60.キング
マリーナと少しだけ話をしていると、他のクロノスナンバーたちも目を覚ました。
そして、マリーナとカインのやり取りを見て、気づく。
マリーナは、記憶をなくしてしまったのだと。
カインの悲しげな表情が、気づかせてくれたのだ。
カインは、アテナを見た後、決心したかのようにマリーナに話す。
「マリーナ、君は名前を変え、
アテナ女王のいる国へ行くんだ。
落ち着いたら連絡するから、
そうしたら戻っておいで。
それまでは君は、マリアと名乗るんだ。」
地球でのマリアは、無原罪の御宿りを意味する。
俺が君の罪を背負う。
だから、君にはもう罪はないんだ。
なんとなくマリーナは、カインを見て怪訝な顔をする。
「カインお兄様は、嘘つきなのですね。
でも、お兄様に従いましょう。
アテナ女王陛下、どうぞ、
この身を宜しくお願いします。」
その姿に満里奈であった時の面影を感じて、カインはより寂しくなった。
そんな二人を思いやって、アテナは優しく声をかける。
「あぁ、もちろんだ。
カイン首相の妹さまだ。
最高級の客人として、もてなそう。」
カインは、そのままクレアを見た。
「クレア、君もお願いしていいかい?
異国の地でマリア一人では不安になると思う。
助けてやって欲しいんだ。」
「かしこまりました。」
クレアは、少し寂しそうにしつつ、頷いた。
カインは、その様子を見て、申し訳ないとは思いつつもお願いする。
そして、セレンとグラトニーを見て、続けて話した。
「それじゃあ、セレン、グラトニー。
この戦いを終わらしにいこう。」
グラトニーが神妙に話しかけてきた。
「カイン様、お願いがあります。
最後の決着は、市民反乱軍とローマ軍にさせてもらえないでしょうか?」
クレアが怒る。
「なんで、そんなことを!」
グラトニーは、説明した。
「私は、市民反乱軍で狂気を見ました。
私も元日本人です。
民主主義の素晴らしさは、よく知っています。
ですが、この国にはまだ民主主義は早いのです。
民主主義では、あの狂気は止められません。
私は市民反乱軍のリーダーとして、その後の責任もある。
ですので、専制ローマ帝国の属国となる道を選択します。
この戦いの決着に、二つの国があっては、また国が割れます。
どうぞ、ご理解いただき、お引き取り下さい。」
グラトニーは、嘘をついている。
本音は違う。
あえて無茶な条件を出して、俺にこの国の王を継がせるつもりだ。
でも、俺にその選択肢はない。
俺には、他にやるべきことがある。
「市民反乱軍の実質的なリーダーであるグラトニー様の意見に従いましょう。」
グラトニーは驚き、そして見るからに落胆した。
そして、この出来事により、
グラトニーは専制ローマ帝国にフィーナ国を売り飛ばした者として汚名を残す。
「それでは、後は頼みます。」
俺は、この場を去った。
そして、ジャックと合流し、ジャパン軍を退かせる。
ジャックは、当然、怒った。
手柄を全てとられたのだ。
ジャックの説得には、かなり苦労した。
「ジャック、頼みがある。
また、しばらく軍を抜ける。」
「なんだって!?
あぁ、なんでお前はいつも自分勝手なんだ。」
「すまない。
わがままを言わせてくれっ。
まだ助けたい人がいるんだ。」
ジャックは、しぶしぶ了承してくれた。
リュクレオン・ウィズ、
そろそろ戻ってきてくれっ!
俺は二人に呼びかける。
そして、戻ってきてくれた。
『カイン…。カイン。カイン!
嬉しい!
再び一緒にいれる。』
「よく呼び戻してくれたっ!
本当によくやった!
親父に面倒ごとを押しつけられる前に逃げることができたわい。」
ウィズの喜びは分かる。
しかし、リュクレオンのは分からない。
何かから、逃げ出したのか?
そして、二人は、この間の事情を教えてくれた。
どうやら、リュクレオンはイグニールに話しを聞き終えたと同時に戻ってきたらしい。
龍王が怒ってそうだな…。
それにしても、あの男は危険だ。
父上の傍にいた男。
ステータスがまったく見えなかった。
またいつか会うことになるだろうが、
注意しなければならない。
俺は王都へ転移する。
そして、王の間へ向かった。
王は玉座で寝ている。
近くに、お腹の大きな女性がいた。
「そのお腹の子は…。
いえ、聞くのをやめましょう。
皆さんにお願いがあります。
フィリックス国王は、操られていました。
何とか助けてあげたいのです。」
女性たちは驚く。
俺はフィリックス国王に魔法をかけ、
ドッペルゲンガーを作り出す。
そして、国王本体から精神を切り離し、ドッペルゲンガーへ移した。
もし、ドッペルゲンガーに何かあれば、すぐに本体へ戻るようにする。
あわせて、レオンハルト公爵たちの遺体も回収した。
どうやら、兄の遺体はないので、逃げることができたらしい。
いや、レオンハルト公爵は、
今ならまだ生き返らせることが出来そうだ。
回復と復活の魔法を使う。
よしっ、上手くいった。
もしかして、国中の人達もまだ何とかなるのか?
ウィズ、できるか?
『遺体さえ、あれば何とかなりそうです。
ただし、ウルティアの協力が必要です。』
よしっ、ウルティアに手伝ってもらおう。
ジャパンへ転移する。
俺は偽物のフィリックス国王と本物のフィリックス国王の魂を残し、他の者を連れてこの場から去った。
そして、ウルティアと再会する。
「ウルティア、頼みがある。
人々を助けたいんだ。
回復を手伝ってくれ。」
『貴族軍たちは、木っ端みじんにされてるので、修復は不可能です。
それ以外の者たちへは、精霊を通じて回復魔法が行き渡るように座標を設定しましょう。』
ウィズが座標を設定してくれる。
ウルティアがその座標にあわせて、回復魔法をかけていく。
俺は、体が回復した者から、順次、復活の魔法を使う。
二人は、まるで唄を奏でるかのように魔法を唱えた。
その声を聞いたものは、後日、口ずさむ。
そして、人々の中で『生命の息吹き』として童謡のように知れ渡っていく。
人々の感謝の表れが、それだけでも伺えるだろう。
途中で霊界とのチャンネルが切れそうになったが、なんとかウィズが持たせてくれたようだ。
ジャパンとフィーナ王国の
国中から涙と喜びの声が聞こえる。
この戦いで亡くなった多くの者が、生き返った。
しばらくすると、本物のフィリックスの体に魂が戻ってきた。
驚いた顔をしている。
「ご気分はいかがですか?」
「そなたはカインか。
何故、余は生きている?」
「私が生き返らせました。」
「何故、そんなことを!
私は死ぬことでしか責任を取れんのだぞ!」
「えぇ、そうですね。
私もそう思っておりました。
でも、あなたにはまだやるべきことがある。」
「死ぬ以上に、やるべきことなどない。」
「ダメですよ。
あなたには新しい生命を守っていく義務があります。
それを成すまで、死ぬのは許しません。」
「新しい生命を守る?」
近くにお腹が大きくなった女性を見つけた。
あの時、最後まで仕えてくれた女性たちが他にもいる。
「そうです。
そして、この事を知っているのは、ここにいる数人だけです。
あなたは、この女性から生まれてくる新しい命だけではなく、もっと多くの人を救って欲しい。
そのために、畑と孤児院の職を与えます。」
「私が孤児院?
すぐに、王だとバレるぞ。」
「あなたのその姿では、
間近にいた人間ぐらいしか気づけませんよ。
まぁ、念のため阻害認識魔法は使わせていただきますがね。」
よく見ると白髪で、手にしわが多くできていた。
体が年老いているようだ。
「これは…。
王の間で若返ったような気がしたが…。
まるで幻覚にあったようだな。
だが、全部、事実なのだろう?」
「もちろんですよ。
王の間での出来事もね。
まぁ、不自然さは残るものの、なんとかカバーしていきましょう。」
フィリックスは悩む。
「お願いがあります。
親がいない子供たちは、戦乱の世である以上、どうしても存在します。
この世界には様々な種族がおり、差別があるのが現状です。
差別を受けている種族の子供たちは、親がいなければ特に生きていくのは難しいでしょう。
あなたは、多くの人を死なせました。
だから、その倍、多くの人たちを救って欲しいのです。
お願いできないでしょうか?」
フィリックスにとって、これは呪いなのかもしれない。
でも、俺はただ操られていただけのこの人を死なせたくないんだ。
「分かった。
倍の人を救うか…。
それは、私が死ぬまで…
いや死んでも人を救えることをなさなければ、到底、辿り着かないな。」
フィリックスは、この後、名前を変えた。
そして、本を書くことになる。
啓蒙思想の本だ。
そして、彼はこの世界に多大な影響を与える思想家の一人として、名を残していくことになる。
彼の新しい名は、キング牧師。
人種差別に苦しんだ人々は、彼に救われていくこととなる。
【クロノス】
「やぁ、久しぶりだね。」
クロノスは、地球にいた。
「お久しぶりです。
その様子だと、首尾は上々のようですね。」
「例外はあったけどね。
まぁ、おおむね予定どおりだよ。」
「お疲れさまでした。
では、次は私の番ですね。」
「あぁ、頼むよ。
君を転移させたら、さすがに、もう神力が尽きる。」
「さすがのクロノス様も、もう限界ですか。
なら、ついでにお願いがあります。
クロノスナンバー0の称号を付けてください。
私はトランプのジョーカーとして動きましょう。」
「あぁ、分かった。
それでは、僕の悲願成就のために、後は君に頼む。
夜霧空斗。」
「あちらの世界は久しぶりです。
楽しみですね。」
この世界で、最も邪悪な悪霊と恐れられた悪霊の王、ソラトよ。
クロノスナンバー0の称号を与えよう。
思う存分、向こうの世界で動くといい。
そして、クロノス神は、眠りについた。
次回、『61.新たな火種』へつづく。