70.断罪の刃グリード、再び。
「やぁ、カインくん。」
俺は、この男を見る。
『断罪の刃』グリードだ。
以前と姿は変わっていない。
しかし、実力が圧倒的に変わっている。
理由はすぐに分かった。
神力を常時まとっているからだ。
グリードとのことを思い出す。
この男との出会いは、最悪だった。
俺を殺しにきた暗殺者。
なんとか、これからの可能性を見せて、戦闘狂の本能をくすぐることで見逃してもらった。
その後、武闘大会での決勝。
俺は力の使い方を覚えて、圧勝する。
それほどまでに力の差があった。
そして、今。
グリードは、今の俺より強くなって、目の前に立っている。
まぁ、いつでも逃げ出せるから、殺されることだけはない。
「いったい、何があったんですか?」
「それは、こっちも聞きたいな。
今なら分かる。
君の持っている力は、異常という言葉ではすまされないよ。」
「驚きました。
どこまで見えているのか、気になりますね。
それなら、お互い余計な詮索はやめませんか?」
「そうだね。
何より君の方が手札が多そうだ。
どうだい、久しぶりに戦わないかい?」
「きっと、そう言うだろうと思って、一人できたんですよ。
ただ、遅いと心配してしまうと思うので、短時間だけですよ。」
俺は剣をかまえた。
刀身を魔石と例の謎の物質を混ぜ、刃が欠けることがなく、かつ魔力に満ちた魔剣だ。
もはやチートの剣といっていいだろう。
俺はこの剣の名を『エデンの魔剣』と名付けた。
「さすがだね。
やっぱり僕たちは、相性がいいんだね。」
グリードも剣をかまえる。
石が一つだけ、ついていた。
俺のを魔石と評するなら、その石は神石と評していいだろう。
神力が溢れていた。
すでに、チートの魔剣といえども、魔石の量でなんとかギリギリ同じレベルの剣となっている。
いつか、魔石から神石に変わって欲しいものだ、
「始めようかっ!
雷帝降臨!」
俺に雷が落ちる。
そして、剣に雷が宿った。
雷速の攻撃だ。
閃光が起こり、グリードを攻撃する。
しかし、突然、俺にだけ突風が襲い、風の壁に阻まれた。
まさか!?
風の力だと!?
「神力を手に入れた時に、風の力を手に入れてね。」
さらにグリードはその場で剣を振り抜く。
真空の刃がカマイタチとなって襲ってくる。
マズい!
「雷同化!」
思考高速化も併用する。
俺は一瞬でグリードとの間合いをつめた。
罠とは気づかずに。
グリードを斬ろうとして気づく。
いつのまにか別の次元に飛ばされていたと。
「五感で味わうがいい。無限地獄!」
俺は別の世界へ飛ばされていく感覚を味わった。
それは空から落ちてきたような感覚だ。
そして、様々な地獄を味わうことになる。
海地獄、鬼石坊主地獄、山地獄、かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄、血の池地獄、龍巻地獄…。
…。
これって…。
「…。
これ、別府だよな?」
「そう、人間の力じゃ本当の地獄へは飛ばせないよ。」
「はいはいっ。」
俺はグリードを斬りつけ、あっさりと止められた。
内心で、焦っていたからだろう。
力が入っていなかったからだ。
もし神力を使用していたら、本当の地獄へ飛ばされていたかもしれない。
そうなると、人間のままでは耐えられない。
「その顔を見れただけでも、使ったかいがあるな。
まぁ、よっぽど油断してくれなきゃ、他の次元へ飛ばすなんてできないけどね。
あとは、君みたく思考と動きの速度が相違している場合かな。」
「まだまだ、改善の余地があるな。
じゃあ、次は俺の番だな。」
俺はグリードと剣を合わせた。
グリードは、俺の剣を簡単に受け止める。
そして、雷と同化したため、グリードも感電しそうになる。
「この程度?」
少しだけグリードが不機嫌になった。
雷と刃を合わせて感電なんて当たり前だ。
対策済みなのだろう。
「!?!?」
グリードは、雷を受け流すために、絶えず異次元の自分と繋がっている。
そして、異変を感じた。
ウィルスのような何かが侵食を始める。
だが、駆け抜けただけだった。
「今の俺には、これが限界だけどな。」
「もし、毒のような何かだったとしたら、別の世界の僕も含めて一網打尽だったというわけだね。
覚えておくよ。」
二人は、立ち尽くす。
そして、自然と笑みがこぼれた。
「ふふふっ。」
「はははっ。」
どうやら、俺も久しぶりに体を動かすのが楽しくなってきたらしい。
「じゃあ、続きを始めるよう。」
「望むところだ。」
二人は夢中になって、剣の斬りあいを始めた。
【アルス】
どうしよう、私、男性となんてことをしてしまったのだろう。
昨日の夜のことを思い出すと、顔が真っ赤になる。
正直、カイン首相と顔を合わせたくない。
朝、それが伝わったのか、カイン首相とはすぐに別行動になった。
落ち着いてから、出発してくれるらしい。
この街で温泉に入ったり、お買い物をしたりして、ゆっくりした時間を過ごすことで気分をまぎらわす。
ずっと気が張り詰めていたので、楽しくて仕方なかった。
でも、頭からカイン首相の顔がちらついて離れない。
よく思い出すと、いつも目を背けていてくれた。
私のために、あえてそうしてくれていたのだろう。
夕方、部屋に戻ってきても、まだカイン首相は訪ねてこなかった。
おかしい。
お昼すぎには、いったん合流すると話していたのに現れないと不安になる。
ふと、姉と離れてしまった時の光景が浮かぶ。
姉はきっと殺されてしまっただろう。
嫌な予感がした。
まさか!?
何かあったのかもしれない。
もしかしたら、ゾルダクス国から暗殺者が来たのかもしれない。
私は慌ててウルティアお姉様に声をかけた。
ウルティアお姉様は、大丈夫だよと声をかけてくれる。
頼み込んで、声を届ける魔道具で連絡をとってもらうが返事がない。
ウルティアお姉様は、ショッピングで疲れたのか、ゆっくりしたそうだ。
カインさんの居場所は分かるらしく、場所を聞き出して、つい走り出してしった。
教えてもらった場所に着くと、剣を打ち合っている音が聞こえる。
どうやら、戦っているようだ。
カイン首相の姿が見えた。
やっぱり!
カインさんと戦っている人は、あきらかに普通の人ではなさそうだ。
暗殺者に違いない。
助けなきゃ!
しかし、レベルが違いすぎて近寄ることすらできない。
二人の剣技は、全くの互角だ。
まるで舞のように見えてしまう。
カイン首相って、こんなに強かったんだ…。
きれい…。
思わず見とれてしまった。
【グリード】
やっぱり、カインくんと戦うのは楽しい!
もう、ギンギンになってしまって、興奮が止まらない。
ずっとヤッていたいよ。
ただ、さっきから気になる。
僕たちの行為をずっと見ている女性だ。
ダメだ…。
二人の時間を邪魔されているようで、
萎えてくる。
せっかくの二人の時間を邪魔されたんだ。
罰でも与えようか。
いや、ムリだな。
さっきから、カイン君は、巧みにあの女性に攻撃の余波がいかないよう立ち回っている。
僕との時間なのに他の人に目を奪われているのは、少し嫉妬するな。
もう、この時間も終わりにしよう。
「こいっ!四獣、朱雀!」
グリードに朱雀が舞い降りる。
剣から不死鳥の羽がはえた。
神力をまとった剣。
もはや、人に受け止められないが、
カインなら大丈夫だろう。
先程の女性の方まで炎が漏れ出す。
カインは、その女性のもとへ行き、女性を転送させた。
知り合いだったのかな?
まぁ、あのままいたら、余波で黒焦げになってただろうし、最善か。
「この状態は、まだ短時間しかいれなくてね。
今日の締めの一撃としよう。
イクよっ!
紅蓮連撃斬!」
カインへ炎の連撃が襲う。
カインは不敵な笑みを浮かべた。
【アルス】
気づくと、ウルティアお姉様のところへいた。
少しだけ、気を失っていたようだ。
あの男に鳥が舞い降りてから、
今まで以上に圧倒的な力の差を感じた。
その姿は、まるで絵画のように芸術だった。
それほどの攻撃…。
きっと、カイン首相は自分を犠牲にしてまで、私を助けてくれたんだろう。
まるでおとぎ話の王子様のように…。
あれほどの攻撃なのだ。
人間には受け止められるはずがない。
ウルティアお姉様に何と言えばいいのだろう。
私は、もう自分の気持ちをどうしていいか分からなくなってしまった。
コンコン。
宿の人だ。
「お連れの方がお見えですよ。」
「やぁ、お待たせ。」
その姿は、ボロボロだ。
きっと、何とか生きながらえたんだろう。
カイン首相の無事な姿を見て、自然と涙が出てきた。
「カインさん…。
無事で、よかった。」
【グリード】
あー、楽しかった。
最後の一撃…。
あの一撃すらも、あんな見事に受け止めてくれるとは思わなかった。
またいつかヤリたいな。
そして、待ち合わせの場所へ着く。
「やぁ、お待たせ。
君のおかげで、カインくんと闘えたよ。」
「それは、よかった。
朱雀との相性と良さそうだね。」
「まだまだ改善の余地はあるけどね。
さて、力をもらう時の約束だ。
君に着いていこう。」
この男からカインくんと戦えるための力を手に入れるためのきっかけを教えてもらった。
そして、カインくんと戦うために、
この街へと連れてきてもらったのだ。
感謝すべきだろう。
「さぁ、約束だ。
ソラト、君に着いていこう。」
グリードは、ソラトとともに歩むことになるのだった。
【ゼリアン】
「ふふふっ。
実験は成功ですね。」
ゼリアンは、とある場所にて実験を行っていた。
足下には、一匹の屍が転がっている。
その屍からは、わずかに神力が残っていた。
ゼリアンは、その神力に気づき、もう一度、その手に持つ剣を屍に刺す。
そして、屍からは完全に神力が消えた。
ほんの一瞬だけ世界が、ざわついた。
その手に持つ剣に満足し、
妖しい笑みを浮かべる。
「素晴らしい出来上がりです。
神の威を狩るための剣…。
この剣は、『神威の剣』と名付けましょう。」
次回、『71.アテナの憂鬱』へつづく。