66.獣王の使者
【カイン】
「カイン首相、お客様です。」
執務室にいると、
受付のレスティアが慌てて、やってきた。
わざわざ走ってくる姿を見ると、そろそろ、有線による電話も導入した方がいいかなとも思う。
何故なら、この建物は広い。
内線電話を導入した方が効率的だろう。
「そんなに慌てて、どうしたんだい?」
レスティアは、動揺しながら答えた。
「獣人国の獣王から使者がいらっしゃいました。
それも王子です!」
ん?
獣人国の獣王の王子…。
カインは、思い出す。
俺の愛するクレアに婚姻を迫った輩だ。
ぜひとも会ってみたい。
ちなみに獣人国に国名はない。何故なら、獣人国は、ただ一つしかないからだ。
獣人国と言えば、それがどこの国のことを話しているか分かるため、国名が必要ないのだろう。
「とりあえず、応接室へ通して下さい。」
応接室は、少しだけ立派にしてある。
国への賓客へはそこを使うこととしている。
カインは、応接室で待つことにした。
しばらくすると、三人の獣人が入ってくる。
ライオン型の獣人だ。
こちらは、一人で相対する。
獣人は、部屋に入るなり、部屋の装飾を見渡すと不満そうにしていた。
たぶんだが、こういった装飾が好きではないのだろう。
質素な応接室だが、それでも獣人にとっては鼻につくらしい。
真ん中の獣人が話し始めた。
「お前がカインか。
俺の名前はガイアン。
右側がオルテル。
左側がマッシャ。
さっそくだが、要件を話す。
大人しくこの国を明け渡せ。」
「帰れっ。」
カインは、即刻で切り替えした。
右側の獣人オルテルが話す。
「なっ!?
俺たちがこの国を蹂躙するぞ!」
「やかましい。
寝言は、どこか別の場所で言えっ。」
左側の獣人マッシャが話す。
「こちらが下手に出てやればっ!
この場で殺すぞっ!」
「あーん?
なんだって?
お前ら、もう一度、言ってみなっ!」
カインは、全力で威圧する。
ツヴァイも威圧する。
リュクレオンも威圧する。
三人に対して、三倍の威圧だ。
獣人は本能が強い。
全員が一瞬で力の差を悟った。
「きゃいん。」
三人の獣人は、思わず寝そべった。
カインは、威圧感を出しながら話し続ける。
「それで?
要件はなんだ?」
俺は、知っている。
このタイプの獣人は、強い相手に弱い。
だから、下手に出る手段は間違えているのだ。
圧倒的な強者として接した方が、話しは早い。
真ん中の獣人は思わず声をあげる。
「だ、誰だよ、カイン首相が臆病者って言ったのは!?
覇者の風格じゃないか!」
「世の中の風潮はそうですよ。
フィーナ国の王を、自ら辞退した臆病者だって。」
「噂と実物が違いすぎますよ!」
俺は、感情を込めて声を出した。
「早く要件を言えっ!」
「す、すいません!
ほ、本当に、降伏を勧めにきたんです。」
外交戦術も何もないのか。これが、獣人の弱いところだろう。
まぁ、何故、わざわざこの国へ降伏勧告したのか気になるな。
こいつらでは話しにならないか…。
よしっ!
「おいっ、獣王の城は、あっちの方か?」
「は、はいっ。」
三人の獣人は、意味が分からないが、素直に答えた。
カインは、部屋に飾っておいた槍に手で文字を刻み込む。
獣人は驚く。
鉄の槍に手で文字を書くなんて、普通は出来ない。
文字を書き終わると、カインは窓を開けて、獣王の城の方へ向く。
ウィズ、サポートしてくれっ。
『報告:準備は終わっています。
いつでも可能ですよ。
まだ行ったことのない土地なので、おおよその座標で行います。
人ではなく物なので大丈夫でしょう。
念のため、人に当たらないよう人への攻撃不可の決壊を張ります。』
それで、頼むよ。
「獣王よ、これが返事だっ!」
カインは、槍を獣王の城へ投げた。
「おい、お前ら!
一度、帰って獣王の返事を聞いてこい。
分かったな!」
獣人たちは、一斉にお辞儀をして逃げだした。
槍は、空高く舞い上がり、ウィズが途中で用意した転移ゲートを通る。
転移ゲートを渡った槍は獣王の城の傍で現れ、
そして、獣王の城に刺さった。
転移ゲートなど、獣人には分からない。
後日、カインが投げた槍が城に刺さっていることを聞いたこの獣人たちは、心底、恐怖するのだった。
カインは、ふと思う。
しまった、クレアとのことを聞くのを忘れてた。
それと、どれが王子だったんだ!?
まぁ、いい。
どうせ、近々、会うことになるだろう。
その時に聞けばいいか。
それにしても、名前を聞いた時に噴き出しかけたな。
ガイアン・オルテル・マッシャ?
例の三連星もどきじゃないか。
もしかして、ジェットストリームア○ックでも使えるのか!?
想像するだけで笑えるぞ。
よし、勝手に獣人の三連星と名付けよう。
カインは、内心で笑いながら、また執務室に戻ったのだった。
【獣王の城】
ズドーン。
城の城壁に槍が刺さっている。
どこから投げられたのかは、分からない。
しかし、遥か遠くから投げられたことだけは分かる。
兵士は叫ぶ。
「獣王さまを呼べっ!
敵襲だ!」
城の中は戦闘態勢に入っていく。
そして、しばらくすると獣王が槍が刺さった城壁までやってきた。
ひときわ体が大きいライオン型の獣人だ。
「これが報告の槍か。」
獣王は、槍を抜き取る。
そして、書いてある文字を見て、唸った。
真剣な顔に部下たちは、ごくりと唾をのむ。
耐えかねて、兵士は獣王に聞いた。
「なんと、書かれているのですか?」
獣王は、うなる。
「うーむ。
人族の言葉は読めん!」
兵士たちは、キョトンとした。
あんなに槍を見つめていたのに、何をしていたのだろうか。
獣王は、その視線に気づき、疑問への問いかけに答えた。
「この槍からは強者のオーラを感じる。
本能がこの槍の持ち主と会いたがってるんだよ。
さてっ、誰か文字を読めるものはおらんか?」
兵士たちは慌てた。
文字を読めるものを探す。
だが、見当たらない。
「よしっ、わが子たちが戻るまで保留にする。
戻るぞっ!」
獣王は、サッパリとした性格なのだろう。
あっさりと、城に戻った。
この世界の識字率は低い。
しかし、この獣王が治める国にとっては、皆無に近かった。
カインの書いた親書は、しばらく放置されることとなった。
「獣人国の王、獣王へ。拳で語ろう。」
しかし、この言葉通り、この二人が拳で語ることは実現しなかった。
いや、正確には別の者が拳で語ったため、カインは話し合いで事が足りてしまうこととなるのだった。
【???】
「まだ月の姫巫女の行方は分からないのか?」
従者である老人は、女性の質問にうやうやしく答える。
「死体があがったとの報告はありません。
ただ、あの嵐です。
小船では乗り越えられるはずがありません。
恐らく亡くなったかと推察します。」
女性は老人に飲み物をかけた。
「たわけっ。
我々、姫巫女は互いの生存を知ることができる。
目で見ずとも、見えない繋がりがあるのは、存じておろう。
あやつは生きている!
このままでは他国を攻めている空の姫巫女が戻ってきたら、何を言われるか分からんぞ。」
老人は、黙ってしまった。
そこに、もう一人の執事が答える。
「サルバトーレが失礼いたしました。
ですが、アマテラス様。
アルテミス様は生きてはおりますが、しばらくはこの国へ戻ることはできないでしょう。
今のうちに計画を進めれば何も問題は生じません。」
アマテラスはその執事を見て、落ち着きを取り戻した。
「そうじゃな。
汝と我の悲願成就への道のりはまだ長い。
空と月の姫御子がいない間に計画を進めることとしよう。
ゼリアン、これからは、よりいっそう私を支えてくれっ。」
執事のゼリアンは、深々とお辞儀をする。
「もちろんです、アマテラス様。
あなた様の私心なき世界を平和に導くための行動に、私は心を打たれております。
この国の、いや、この世界の人々のために、アマテラス様の願いを叶えましょう。」
アマテラスは、少しだけ顔が紅くなる。
「クロノスナンバーである、そなたが協力してくれるのは、ありがたい。
私こそ、フィーナ国滅亡後に、そのままこちらに来てくれたそなたに感謝している。
これからも、頼むぞ。」
クロノスナンバー4、ゼリアン。
レオンハルト公爵の傍におり、フィーナ国滅亡への策略を描いた男は、神聖ゾルタクスの太陽の姫巫女に仕えていた。
「さぁ、まずは儀式のためには魂が必要です。
下等なる獣人たちの魂を集めることとしましょう。
目標は、あと50万の魂です。」
そのやり取りを見て、古くから使える執事サルバトーレは苦々しく見守るのだった。
そして、このやり取りの後、
神聖ゾルタクスは、獣人国への攻撃を開始するのだった。
次回、『67.冒険者ギルドの設置要請』へつづく。