6.空から女神がやってきた
青い空、青い海。
船に揺られ、ゆ~らゆ~ら。
なぁんて船旅を想像した時期もあったさ。
実際は、地球の台風が笑える暴風雨。
波は、10メートル級。
そして俺の乗っている船はクルーザー級だ。
よく沈没しないな…。
どうやら、この船にはどんな状態でも沈まない加護がついているらしい。
この世界、何でもありだな。
ただ、世界に2艘しかなく、他の船ではこの島に渡れないことから、流刑地として選ばれているそうだ。
まぁ、こんな素晴らしい船だろうと、揺れることは揺れる。
あっ、90度に傾いた…。
「カイン様、もうしばらくの辛抱です。」
そう言って、白髪の執事のセバスは倒れかけた俺を支え、励ました。
えっ?犬耳のクレアはどうしたって??
俺の専属メイドだったクレアは、俺を助けるために少し怪我をしたものの、大事には至っていない。
クレアは、俺に着いてきてくれようとしたが、流刑地で女性には何があるか分からないため、妹のマリーナへ着いていってもらった。
あの耳、あの尻尾が恋しいぜ、ぐすっ。
セバスは本来、マリーナ付きの執事だ。
1週間だけ、俺を心配して着いてきてくれることになった。
まぁ、道中の話し相手をしてくれて、退屈はしない。
それにしても、この執事、香水をかけてるのかな?
いい匂いがするぞ。
俺もそういうお洒落さを磨かないとな。
セバスにあの裁判の後の顛末を聞いた。
「セバスさん、裁判後がどうなったか教えていただけますか?」
セバスは、気まずそうにしている。
あまり、いい話しでないのだろう。
「辛いお話しになりますが、よろしいですか?」
「かまいません。」
俺はある程度、覚悟している。今更、ちょっとやそっとの事では驚かない。
「かしこまりました。
まず、レオンハルト家についてです。
領地は全て没収されましたが、元々のレオンハルト公爵の家臣が引き渡しを拒否し、各地で小規模な衝突を繰り返しております。」
俺は息をのんだ。
「死傷者は出ているのか?」
「はい…。」
しまった。俺はレオンハルト家に号令を出すことができないまま、島流しにあってしまった。
王家ではなく、レオンハルト家に忠誠を誓うものも多々いたようだ。
俺は自分の不甲斐なさに悔いた。
「その後、マリーナ様が正式に先代国王のご落胤と認められました。
そのマリーナ様より、レオンハルト家の家臣へ号令を出し、混乱は最小限へ押さえられております。
レオンハルト家は、そのまま王家の管轄となりましたが、実質的にはマリーナ様が引き継いだと考えても良いでしょう。」
マリーナに感謝をしなければならない。
俺の不始末を変わりに処理してくれたのだ。
兄なのに、なんとも、みっともない話しだった。
そういえば以前も俺をさりげなく助けてくれたことがある。
あれは社交界の場だった。
レオンハルト家の跡取りの兄と、見目麗しいクロノスナンバーの妹は、社交界の華だった。
平凡な俺の存在は、その二人に挟まれると霞んでしまう。
まぁ、霞んでしまうように存在感を消していたのはいなめない。
そんな社交界の場で、他の貴族の子が俺を馬鹿にした。
公爵家の次男を、階級が下の者が馬鹿にしたのだ。
本来であれば、厳罰である。
しかし、俺はその子を思いやって、何も言わなかった。
帰り道にその話しを後から聞いた兄は激怒した。
そして、俺を殴りつける。俺のせいでレオンハルト家の箔が落ちると罵られたのだ。
俺は何も言い返さない。
しかし、マリーナが間に割って入ったのだ。
「下の者の愚かさを受け止めることができる度量があるということを何故お分かりにならないのですか?」
マリーナは兄をぶっ飛ばした。
思わず俺は、苦笑してしまう。マリーナは、良き妹だった。
だが、その事件がきっかけで、俺とマリーナはなかなか会うことができないよう、父や兄、家臣たちへ調整されてしまった。
もともと、同じ屋敷に住んでいないため、会う機会は滅多になかった。
そんなマリーナに直接お礼を言いたいのだが、もうその機会はないかもしれない。
「セバス、頼みがある。マリーナに礼を伝えてもらえないか?」
「もちろん、喜んで。」
セバスは、主であるマリーナのためになると判断したのか、嬉しそうにしていた。
そこからは、雑談だ。セバスは俺の知らない知識をたくさん持っていた。
特に森の中での生活術だ。
森の中での食べ物の探し方から、水の確保の方法まで幅広く教えてくれる。
どうやら、俺が使える生活魔法でも、充分に生活していけるようだ。
やり方を聞いてはみたものの、ピンとこない部分が多いため、後で実践してみることにした。
そんな話しをしていると、ついに島が見えてきた。
朝から船に乗り、昼間にたどり着くのだから、本土からはそう遠くはない距離のようだ。
島の周りは穏やかな海域だ。そして島の中には大きな森(魔物たくさん)があり、広い草原(魔獣いっぱい)があり、豊かな暮らしができそうだ。
人口もそこそこいるようで、小規模ながら一つの町を形成してる。
港に着くと、俺を待っていたかのように、何人かの大人たちが立っていた。
「ようこそ、イーストランドへ。
私がここの責任者のジャックだ。」
軽装の鎧を着た豪快そうな男が話しかけてきた。その姿は、俺が見てきた中でも群を抜いた強者の出で立ちをしている。
身長はかなり高い。筋肉はかなりあるが、それでも筋肉がつきすぎているというわけではなく、素早さもありそうだ。
今まで見てきた中で一番の戦士なのかもしれない。
「カインです。
この島でお世話になります。
至らぬ点があるかと思いますが、よろしくお願いします。」
ジャックは吹き出した。今の挨拶に対して、何かがツボにはまったようだ。
「ここに住む住人は、家族みたいなものだ。
だから、あまり畏まらなくてもいい。
それにしても君は貴族だったと聞いていたんだが、随分腰が低いんだな!
まぁ、今後ともよろしく頼む!」
豪快な声で笑いながら彼は俺が住むとこまで道案内をしてくれた。
道中、話していると、どうやら公爵家の次男とは思えない物腰に笑ってしまったらしい。
まぁ、公爵家の子供のイメージと言えば、確かにあまりいいイメージはないだろう。
ジャックは、どうも話しやすい。気さくな男なのだろう。どうやら、ジャックと上手くやっていけそうだ。
しかし、道案内された場所に着くと、俺は呆然としてしまった。
「あの、ここが住む家ですか?
真っ平らな地面ですが…」
そう、俺の住む家と言って、連れてきてくれたのは、真っ平らな土地のみ。
(どうやって住むんだよ!もしかして、新手のイジメなのか!?)
声に出さなくても、俺の心の声が聞こえたらしい。
そんな俺に対して、ジャックは答えをすぐにくれた。
「まぁ、見てな!
土魔法!『家創作』!」
!?!?
みるみる土で出来た家が建っていく。その家を触ってみる。
硬い土だ。もはや、岩に近い硬さがある。
(なんだ、この魔法!?こんな魔法、本に書いてなかったぞ!!)
「どうだ、立派だろう!ベッドだって、あるぞ!(土だけど。)
まぁ、細かな内装は、住みながら上手くやってくれ。
じゃあ、俺は行く。
何かあったら、呼んでくれな!
ちなみに、だいたい酒場にいる。
あっ、時給自足がここの基本だから、
頑張って食料を調達するように!」
そういって、ジャックは去っていった。俺はその姿を呆然と見つめてしまった。
まがりなりにも俺は流刑された身の上だ。
そんな俺をいきなり放置することに驚いてしまったのだ。
そして、自給自足を求めてくる。悪意があるわけではなさそうだ。
この島の基本的なルールなのだろう。
それにしても…、土で出来た家か。他の家は木で出来た家だった。
つまりは、ここから自給自足をしつつ、木で出来た家まで頑張っていかなければならないらしい。
まぁ、今は雨風がしのげるだけ良いと思うことにしよう。
島の気候は、島の外と違って安定しているようだ。
だからといって雨が降らないというわけではない。
俺は、ここから新たな一歩を歩まなければならない。
「カイン様、もしよろしければ内装矢外装を一任していただけませんか?」
ジャックが完全に見えなくなった後、セバスが声をかけてきた。
セバスはやる気に満ちている。
頼りになりそうだ。
「あぁ、頼む!」
「かしこまりました。
木魔法『木創作』」
「へっ!?」
またもや、本にない魔法だ。
木魔法なんて、あるのか!?
土で出来た家は、あっという間に木に呑み込まれていき、木で出来た家が出来上がった。
更に、10分後…。
俺は、強化ガラスで出来たテーブルと椅子で優雅に紅茶を飲んでいた…。
まさかの時空魔法…。
そうアイテムボックスから様々な家具を取り出したのだ。
ベッド・タンス・棚・食器…。
時空魔法が使えるってことは、セバスはクロノス神の加護でもあるのかな?
クロノス神の加護を持つ者は、転生者であるクロノスナンバーだけとは、限らないのかもしれない。
セバスは、あきらかに同年代ではないのだ。
そして、夕方。
少しお暇をいただきますと言って俺から離れると、大量の魔獣の肉を持ってきてくれた。
どうやら狩ってきたらしい。
何この優秀な執事…。
来る途中、話し相手程度に見てて、ごめんなさい。
俺は内心、そんなことを思いつつも、セバスに感謝した。
そして俺はセバスがいる間に生きるための術を教わる。
まぁ、本当に基本的なことしか覚えられなかったんだけどね。
セバスも最低限生きるために必要なことを中心に教えてくれた。
まず教わったのは、生活魔法の使い方だ。
『点灯!』
『小火!』
『清潔』
この三つの魔法を新たに覚えた。
今までは、『飲料水』しか使えなかったのだから、大きな進歩だ。
次に狩りを教わった。
狩りには武器が必要だが、弓矢を一緒に作る。獲物を狩る。そして、森の食物を採取する。
余ったら売ることで、生計を立てられるようにする。
働き口を探そうとも思ったが、誰が敵か味方か分からないため、しばらくは様子見をかねて一人で生きていけるように生活することとした。
そして1週間後…。
セバスがマリーナの元へと帰っていった。正直、かなり名残惜しいが仕方ない。
これほど優秀なのだ。マリーナもセバスがいなければ、生活に困る可能性もある。
こうして、俺のひとり暮らしが始まった。
さて、森の食物だけでなく、たまには魚でも釣るか。
林に囲まれた川岸で、のんびりと魚釣りを始める。
それは、ゆっくりとした時間だった。のんびりと時間だけがすぎていく。
あー、このまま老けそう…。こんな生活も悪くないのかもしれない。
「キャー!!!」
うるさい、誰だ!
遠くの方から声が聞こえた。
周りを見渡すが、見える範囲では誰もいない。
「キャー!!!お願い、助けて-!」
どんどん声が近づいてくる。
えっ、上?
って、空からなのか!?
空から、黄金に輝く髪をたなびかせた巨乳…、まちがえた女性が空から落ちてきた。
「って、危ない!」
受け止められるか?
いや、受け止めなきゃダメだ!
ここで受け止めないで、いつ受け止める!
ドーン!!
俺の胸でキャッチした所まではよかったが、衝撃には耐えられず2人して、地面を転がってしまった。
そして、転がった拍子に、唇と唇が重なり合い、俺は前世も含めたファーストキスの卒業する。
しかし、女性への免疫が少ない俺は、動揺して気を失ってしまった。
うん、しょうがない。
突然、美人とキスしたら、誰だってそうなるだろう。
いや、俺だけか。
俺は薄れゆく意識の中で、思わず自分にツッコんでしまったのだった。
次回、『7.そして、俺はチートを手に入れる 』へつづく。