80.ツヴァイという男
「いったい、どういうことなの!?」
マリーナとセレン、クレアはジャパンへ強行軍でやってきた。
そして、カインがいるはずの執務室へ入る。
そこには、カインの姿があった。
しかし、セレンはすぐに気づく。
能力『千差万別』のおかげて、すぐに人のささいな違いに気づけるようになっているのだ。
「あなたは誰?カインさんは、どこにいるの?」
「まいったな。一応、俺もカインの一部ではあるんだがな。
まぁいい。俺の名はツヴァイ。
カインなら、ウルティアを助けるために冥界へ行ってるよ。」
「「「冥界!?」」」
「そっ、冥界だよ。
ウルティアは、俺たちを助ける際に神としての禁忌に触れてしまった。
神の魂は不滅だが、冥界の番人とやらに捕まると復活できないらしい。
だから、カインは冥界までウルティアを助けに行ったのさ。」
皆、よく分かってはいないが、大変な状況になっていることだけは分かる。
「お兄様を助けにいかなきゃ!」
マリーナの発言にクレアとセレンは、うなずく。
「いったい、どうやって?
俺も一緒に行きたかったが、手段がなくて困っているんだ。」
そこにエレナが入ってきた。
「戻られたんですね。
お帰りなさい。」
「ただいま、戻りました。」
クレアは、お辞儀する。
マリーナとセレンは、面識がなかった。
クレアはふと思う。
カインの心友であるインパルスがいない。
「インパルス様はどちらに?」
「私とセットにしないで欲しいわね。
まぁ、いいわ。インパルスならジャックと共に行方不明よ。」
何をしようとしているか何となく分かった。
ウルティアを消失させた原因へと向かっているのだろう。
「ツヴァイさま、よろしければ何が起こったのか最初から話していただけませんか?」
ツヴァイはためらった。
話した後にこのメンバーは、どんな行動を取るのか分からない。
インパルスを追いかけて出ていってしまう気がする。
もし、途中でゼリアンに会ってしまい能力を吸収されたら、やっかいだ。
まぁ、ここにいるメンバーは話さなければ納得いかないだろう。
仕方ない、話すとするか。
ツヴァイは一同に経過を話し始めた。
しかし、所々が抜けていて、ウルティアが消失した原因がよく分からない。
話しを聞き終えて、真っ先に動いたのは、意外にもセレンだった。
「お願い、ウロボロスさま。聞こえているんでしょ?話しを聞かせて!」
『なんだい、セレン。
僕はまだ眠いんだ。』
一同、驚く。頭の中に直接、声が響くのだ。
「事情を知っているでしょ?お願い!冥界へ行きたいの!」
『人の体では無理だよ。』
「なら、魔王ならどう?」
『あー、魔王なら行けるね。でも、今は魔王にしてやれないよ。僕の力は僅かしか残っていないんだ。』
「それなら、全員が魔王化して向かうのはどうですか?」
ウィズが顕在化した。
あえて正体は聞かない。
カインの体から出てきたのだ。
つまりは、ツヴァイと同じような存在なのだろう。
『ウィズ、たしかに可能かも知れない。だけど、魔王化は時間が決められている。冥界へたどり着く前に死ぬよ。何より冥界へ行くためには悪魔界を通る必要があるんだ。そんな状態じゃ、途中で魔王化がとけて、身も心も悪魔になってしまう可能性もある。』
「なら、カインはどうやって向かったの?」
『それは教えても仕方ないことさ。何故なら、カインにしかできない手段だからね。
それにしても、執念ってやつなのかな。
もし現世に戻ってきたとしても、自我を保っているか、はなはだ疑問だけどね。』
マリーナは、今まで黙っていた。
ずっと、考え込んでいたのだ。
「私は私にしかできない方法で向かうわ。」
マリーナは、魔王化した。
嫉妬の魔王だ。
そして、そのまま悪魔界へ向かった。
「おかしいな、嫉妬の魔王だった頃の記憶は失っているはずだが。」
ツヴァイは不思議がるも、事実として受け入れた。
マリーナは、自身が嫉妬の魔王であることを認識している。
あの戦いの記憶は消してあるはずだ。忘れたのではなく消したのだから、戻ることはない。
まぁ、考えても仕方ないとツヴァイは自分自身を納得させた。
『ところでだけど、ゼリアンは止めなくていいのかい?
早く止めないと人間はどうなるか分からないよ。』
「ゼリアンの目的は唯一神になることさ。すぐに何かを起こすことはないよ。」
一同が扉の方を向く。
そこになセトがいた。
「やぁ、初めまして。それと久しぶり。」
「どなたですか?」
「アテナの弟ですよ。セレンを探していたのですが、ウロボロスと会話しているならちょうどいい。
ウロボロス、交渉だ。過去を改変したい。」
『できるわけないだろう、そんなこと。』
「いいや、君ならできるね。
やらないだけだ。
まぁ、いい。
それなら、過去を見させてくれっ。」
『何で僕が君なんかのお願いを聞かなきゃいけないんだ?神の福音を受けし者よ。
僕らとは相容れない存在だろう?』
「もちろん交換条件だよ。
神力の回復でどうだい?ダメなら…。」
この場にいる全員へ鉄の針の山が一瞬で現れ、全員の首元で止まる。
「「なっ!?」」
「ここにいる全員の命を絶つ。特にセレンがいなくなるのは痛いだろう?」
全員が動けない。動けば即座に殺されると思えるぐらいセトの威圧は凄かった。
『相当、追い詰められてるね。
拒否しても構わないんだが、ちょっと興味が湧いてきたよ。
いいだろう。過去を見せてあげよう。
倒す糸口を探したいんだろう?』
ツヴァイが口を開いた。
「俺は知っているからパスする。その代わり、ここにいるセレンとクレアとエレナに見させてやってくれないか?
ウィズも解説してあげてくれ。何か倒すための糸口が見つかるかもしれない。」
『いいでしょう。』
一同はツヴァイを残して過去を見るためにウロボロスの所へ転送された。
ツヴァイは、一人のこる。
リュクレオンは、神力を使える味方を増やすために青龍のところへ向かっている。
「さて、お目付役は全員いなくなった。
さてっ、今のうちに歩を進めるとするか。」
ツヴァイは手紙を書く。
宛先は、各国の首脳だ。
今、各国はローマ帝国軍の上空からの攻撃に恐怖している。
しかし、この国にはその心配がない。
カインも飛行部隊を作ろうとしたが、俺が断念させた経過がある。
何故なら、気づいたからだ。
雷の攻撃では高さが足りない。
太陽光を使った『サンレーザー』では屈折のための距離が足らない。
無敵と思える超長距離攻撃のはずが、弱点があった。
そして、上空にいるからこそ、攻撃を受けた時は壊滅する。
俺はそれを実証しよう。
各国への手紙の内容はシンプルだ。
「ジャパン国には上空のローマ帝国軍を攻撃する術がある。今こそ、我々は手を取り合うべきではないか。」
各国は、この言葉にすがりついた。
何故なら文明先進国のジャパンの申し出である。
ローマ帝国軍の新兵器を更に上回る新兵器を考えているに違いないと思ったのだ。
まさに藁にでもすがりたいぐらいの気持ちだったのだ。
ツヴァイは、対ローマ帝国同盟を各国と締結した。
そして、見晴らしのよい荒野でローマ帝国の空戦部隊と対峙する。
カインの姿ではなくツヴァイの姿だ。
ローマ帝国はツヴァイを認識できていない。対象が小さすぎるのだ。
ツヴァイの転送は、知っているところと見えているところに物を送れる。
まず水レンズで望遠鏡を作り、空戦部隊を目視した。
そして、魔導師たちに魔力を分けてもらいながら、近くの大岩を空戦部隊の更に上空に送っていく。
空戦部隊の更に上空から大岩は降り注ぎ、空戦部隊は大岩と衝突を起こさせていった。
避けようとしても、避けた大岩は元の上空へ転送を繰り返すため、避けさせない。
無限ループなのだ。
ツヴァイは人のいない場所へ墜落するよう岩をぶつけ続け、墜落場所を調整していく。
ローマ帝国の属国となった主要都市だ。
ローマ帝国の本国までは届かないため、近隣諸国ではあるものの、ローマ帝国にとって大打撃を受けてしまった。
属国の主要都市は大打撃を被った。
そして、進軍していたローマ帝国軍の空戦部隊は文字通り壊滅することとなる。
ローマ帝国内では当然、責任論が起こる。
アテナとグラウクスの本体は征服した城へ留まっていた。
そして、その報告を聞いた際に驚いた。
空戦部隊は初見しか投入する気がなかったのだ。
何故なら、グラウクスが予想していた弱点の防御策が完成するまでは諸刃の剣と分かっていたからだ。
つまり、空戦部隊はアテナの指示を守らず暴走してしまったことになる。
それは専制ローマ帝国にとって、ありえない出来事だった。
そして、二人は気づく。誰かの謀略にはまってしまったのだと。
相手が誰だか分からない。ソラトが裏で暗躍しているなど、想像の範囲外であった。
主要都市の大打撃や、空戦部隊の全滅はローマ帝国の内部に衝撃を与えた。
そして、不満が爆発する。
その矛先は、賢者グラウクスとなってしまった。
そしてグラウクスは罷免されてしまう。
この出来事により、アテナは一人となってしまった。
セトやグラウクスは優れた将だった。何よりアテナは指導者として優れていた。
しかし、ローマ帝国は巨大になりすぎてしまったのだ。
もはやアテナ一人ではローマ帝国の全てを取り仕切ることは不可能となってしまう。
そのため、権限委任をせざるを得なくなってしまい、ローマ帝国の統率力に綻びが生じる。
そして、少しずつローマ帝国の暴走が始まり出した。
アテナは、望んだ形ではない連合軍との戦端を開くこととなってしまう。
それはローマ帝国と連合軍にとって、不運な出来事となってしまうのだった。
ツヴァイは、空戦部隊の全滅を見届けると各国から称賛された。
それはツヴァイの策を採用したジャパン国の首相の評価もあがることとなる。
それほどローマ帝国の空戦部隊は脅威だったのだ。
それと同時に、この攻撃手段はジャパン国しか持つことができない。
最新技術での攻撃ではなく、人の力を頼った攻撃だからだ。
ツヴァイは、この瞬間に各国と優位な同盟となるよう文面を作製していく。
それはあっという間の出来事だった。
こうしてジャパン国は、連合の中で最も発言力のある国へと変貌していく。
本当は最新技術による攻撃手段も用意はしていたのだ。
超長距離の魔導砲だ。
あえて、その技術を出さずに人の力を使ったのは、このためだった。
各国はツヴァイの謀略に見事にはまってしまった。
次回、『81.女神ウルティア』へつづく。