、時間をかけて説得が必要となります。」
「アルテミス、そなたが政争に敗れた理由は分かるか?
国老を信じすぎたのですよ。
あの時、5人の国老がこちらに付いていました。
金で釣ったのですよ。」
「そんなの信じられません。ほぼ全員じゃないですか!」
「そうよ、ほぼ全員よ。あなたは、そこまで追い詰められていたの。
それに国老だけじゃないわ。あなたの身内にもね。」
「身内?」
「あなたの姉よ。まぁ、あの方は色々な思惑があったようだけどね。」
「そうだ、お姉様はどうなったのですか?」
「もちろん、生きてるわよ。だって、あなたを追い詰めた時の指揮は、あなたの姉がとっていたのだから。」
「信じられません!」
「なるほど、事情はよく分かった。おそらくだが、アルテミスよりアマテラスの方がゾルダクス国の内部に詳しいようだな。
それで、空の姫巫女の根拠は?」
「「あの子は脳筋だからです。」」
何故か意見が合わなかった二人が、シンクロしたかのように噛み合った。
「へっ?」
「単純に戦うことが大好きなんですよ。」
「違います、まっすぐなだけです。」
「こちらは意見が一致か。よしっ、三方向から攻略するか。ただ、問題はゼリアンか。」
「ちょっといいかな?」
「なんだい、セト?」
「ゼリアンは僕に任せてくれないかい?」
セトの本心は次にある。
だが、カインは知らない。
「分かった。頼むよ。」
セトはいきなり認められたことに驚いた。敵国であるローマ帝国側の自分を前提とした作戦を承認するとは思わなかったのだ。
「えっ!?ローマ軍である僕の言うことを聞くんですか?」
「ん?提案されたから採用しただけだ。じゃあ、頼むよ。」
セトの本心は違った。しかし、一度、自分からお願いしてしまったのだ。断り切れなくなる。
「分かりました。それでは、一度、ローマ軍へ戻ります。
ゼリアンを止めるには、ミドリーズの力が必要です。」
「ミドリーズか…。なら、これを持っていけ。」
「これは?」
「ミドリーズは洗脳されているのだろう?その洗脳を解くための力を魔石に込めてある。」
「そんなことが可能なんですね。ぜひ使わせていただきます。」
「じゃあ、先に転送させるな。適当な座標にしておくから、何とかしてくれ。お前なら大丈夫だろう。」
「へっ?いやいや、そんな恐ろしいことをって、もう準備し終わってるじゃないですか!」
セトと周りに光の文字が現れる。
「じゃあ、頼んだよ。」
「もっと、優しく扱ってくださ…」
セトは転送された。
「さてっ、ゾルダクス国にはゼリアンがいるため、俺が向かうとしよう。
それと内情に詳しいアマテラスも付いてきてくれ。インパルスとエレナ以外は、空の姫巫女への説得に動いて欲しい。」
インパルスとエレナは、少し驚いた。今、ジャパン国へ戻る必要があるのか疑問に思ったのだろう。
「俺たちはどうすればいい?」
「インパルスとエレナには、ジャパンにいて防衛をお願いしたい。」
「今の情勢では、どこもジャパンを狙ってきませんよ。」
「いやっ、俺は軍事国家ドグーン国がいつ裏切ってもおかしくないと思っている。今は絶好のチャンスなんだ。」
「我々の物資で経済が何とか持っている状況の国ですよ。まぁ、可能性としてないわけではないので、警戒しておきましょう。」
「では、各人、頼む。」
俺はアマテラスと共にゾルダクス国へ向かう。
途中、リトビアには各国の軍が集結しているのが見えた。
「これは…、ジャパン軍も出さないと後で文句を言われるかもしれないな。インパルスへ後で連絡をとって、半分の兵を出陣させるか。」
「カイン様、各国の軍が連合して、どなたが指揮をとられるのでしょうか。」
「さぁな。この場合は最も影響力の強い国となる。だが、どの国も同じような実力だし、共同代表となるかもな。」
「その可能性は高いですね。」
不安だな…。
何かが起こりそうな気がする。
しかし、今はゾルダクス国を片付けないと背後から強襲される可能性がある。
それは避けなければならない。
ここにはツヴァイの名で来ているため、ジャパン国首相がここにいるとは知られていない。
それが吉と出るか凶と出るか…。
まぁ、今は先を急ごう。
「アマテラス、一気にゾルダクス国へ向かうぞ。」
俺はアマテラスを抱きかかえた。
そして転移転送を繰り返す。
道中、ふと気になったことがあった。ゼリアンとアマテラスが対峙した時、手の内を全て読まれている可能性がある。
カインは、そう考え技を一つだけ教えた。しかし、カインの技は難しかったようで習得できなかった。
どうやら、力の使い方が根本的に違うようで、新たな技の習得は困難らしい。
そのまま挑むしかないようだ。
カインとアマテラスは諦めて、また転移転送を繰り返す。
「あっという間にゾルダクス国城が見えましたね。
カイン様、凄すぎます。」
「ありがとう。ここからはゼリアンに隠れて進むぞ。」
しかし、ゾルダクス国の城内に入ろうとして、思わず足が止まった。
「どうされましたか?」
「結界だ。これは感知に特化しているな。」
「大丈夫ですよ。見てて下さい。」
アマテラスは結界へ手をかざす。
一部だけ結界がはがれた。
「さすがだな。」
「この程度なら、造作もありません。私しか知らない特別な侵入方法です。」
だが、俺は気づいていた。
今ので間違いなくゼリアンに侵入を悟られたと。
結界に気づかれることなく侵入者が入ったのなら、それはアマテラスということだ。
何にせよ、すぐに隠れるべきだろう。
「アマテラス、隠れる場所はあるか?ひとまず、そこで身を隠したい。」
「それでしたら、私の隠れ家があります。もう数年も使っていないので、誰もその存在は知らないはずです。」
「なら、そこへ行くとしようか。案内してくれっ。」
俺とアマテラスは、はずれにある館に向かった。たしかに、隠れ家に相応しく、あたりには誰もいない。
その館を除いてだが。
その館からは、あきらかに大勢の人の気配がした。
しかし、あきらかに軍人ではない。
「アマテラス、今は誰が使っているんだ?」
「誰も使っていないはずです。管理はサルバトーレに任せていたし…。まさか!?」
アマテラスは、慌ててその家に入った。
俺も追い掛ける。
家の扉は硬く閉じていたため、壊して入った。
異様な匂いがする。
「これは…、媚香か?アマテラス、空気を浄化するぞ!気をつけろっ。」
アマテラスの顔は少し赤くなっていた。
よくあたりを観察してみると、複数の女の声が、漏れていた。
「カイン様、手遅れです。この匂いを嗅いでしまっては、もう我慢できません。」
状態異常か!?
いや、違う。
これは、媚香の影響ではなく、怒りだ。
アマテラスから怒りを感じた。
「どこだ、サルバトーレ!出て来い!」
老執事は、慌ててやってきた。
服も慌てて着たのだろう。ところどころが、はだけている。
「こ、これはアマテラスさま!何故、こちらに?」
アマテラスの表情は冷たい。
「いったい、ここで何をしている?」
老執事は、汗をだらだらと垂らした。
「し、指導をしておりました。ゾルタクスの教えを請いたいとのことでしたので。」
その時、扉から一人の少女が出てきた。
「サルバトーレさま、お願い。じらさないで…。」
表情を見る。
どうやら、自我が、崩壊してしまっているようだ。
扉の先から、他の少女が見えた。
みな、淫らな状態となっている。
俺は別の扉をあけてみた。その部屋には、金銀財宝の山があった。
「サルバトーレよ、あの少女たちに何をした?そして、あの山はなんだ?」
老執事は、諦めたようだ。いや、開き直ったようだ。
「アマテラス様、私は何も悪くありません。他のものたちも、やっていることです。
金・女・名誉、男ならそれを手に入れようとして何が悪い!
私は何も悪くないんだ!」
アマテラスは、もはや無表情だ。
「黙れっ。」
それでもサルバトーレは、食い下がる。
「私のことを見過ごしていただければ、アマテラス様にこれを差し上げます。」
そこには、多くの人の名前が記されてあった。
そして、恐らく裏帳簿なのであろう。
それだけではなく、他国での頻繁な若い女の奴隷購入履歴も記されてあった。
更にはアルテミスの姉であろう人の名前もそこにあった。
若い奴隷を購入し続け、借金だらけになってしまったのが見てとれる。
俺は思わず呟く。
「これが、聖職者のやることなのか…。」
「カイン様、申し開きもできません。
腐敗していると思いましたが、ここまで腐敗していたとは…。」
アルテミスはサルバトーレへ向き直る。
「サルバトーレよ、汝を太陽の姫巫女アマテラスの名において、命じる。
神聖ゾルタクス国より退去を命じる。」
サルバトーレは懇願した。
「アマテラス様、それだけはご勘弁を。」
「黙れっ。命を取らないだけ良いだろう。
私の気が変わらないうちにここから去れ。」
サルバトーレは、口惜しそうにしながら、その館から去っていった。
アマテラスは、涙を見せた。
「これが、実態ですよ。
どれだけ言っている志が高かろうと中身がついてこなければ、何の意味もない。
だから、私はこの国を変えたかった。
どんな手を使っても。」
俺は頭をなでて慰めてやる。
「分かっています。
その結果、私は焦りすぎてゼリアンへ付け込まれてしまったと。
よく考えれば私の行いも、許されるものではありません。
自分の国民のために他国の命を犠牲にしようとした。」
俺は今まで気づいていなかった。
アマテラスは、後悔の念に潰されそうになっていたことを。
「今はもう気づいているんだろう?」
「私は過去の私たちのしでかした事を後悔しています。
アルテミスも薄々気づいているはずです。
私は何故、他の命を犠牲にしてまで目的を達成しようとしてしまったのでしょうか。
私たちは何故、他の国を攻めてまで志を広めようとしてしまったのでしょうか。
今さらですが、自分がおかしいとしか思えません。」
俺は思い当たる節があった。
賢者の石を作ろうと思考操作をした相手はゼリアンだ。
そして、神聖ゾルタクス国が他国を攻めようと思考操作した相手はソラトだろう。
その罪を背負わせるには、アルテミスもアマテラスもその肩が小さすぎた。
「神の福音を拒みし者として、話す。
汝らの罪を許そう。
ただし、今より人々を正しき道へ導くことを条件にな。」
アマテラスは、泣きそうだ。
「正しき道?」
「その道を模索し、正道を歩むがよい。」
アマテラスは、目を瞑る。
色々な思い出を思い出しているのだろう。
そして、再度、目を開いた時、アマテラスの表情は晴れ晴れとしていた。
「私が、私たちが正道を歩む姿を見ていて下さいね。」
「あぁ、もちろんだ。」
アマテラスは、嬉しそうにした。そして、いたずらっ子の顔をした。
「ところでカイン様。
わたし、媚香のせいで少し目まいがするの。」
アマテラスは、胸の付近をパタパタして、俺を誘惑した。
「やれやれっ。」
俺はアマテラスの頭をはたいた。
「痛いっ。」
「これで、治ったろう。」
アマテラスの気持ちは分かる。
せめて誰かに叱られたかったのだ。
アマテラスは、最初、叩かれた場所に手をさすりながら涙を堪えていた。
しかし、堪えきれず涙を流した。
俺は周囲に向けて状態異常を回復する魔法をかける。
全員が正常に戻った。
しかし記憶はそのままだ。
全員が涙を流し、その館からは、しばらくの間、女性たちの泣く声が途絶えることはなかった。
ゼリアンは、カインが察していたように、カインとアルテミスの動きに気づいていた。
そして、ゼリアンは動き出す。
それは、後世、『ゼリアン革命』と呼ばれる出来事となるのだった。
次回、『88.ゼリアン革命』へつづく。