68.ギルドからの依頼
【アルス】
コンコン。
ギルドの簡易窓口に顔を出す。
「すいません、ここはギルドでよろしいでしょうか?」
受付の女性が答えてくれた。
「はいっ、今は簡易的な窓口ですが、ギルドで間違いありませんよ。」
「では、お願いがあります。
こちらのギルド長に会わせていただけないでしょうか?」
受付の女性は不思議そうな顔をした。
ギルド設置してすぐにアポイントもなくギルド長に会いたいと言ってきたのだ。
何かよからぬことの可能性が高い。
そこにジャックが通りかかった。
「おやっ、エリー。何かあったのか?」
「それが、こちらの女性がギルド長に会いたいと訪ねてきまして…。」
ジャックは、アルスを見た。
最初は服を見て、どこの国のものか連想する。
そして、なんとなく顔を見て、一瞬だけ考えこんだ。
どこかで見たことがある。
「失礼ですが、お名前は?」
「アルスと名乗っています。」
ジャックは思う。
名乗るとわざわざ言ったのは、偽名なんだろう。
偽名を使わなければならない人で、ゾルタクス国の人間。
アル…ス。
突然、分かってしまった。
「なっ!?
まさか、アル…」
アルスに口を塞がれてしまう。
「今は、アルスです。
ギルド長に会いたいのですが、お願いできないでしょうか?」
「今はギルド長の職位の者がいませんよ。
そのため、本部より私が全権委任をうけています。」
「そうでしたか。
もしよろしければ内密のお話しがあります。」
ふとジャックは気づく。
たしか、この女性は男性嫌いで有名だ。
今も相当ムリをしているのだろう。
「こちらのエリーと共にお話しを聞きましょう。
正式な依頼であれば、守秘義務の契約により、
これから話す内容は秘密にされます。」
アルスとしては、その方がありがたい。
「ぜひ、お願いします。」
エリーが話す。
「では、こちらへどうぞ。
防音フィルターの結界が張ってあります。」
三人は、防音フィルターの結界が張られた場所で話す。
「ギルドに依頼したいのですが、
私をゾルタクス国へ連れて行っていただきたいのです。
それも、早急にです。」
ジャックは、やはりそうかと思った。
「生半可な護衛ではダメでしょうね。
それなりの者を用意した方がいいでしょう。
しかし、前金はそれなりに必要となりますよ。」
アルスは神妙な顔をする。
「それが…。
今は前金を払うだけのお金がないのです。
後払いでは、ダメでしょうか?」
エリーは、話す。
「前金が払えなければ、正式な依頼として受けれません。
危険度はこれから話して決めますが、距離や日数を考慮すると、最低でも前金は100万Gは必要でしょう。」
「そんなに必要となるのですか?
なんとかならないでしょうか。」
ジャックとしても、そこの規則は変える気はない。
「残念ながら、ムリですよ。
ただ、方法はあります。
カイン首相を頼ってみてはいかがでしょうか?」
アルスは、露骨に嫌そうな顔をする。
ジャックは、それに気づき追加で言葉をかけてあげた。
「もしよければ、私からも一緒にお願いしますよ。」
アルスは背に腹はかえられない状況だ。
しぶしぶ了承した。
「お願いします。」
【カイン】
執務室に戻ろうとすると、
ルソーのいる部屋から言い争っている声がした。
俺は心配になって部屋へ入る。
「まず人は自由であることを強調すべきです。」
「いや、人は自律すべきであることを強調すべきだ。」
片方は元ルッソーニ宰相で、今はルソーだ。
あの戦いでグラトニーの能力にかかり、性別と思想が反転してしまった。
もう片方は、元レオンハルト公爵で、今はレオンと名乗っている。
二人は啓蒙活動の本の執筆内容で言い争っていたようだ。
この言い争いは建設的な争いであるため、問題ないだろう。
「「おや、カイン首相どうされましたか?」」
あれだけ仲が悪かったわりには、息があっているな…。
「いえっ、大きな声がしたので寄ってみただけです。
大切な議論なので、ぜひ続けて下さい。」
「ぜひ、カイン首相の意見も聞かせて下さい。」
「そうですな。
どちらの主張がよいか判断していただきましょう。」
ふと机の山を見る。
おびたたしいほどの紙の山が積まれている。
時間がなくなりそうだな…。
「すいません、今は別の案件で時間がないため、また後日に。
それまで様々な議論をお願いします。」
俺はその場から逃げ出した。
ふと思う。
殺し合いをしていた二人が、今は机上で戦っている。
いつか、殺し合いではなく話し合いで解決する世界にしたいものだ。
それにしても、二人はもともと戦争を始めるほどの器量はなかったんだろう。
レオンハルト公爵が目を覚ました時のことを思い出す。
「カインよ、ここはどこだ?」
「父上、ここはジャパンですよ。」
レオンハルト公爵は、舌打ちをした。
「ちっ、貴様の国か。
なら、ちょうどよい。
兵を貸せ。
もう一度、フィーナ国を攻めるぞ。」
レオンハルト公爵は、まだ諦めていないようだ。
「父上、もうお諦め下さい。
父上の野望は、もう打ち砕かれたのです。
王位に着くのがそれほどお望みですか?」
「ふははは。
私は王位が目的ではない。
戦うことに意義を求めているのだ。」
…。
なにかおかしい気がする。
ツヴァイ、父上は思考操作を受けている可能性はないか?
『正直、分からないな。
例えばだが、過去の記憶から、
過去の感情を思い出させてみるのはどうだ?』
なるほど。
過去と今の感情が違えば、何かしら見えるかもしれないな。
リュクレオンが話し掛けてきた。
「やめておけ。
人格に差がありすぎると、人格崩壊するぞ。
ワシにまかせておけ。」
リュクレオンは小型サイズで具現化する。
ん?
今まで手に光の玉なんて持ってたか?
リュクレオンの持つ光の玉が光り出した。
「黄龍の波動」
レオンハルト公爵に光が襲った。
そして、リュクレオンが戻ってきた。
「これで、状態異常は回復したはずじゃ。」
レオンハルト公爵は、うずくまっている。
「うぅ…。」
「父上、大丈夫ですか?」
レオンハルト公爵の雰囲気は、ガラッと変わった。
「カインなのか…。
わ、私は何てことをしてしまったのだ。」
「いったい、何があったのですか?」
レオンハルト公爵は、話し始めた。
マリーナが生まれ、レオンハルト公爵にクロノスナンバーが現れた。
クロノスナンバーの実力は絶大だ。
レオンハルト公爵は、ルッソーニ宰相や反王家の貴族から王家を守るため、
クロノスナンバーを探して雇い入れた。
そして、出会うこととなる。
その名はクロノスナンバー4のゼリアン。
彼を雇用した。
家臣は彼を奴隷にするように進言してきたが、一喝してそれを拒否した。
クロノスナンバーとは、クロノス神が現世に遣わした者たちである。
奴隷にするなど恐れ多い。
丁重に接し、賓客としてもてなす存在だ。
そして、ゼリアンと初めて会った時、彼は言った。
「私の願いのために、あなた方の力が必要です。
さぁ、私の目を見なさい。」
そこからの記憶は、ところどころ曖昧みたいだ。
ゼリアンを王宮やルッソーニ宰相のところへ遣わしたりもしたらしい。
きっと同じようなことをしていたのだろう。
そして、少しだけミドリーズへの訪問は多く、こだわっていたようだ。
もしかしたら、ミドリーズの能力と何か関係があるのかもしれない。
ただ、分かっていることは、父上は彼の策略に従い行動を起こし、今に至ったようだ。
ゼリアンの目的は何だったのだろうか。
ふと、隣にいたウルティアの顔を見る。
ウルティアは何か気づいたようだった。
「ウルティア、何か気づいたのかい?」
「気のせいかと思っていましたが、
今回、生き返るべき魂の数が少ないと思っていたんです。
それも街一つ分です。」
ウィズが情報を追加してくれる。
『報告:ウルティアの言う通り、予定より2万ほど少なかったです。
霊界から戻る魂は、復活のため位置を把握していたので、数に間違いはありません。』
「魂が目的だった?
そりでは、まるで…。」
「そう、神級アイテム『賢者の石』の作り方と同じです。」
俺は驚く。
レオンハルト公爵は、何を言っているか分からなそうだ。
「父上、状況が変わりました。
あなたの犯した事は大罪です。
しかし、ゼリアンはこれから更に大罪を犯す可能性があります。
長く共にいた父上の意見が必要になるかもしれません。
名を変え、この国で隠居して下さい。
これは、子として父への命令です。」
「私の知識が役立つかは分からないが、
カインの言う通りにしよう。」
この時のことを思い出しながら、
俺は執務室の椅子へ座っていた。
神級アイテム『賢者の石』…。
このアイテムは、使用者に不老不死を与える。
ユニコーンは以前、話していた。
「もし、これで不老不死まで創造できていたなら、
間違いなく、神々の一員となっていたでしょう。」
ゼリアンは、不老不死または神になることが目的なのだろう。
そうすると、まだ魂が足らないはずだ。
どこかで戦争か内乱を起こすはず。
コンコン。
ジャックとアルスが執務室に入ってきた。
「どうされましたか?」
ジャックが話す。
「この女性からギルドに依頼があってな。
神聖ゾルダクス国までの護衛なんだが、
前金が払えないらしく立替をお願いしたいんだ。」
俺は不思議に思う。
ジャックの対応が丁寧すぎる。
まぁ、それとこれとは別だ。
「何故、私が立替を?
そこまでの距離となるとかなりの前金が必要になりますよね?」
アルスは、追い詰められた顔で話す。
「お願い、国を助けたいの。
急いで戻らないと手遅れになるわ。」
俺は不思議な顔をした。
「国を助けたい?
まさか内乱か戦争が起こっているのか?」
アルスは、図星をつかれたようで何も答えない。
そのまま続けて話す。
「もしや、原因となる者の傍に白銀の男はいなかったか?
例えば、突然、この数年以内に現れた男だ。」
アルスの表情だけで、それが事実なのが分かった。
「ジャックさん、その件ですが支援します。
その代わり、条件があります。
こちらの指定する人物を護衛隊に入れて下さい。」
アルスが頷いたため、ジャックはそれを受け入れた。
そして、ギルドでは依頼版に『ゾルタクス国までの護衛』の依頼が貼り出されるのだった。
次回、『69.旅路の悲劇』へつづく。