76.白虎襲来
「よし、だいぶ体調がよくなったぞ。
アテナはどうだ?」
「あぁ、おかげでだいぶ良くなった。」
ムリをしているのが分かる。
なるべくなら、もう少し休ませたいが、そうもいってられない。
「アテナ、危なくなったら、俺が守る。
なるべく離れるなよ。」
アテナは笑った。
「大丈夫だ。いざとなれば、方法がある。」
俺は表情を暗くする。
「それを使わないで欲しいんだ。」
アテナは俺の想いに気付いたようだ。
「分かった…。なら、そうさせてもらおう。」
アテナは弱っていた。この状態で魔王の力を降臨させると体がもたないのを自覚しているため、カインの申し出に従うこととした。
「さて、これからの方針だが、獣人と人間の争いをまず止めたい。
そして、ゼリアンを止めに行くぞ。」
「たしかに、すぐにゼリアンと戦う力がない以上、それにしかないな。
それで、どうやって止める?」
俺は拳を突き出す。
「もちろん、これでだ。」
アテナは意外そうな顔をした。
「民主主義国家の首相としては、話し合いから始めるべきではないのか?」
「拳で語るのさ。
っというのは冗談で、彼らのルールに従うだけさ。
獣王の決め方は知っているな?
彼らは知能が低いものもいる。だから、選挙の代わりに拳で次の王を決めるのさ。
仮に選挙をしたとしても強い者がいいといって、結局は拳で決めることになる。
これもある意味、民主主義の形なのさ。
まぁ、だいぶ広い解釈であることはいなめないがな。」
「広すぎる解釈だな。
まぁ、そう捉えることもできなくはないか。」
「自分でもそう思うよ。さて、拳で語るために、今やっている拳闘大会に出るか。
二人一組のようだから、二人で出よう。」
「私もか?拳は苦手なのだが。」
「基本的に、俺一人で戦うから大丈夫さ。色々と試してみたいこともあるしな。」
そして、二人は町中を歩き拳闘大会へ申し込むこととした。
「おっ、噂のエルフのつがいか?強い奴らは大歓迎さ。今からなら飛び入り参加になるが、君たちなら大丈夫だろう。
この大会は、ただひたすら勝ち抜き戦だ。一番、多く勝った者と最後に残っていた者が、最後にもう1度戦い、勝った方が優勝者になる。」
受付の獣人は、満面の笑みだ。
純粋に強い者の参加が嬉しいのだろう。
この拳闘大会には、賭け事などない。ただ強い者を見たいだけで、大盛り上がりである。
マイクパフォーマーの女性が盛り上げる。
よく見ると、ジャパン製のマイクを使っているな。
こんなところまで、うちの製品が使われているのは嬉しい。
「さあ、予選大会に久々の飛び入り参加だ!
噂のエルフのつがいがやってきたぞ!エルフのツヴァイとアンだ。対するは、馬人ケンタとロウス組だ。」
馬人。
上半身が馬で、下半身が人だ。普通は逆の気もするが、そういうものなのだろう。
俺はアテナを後ろに下げさせる。
そして、一人で戦う仕草を出した。
「おおーっと。なんと、ツヴァイは一人で戦うようだ。」
相手は少し怒っている。通常だと獣人は人の5倍は強い。
だからこそ、練習になる。
「光の闘気!」
俺は光の闘気をまとう。
20倍のブーストをかけた。
獣人たちは本能で悟る。
自分たちよりも、格上の存在だということを。
ひるんだその瞬間を俺は見逃さなかった。
一気に傍まで近づけ、一撃で沈めていく。
「おぉーっと!これは意外だぁー!まさかの勝負は一瞬でついたー!!」
会場中が騒ぐ。
「やるなぁ、エルフの兄ちゃん!」
「いいぞー、もっとやれー!」
観客が一気に味方になった。
続いて、獣人がどんどん現れるが、一撃で決着が着いた。
そろそろスタミナがきれてきたな…。
気がつくと肩で息をしていた。
「さぁ、続いては前回の覇者、虎人のタイロンとその息子のタイセイだー!」
白い虎型の男たちが出てきた。
息子はともかく、タイロンは明らかに今までと格が違う。
「タイロンさま-!」
「うぉー!!タイロン様だー!」
物凄い歓声だ。
相当の人気者らしい。
「今まで1対1をされていたが、今回もそちらの女性が参加しないのなら、私一人で戦いましょう。」
「俺は1対2でもかまわないぞ。」
「私にもプライドがあるのですよ。」
「お好きにどうぞ。」
「おぉーっと、なんとこの大会のルールを無視!二人は1対1で勝敗を決めるつもりだぁ。」
俺たちはかまえる。
小手調べに懐に入り、攻撃を加えた。
「いきなりの悪手ですな。」
タイロンの気配が変わった。
さっきまで力を隠していたようだ。
俺は本能で脅威を感じる。慌てて距離をとろうとしたが手遅れだった。
「虎視眈々:起」
なっ!?
体が動かない。いや、あまりのスピードに時間がゆっくり感じてしまっているだけか!
「承!」
必殺の一撃が俺の腹を襲う。とんでもない衝撃に襲われた。
「転!」
左手で頭を掴まれ、地面へ叩きつけられる。
「結!」
とどめの右手から放たれる一撃を上段から叩きつけられた。
俺の血が飛び散る。
観客にはこの動きが見えていない。
突然、俺が地面に倒れ、血が飛び散っているように見えた。
実力者たちは、かろうじて動きが見えたものの、正確に何をされたのか分からない。
それはアテナもだった。
あまりの予想外の出来事に、不安そうな顔をしている。
「おおーっと!何が起こったんだ!?気づいたら、ツヴァイ選手が倒れている。試合終了かー?」
「ま、まだだ…。」
なんとか、起ち上がるもののフラフラだ。
これ以上は、生命の危機を感じるが、ここで負けてしまっては、この国ではもう何もできなくなる。
この男は獣王ですらないのだ。
「今のを耐えるとは、なかなかやりますね。次は手加減しませんよ。」
「おいおい、今のが手加減したレベルなのかよ。タイロンさん、あなたは何者なんだ?」
「もちろん手加減はしましたよ。私の正体?この国では有名ですよ。この国の守護者です。」
タイロンは右手をあげる。
気を溜め始め、さらに力があがった。
その瞬間、観客の歓声が起こる。
「タイロンさまー!」
「うぉぉぉー!」
凄い人気だ。
ウィズが話し掛けてくる。
『報告:今のままでは確実にやられます。例の技を試してみてはいかがですか?私がサポートします。』
ツヴァイも話し掛けてきた。
『このままでは、絶対に勝てないぞ!一か八かで試すぞ!』
仕方ない。使った後の反動が怖くて試せなかったが、やるしかないか。
「俺もとっておきを出すよ。」
「ほう、楽しみですね。さっさと出さないと死にますよ。」
タイロンは、余裕だ。
「くっ、絶対にひと泡吹かせてやる。」
「ひと泡吹かせて終わりですか?それは勝つことを諦めたということですよ。朱雀から聞いた程の男ではありませんね。」
俺はその瞬間に悟った。
「お前、白虎か!獣人じゃないじゃないか!
ちくしょう、もう意地だ!見てろっ!」
グリードが降臨した朱雀。朱雀とは四獣だ。その他にも3体いる。そのうちの一人が白虎だ。
「やれやれ、鈍いですね。さぁ、私に可能性を見せてみなさい。」
「右手に光の闘気!左手に闇の闘気!」
右手に白い光が集まり、左手に黒い光が集まる。
「いくぞっ!うぉぉぉぉぉお!」
2つの色のオーラが俺を中心に渦を巻く。
俺の力が40倍になる。
自分でも分かるほど、凄い力を感じる。
「いくぞっ。」
タイロンは、まだ余裕の笑み浮かべた。
「少しはやるようになりましたね。だが、まだまだですよ。」
俺の攻撃は軽くいなされる。
殴ろうとする。足を払われ、倒れそうになる。
蹴ろうとする。頭を殴られ、フラフラになる。
「はぁはぁ。まだ、ここまで差があるのか!?自信がなくなるぜ。」
「いえいえ、自信を持っていいですよ。ただ、世界は広い。あなたの力はまだまだということですよ。」
「そうかい。なら、これでもくらいな!」
俺は両拳にオーラを集めた。他の場所が弱くなるが捨て身だ。
「勝利のためにリスクを負う。なかなか悪くない判断ですね。ただ、甘いっ。」
タイロンに両拳を掴まれた。
「そんなバカな!?」
「手加減しますよ、死なないで下さいね。」
腹への一撃を入れられた。軽く放ったはずの一撃だが、衝撃波は観客席まで突き抜ける。
俺は後ろに倒れそうになったが、その時、アテナの顔が見えた。
心配そうに俺を見ている。そして、その目が語っていた。
「カイン、がんばれっ。」
俺は意識を失いかけたが、なんとか倒れずにすんだ。
「やりますね。ただ、もう限界でしょう。そろそろ降参しなさい。死んでしまいますよ。」
俺はアテナの顔を見る。そして、タイロンへ向き直った。
「男には、逃げちゃいけない時がある。俺にとっては、それが今な気がするんだ。だから、負けるわけにはいかない。」
「威勢だけでは、どうにもならないでしょうに。分かりました。次の一撃で最後にしましょう。」
タイロンは、この戦いに終止符を打つつもりだ。
俺は、このままでは負ける。
白と黒のオーラを別々に使ったのではダメだ。
同時に使うだけでもダメだ。
残された方法はオーラの融合か?
試したこともないし、考えたこともなかった。でも、今やらなきゃ、もう終わる。
アテナの前では、俺は強い者でなければならない。
このままではアテナは破滅する。アテナを救うためには、前を歩く誰かが、その業から助けてあげなきゃならないんだ。
俺は自分自身の魂に誓ったろう?全てをかけて贖罪をすると。
誰かを救い続けることが俺の贖罪なんだ。
俺はカインであってカインではない。ただ、それだけは魂が譲らせてくれないんだ。
能力が封じられている?
関係ない。真の強者は、そんなものは関係ないんだ。
ただの人だ?
関係ない。真の強者は、そんなものは関係ないんだ。
白?黒?混ぜたら灰色だな。
まるで泥だ。
泥まみれでもいい。
その中から立ち上がる者こそ、真に光輝ける資格があるのではないのだろうか。
俺の周りでとぐろを巻いていた白と黒が混ざり合っていく。
俺はきれいな者じゃない。欲に溺れ、自責の念に溺れた愚か者だ。
それでも、前に進む者でありたいんだ!
白と黒が混ざり灰色となった。そして、その中から黄金のオーラが現れていく。
「俺は、まだ諦めちゃいない!」
全身が黄金のオーラに包まれた。
そして、気づく。
マズい!能力を封じられている状態では、制御できない!
『だ、だめだ…。』
ツヴァイは意識を失った。
『せ、せめて…。』
暴走だけはさせないよう、ウィズはなんとか形だけは整え、ウィズも気絶した。
俺も意識を手放してしまうが、力の放出は止まらなかった。
白と黒が混ざり、混沌と化した光は、黄金の輝きへとなる。
リュクレオンが話しかけた。
「おーい、全員、気絶しとるのか?
仕方ない。なら、体を少し借りるとするか。ん?オートモードになっている?マズいぞ。えぇい、せめて観客に行かないよう制御しなくては。」
俺の体は暴走を始めた。
「…。その光、どれほどの力か見せてもらいましょうか!」
タイロンは俺の体へ一気に近寄った。
「虎視眈々:起!」
タイロンは驚く。攻撃を仕掛けた瞬間、自分の時間がゆっくりしているのだ。俺の体の反応の方が早かった。
俺の体はタイロンを蹴り飛ばす。それだけで大ダメージを与えた。
俺の体は黄金の闘気の効果により×20×20となっている。
仮にステータスが1000だとしよう。光の闘気で20000となる。そして、さらに20倍なのだ。
つまり、俺の体は400000となっている。
ぶちっ。
タイロンの目が変わった。
「上等だ、このやろう!」
観客の中の何人かが驚く。
「ヤバい!タイロン様がキレた!逃げ出せっ!」
「マジか!?こんな会場、吹っ飛ぶぞ!」
タイロンは神力を集めだす。
タイセイは止めようとした。
「ち、父上、それは…、うわっー!」
タイセイは神力の波に吹き飛ばされた。
「暴虎馮河!」
俺の体も呼応する。
その瞬間、後ろで小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ。」
アテナの声だ。
俺は思い出す。
「危なくなったら、俺が守るよ。」
俺がアテナを危なくしてどうする。
一瞬だけ、我を取り戻し、体をコントロールする。
「吹き飛べっ!」
お互い空高く飛ぶ。そして、空中で互いに力を込めた一撃を放った。
神力と黄金の闘気がぶつかり合い、光が爆発する。
会場中を衝撃波が襲った。
そして、二人は、そのまま地面へ落下する。
お互い受け身を取れず、地面にクレーターができた。
互いに何とか気力で立ち上がる。
「や、やるじゃないか。」
「あなたこそ。」
お互い足がガクガクしている。
「正直、驚嘆しましたよ。」
「まさか、あれを受け止めるとは、こちらこそ驚嘆しましたよ。」
タイロンは、俺に握手を求めた。
そして、俺も握手に応じる。
お互いの目が光る。
キラン。
握手した反対の手でお互い殴った。
そして、また吹っ飛ぶ。
「友好の握手だろ!何を殴ってるんだ!」
「そっちこそ!殴る気マンマンだったろう!」
お互いもはや神力も闘気も使えない。
体力も底を着いている。
もはや、立っているのは意地だけだ。
近くに立って殴り続ける。
だんだん、苛立ちよりも笑みがこみ上げてくる。
「ふはははっ。」
「あはははっ。」
観客達は、強者の二人のただの殴り合いを見て、微笑ましく思い拍手をする。
そして、閉会時間ギリギリまで二人は殴り合い、二人は前のめりに倒れた。
「な、なんとドロー!あのタイロンと引き分ける猛者が現れた-!その名はツヴァイ!我々は二度とこの名を忘れぬでしょー!」
「うぉー!素晴らしかったぞ!」
「感激だー!」
「お前ら、最高だぜー!」
この戦いは、獣人の間を駆け抜け、その夜の酒の肴になった。
次回、『77.ウルティア無双』へつづく。