71.アテナの憂鬱
【アテナ】
はぁ…。
帰国してから、この問題で何度目のため息をついてしまったか分からない。
問題の原因は、私の弟になる。
「お姉様、お願いがあります。
マリアさまと婚姻を結ばせて下さい。」
「セト、何度も言っているが、
マリア嬢は、国賓として迎えている。
それは認められない。」
「いったい、どれほどの勲功をあげれば認めていただけるのでしょうか。
私の想いは、日ごとに増すばかりです。」
弟のセトは、茶目っ気に話してきた。
しかも、今は勲功の儀の最中なのである。
大勢の家臣たちのいる場所で、何度もわがままを言っているのだ。
目で、その態度を慎むように、促した。
セトの姿を見ると、時々、何を考えているか分からない時がある。
ただ、少しだけ、カインに対抗心を燃やしているような気がする。
ジャパンへ向かう時、やたらとついて行きたがったことを思い出す。
正直、その心情は私にすら分からない。
セトは、腹違いの弟である。
王位継承権を賭けた戦いの際、真っ先に私の側へ付いた。
それだけではなく、表明と同時に、この戦いによる王位継承権を対外的にも放棄したのだ。
理由を聞いたことがある。
「お姉様以上に、この国を統べるに相応しい方はいませんよ。
何よりお姉様に従っていた方が、この後おもしろそうですしね。」
まぁ、反抗の意志は示していないし、そのまま生かすことにした。
その後、セトは何度も勲功をあげることとなる。
そして、必ず勲功の儀で最初に無理難題を言い、次に本当の願いを言うのだ。
弟である以上、厳しくするべきだが、勲功者としても申し入れなので、受け入れるしかない。
今回もそうだろう。
また一つ、総大将として国を落としてきたのだ。
それも飾りではなく、自ら先頭に立っての出陣だ。
セトの能力の高さがうかがえる。
「セト、先程の願いは叶えられない。
他の願いを申し出てみよ。」
セトは、笑う。
どうやら、このやり取りが好きのようだ。
「では、次の願いを言います。
私を神聖ゾルダクス国へ潜入させて下さい。」
思わず立ち上がってしまった。
周りの家臣たちも動揺した。
家臣が発言する。
「お待ち下さい。
セト様が離れると、軍の監督者がいなくなります。」
「それなんだが、いい人材を見つけたんだ。
紹介しよう。
ドレイク、ボロディン、こちらへ。」
ドレイクとボロディンは、現れた。
二人はフィーナ国の歴戦の将である。
この国でも有名な人物だった。
「この二人になら、安心して任せられる。
何より、忠義に厚い二人だ。
フィーナ国を吸収した我が国にも、
そのままの忠義で働いてくれる。」
家臣は黙る。
二人の忠義は有名だ。
しかし、最後はフィーナ国への攻撃へ参加している。
やはり、信用できない。
この二人では軍をまとめられないだろう。
「皆の表情からすると、納得しなさそうだね。
じゃあ、グラウクスに頼むよ。」
家臣たちもグラウクスなら安心だ。
そして思う。
また同じパターンで納得させられてしまった。
茶目っ気のある笑顔を見ていると、
どうも言うことを聞いてしまう。
「ところで、何故、神聖ゾルダクス国に潜入したいんだ?」
アテナはセトへ問いかけた。
そして、セトは先程の茶目っ気のある笑顔から、真剣な顔となる。
「(お姉様、この世界のことわりを変えようとする者が、現れました。
かの者も向かっておりますが、予定外の者も現れています。
今は国同士の戦いより、世界を守るためにそちらを優先すべきです。)」
日本語だと!?
「(セト、君はいったい…。)」
家臣たちは何を話しているか分からない。
「(お姉様、私は貴方の味方ですよ。
それとですが、かの者とはカイン首相のことです。)」
思わず、ドキッとする。
これは恋にも似た感情だ。
だが、それ以上に前の屈辱心が恋心を上回った。
カイン王へ遅れをとりたくない。
「セト、潜入を許可する。」
「ありがとうございます。
それと、捕虜としていたミドリーズを連れていきたいので、ご許可を下さい。」
マジメな顔で話された。
これは最初から本心なのだろう。
「ダメだ。
付き人は、こちらで指定する。
それ以外は、絶対に、絶対に、絶対に認めん!」
グラウクスは、ため息をついた。
日本語は、分からない。
だが、あの口調はあきらかにカイン首相が絡んだ時の口調だ。
アテナ女王は、カイン首相が絡むと、少しだけ、子供っぽくなるのだ。
そして、あの話しぶりからすると、次の行動はもう読める。
グラウクスは、改めて、ため息をつくのだった。
アテナは自室に戻ると、旧友であるセレンのもとへ転移した。
「セレン、頼みがある。
きてくれっ!」
「ア、アテナ!?」
たった、それだけの言葉しか言わせず、また転移してアテナの自室に戻った。
「後生のお願いがある!
頼む!」
アテナは必死な顔をした。
セレンは、何も聞いていないのに、アテナの想いに負けてしまった。
翌日。
コンコン。
「セト様、アテナ様からのご指示により、
お供をさせていただきます、アンと申します。」
赤い髪のエルフだった。
絶世の美女である。
「あの、アテナお姉様…。
その恰好はいったい…。」
アンは、慌てた。
「いえっ、よく似ていますが、
私はアンです。
さぁ、神聖ゾルダクス国へ向かいましょう。」
セトは、ため息をつくのだった。
カイン首相が絡むと、何故こうなってしまうんだろう。
人の感情は、まだまだ理解しきれない…。
【グラウクス】
コンコン。
アテナの執務室から、ガタンゴトンと音がした。
アテナの執務室に入る。
そこには、アテナがいた。
「いかがされましたか?」
グラウクスは、お辞儀をする。
そして、資料をアテナへ渡した。
「こちらの国の作法と、これからの予定をまとめておきました。
どのくらい先の予定表が必要となるか分かりませんが、覚えておいて下さい。」
アテナは、資料の多さに少しだけ涙目だ。
でも、真実は言わないよう約束してしまった。
グラウクスは、部屋から出ようとして、ふと立ち止まった。
「アテナ様、いつ突然の来訪があるか分かりません。
常にその恰好でいて下さいね。
それと、違う恰好になられた時に説教です。」
セレンは思う。
グラウクスは、絶対に気づいている。
会う前からバレてしまった…。
昨夜、アテナに『千差万別』の能力で、
アテナでいるようお願いされたのだ。
『千差万別』の能力なら、アテナと同じ能力や思考もできる。
書類の山を片づけていくのだった。
アテナの執務室から出たグラウクスは、考える。
アテナは、何も言わなかった。
そして、軍は私に預けられている。
全権委任を受けている状態だ。
グラウクスは思い出す。
フィーナ国やジャパンで見た数々の文明開化を。
魔石による圧倒的な技術力を。
そして、魔石を使った戦い方を。
イメージする。
空を飛び、
圧倒的な遠距離から攻撃、
攻撃を受けても防御結界…。
グラウクスは実現することとなる。
この後、ローマ帝国に空飛ぶ軍隊が誕生した。
グラウクスは、地図を見る。
小国の三国だ。
そして、戦争がはじまり、ゾルダクス国も参戦しようとしている場所となる。
空飛ぶ軍隊は、そこで実戦投入される。
守る側にとっては悲劇を。
攻める側にとっては喜劇を。
ローマ帝国は強い。
しかし、更に、急速に、ローマ帝国は強くなるのだった。
そして、この戦い以降、各国は強すぎるローマ帝国に対して、対ローマ帝国同盟を組むこととなる…。
次回、『72.『全知全能の男』』へつづく。